「The Better Angels of Our Nature」 第6章 新しい平和 その2  

The Better Angels of Our Nature: Why Violence Has Declined

The Better Angels of Our Nature: Why Violence Has Declined


第二次世界大戦後,世界はより平和になり続けているという主張に対しては,内戦,民族浄化,テロを考えるとそうではないというインテリの悲観論が根強い.ピンカーはこれに対してまず内戦を取り上げる.


I 内戦


第二次世界大戦以降の全般的な傾向>

  1. 死者:第二次大戦直後では中国内戦で120万人が死んだとされる.1980年以降のアフガン内戦では45万人が死亡.しかし90年以降,内戦は頻発しているが,死者は減っている
  2. 内戦数:1990年代をピークにした山型になっている


ピンカーは上記の要因として2つあげている.

  1. 戦争の規模のべき乗則:5つの戦いが死者の半分以上を占める(中国,朝鮮,ベトナムイラク,アフガン)
  2. 実際に戦争当たりの死者が減っている:90年代以降,超大国の代理戦争としての内戦が減り,小さな無政府状態のような地域での内戦が増えている.少年がカラシニコフを抱えているような地域の内戦の規模はそれほど大きくないのだ.


さらにピンカーは代理戦争や共産主義イデオロギーの影響が減った結果,現代の内戦はいずれも貧しい地域で生じると指摘する.この「貧困と内戦の関係」についてピンカーは,貧困が戦争を起こすとともに戦争が貧困を生じさせるし,資源はそれをめぐる争いを生じさせることがあるので「因果は複雑」だとしながらも,ポイントとして次の2つをあげている.

  • 交易の技術と規範は文明化の1つの側面であること
  • 機能する警察を作るのには金がかかること


<最近の急激な傾向の説明>
貧困や人口動態はゆっくり動くので,いずれにしてもここ20年の内戦の傾向には別の説明が必要だとピンカーは論を進める.ピンカーは様々な要因候補について順番に検討している.


「ガバナンスの崩壊」
植民地開放や,共産圏ブロックの消失後は現地でデタラメなリーダーが現れ地域が無政府化することによる内戦が多く生じる.
デタラメな統治に対抗するには暴動や反乱しかないからだ.


「冷戦の終結イデオロギーの影響の低下」
ピンカーの説明は細かいが,要するに冷戦とはイデオロギーをめぐる戦いだったのであり,イデオロギーを信奉する人たちには人命より大切なものがあるので戦争はより悲惨になりやすいのだということだ.
悲惨な例としては国土防衛戦争でもなかったのに大きな犠牲に耐えた北ベトナムが挙げられている.またイデオロギーの影響が下がった結果の例としては2008年のグルジアが挙げられている.ロシアの介入に対してグルジアの大統領はこうコメントしているそうだ.「私たちはチェチェンにようにすることもできた.これは,抵抗し山に登って髭を蓄えるか,何もせずに現代のヨーロッパの国としてとどまるかの選択だった」


「半民主的専制
ピンカーは中央アフリカ,中東,西アジアに見られる,「表面的には民主制だが実際には腐敗したボスによる中途半端な専制」を挙げている.これらの体制には恐怖による完全な抑圧もないし,公正さもないというわけだ.
特にこのような体制の国家に換金可能な資源があると内戦リスクが増大するとピンカーは指摘している.争奪戦が生じる上に,支配者側に一旦金が入るとインフラ整備に関心がなくなるためだそうだ.


ピンカーによると,このような国家の内戦はちょうど文明化プロセス前の状態によく似ているそうだ.

  • 領土拡大のための組織的な軍隊が整然と侵略を図るわけではない.
  • ギャングやゴロツキの集団,私兵集団が,略奪,脅し,報復,レイプを企て,そして互いに争う
  • よく「民族紛争」とか「文明の衝突」とか形容されることがあるが,実際は事実上のギャングの犯罪.
  • このような内戦の頻度と統計的に相関があるのは,人口,山がちな地形,政府の不安定性,若い男性の比率などであり,民族,宗教の多様性,差別,所得の不平等などは大きな影響がない.


「再文明化」
もし上記のような状況が90年代以降の内戦の特徴だとすると,内戦の減少は再文明化プロセスとして説明できるというのがピンカーの主張だ.要するに多くの途上国はアホな暴君からマシな政府の手に移りつつあるのだ.

ピンカーの解説によると,1960年代の途上国ではチェ・ゲバラ毛沢東が英雄視され,経済的な自給自足とロマンティックミリタリズムの合わさったようなメシア的な理想があった.その後独裁者が次々と失敗し,民主制が導入されるが,誰もしっかりとした警察や商業のためのインフラを真面目に作ろうとはしなかった.そして90年代以降ようやく世界は暴君を追放しちゃんとした政府を作ろうとし始めたということになる.


「平和維持活動」
ピンカーは国連による平和維持活動も効果があったとしている.

  • 内戦の期間は植民地独立以降伸び続けて1999年には平均15年にもなった.しかしこの傾向は反転した.そして一旦停戦したのちの再燃率は80%も低下している.
  • 国連は戦争の予防には失敗しているが,平和維持は成功している
  • 強力な軍隊なしでも効果をあげている.選挙管理,警察改革,人権侵害の監視のような活動でも効果がある.


ピンカーは平和維持活動がうまくいく理由も整理している.

  • 一つの政府のような形で働く,先制攻撃のメリットを下げコストを上げる:協定を破った方は武力で反撃されうる.また協定を守った勢力は国連に認められるというステータスを得ることができる.先制攻撃しなければやられるという恐怖から開放される.モニターしているので奇襲されるリスクが小さい.
  • 小さな平和維持軍でも敵対勢力以外のサードパーティとして機能する:相互報復がエスカレートするサイクルに陥りにくい.アホな一分派による攻撃について弁明が可能に
  • 間接的な影響:密貿易の減少,私兵による略奪の減少,イデオロギー,メンツなどの障害が軽くなる.敵と妥協したのではなく,第三者と交渉したのだ


要するにいくつかの要因が組み合わさって90年代以降内戦が減少してきているというわけだ.では悲観的インテリが挙げるコンゴスーダンのような例はどう考えるべきだろうか.


悲観主義者は正しいのか>


「双方とも国家や政府ではないギャング団同士の争いのような紛争」
まず先ほどの「内戦」の定義からもれる部分がある.これらは増えているのだろうか.
このような紛争についてはそもそもこれまで歴史家が注目してこなかったが,ピンカーによると,過去数千年間このような紛争は人類にとって脅威であり続けていたのであり,これらも減少しつつあると思われるということだ.


UCDPのデータは2002年以降しかないが,2002-2008のデータによると,内戦と同程度の頻度であり,一件あたりの直接的な死者は内戦のそれより小さい,2007年のイラクを例外とすれば,ベースは減少基調にあるとみることができる.ピンカーは内戦のトレンドを逆転させるほどの影響があるとは思えないとまとめている.


「飢饉,疫病,無法状態などの間接的な影響」
現代の悲観主義者インテリが挙げるのはこの部分だ.典型的な彼等の言説は,「現代の戦争は100年前に比べて非軍人が被害に遭うことが多く,昔は死者の90%が軍人だったが,今は10%に過ぎない」「イラクの民間被害は60万人,コンゴ内戦では飢饉などにより540万人が犠牲になった」というものだ.
ピンカーはこれらの主張はいずれも怪しいと切って捨てる.まず90%,10%の部分はどこにもソースがなくデマに過ぎないそうだ.コンゴの数字は戦前戦後の死亡率の差から出しているが,戦前の数字は過少推計で,戦後のものは過大になっていると批判している,
30年戦争や南北戦争を考えても,昔から民間の被害は大きかったと考えるべきであり,誠実に推計すれば,昔から50%以上の被害は民間側であり,そしてその割合は(疫病対策の進展等により)近年低下傾向にあるのではないかと主張している.この部分のピンカーの議論はなかなか詳細で結構力が入っている.


要するに印象論ではなく数字を追っていくと,悲観論者があおる印象とは異なり,世界全体の内戦やそれによる被害は減少傾向にあるという主張だ.そしてその背景には,共産主義イデオロギーの呪縛から逃れた世界が徐々に途上国の再文明化を促していることにあるというわけだ.私はこのあたりの現代史や社会学に詳しいわけではないが,ピンカーの主張にはなかなか説得力があるように思われる.