「The Nesting Season」

The Nesting Season: Cuckoos, Cuckolds, and the Invention of Monogamy

The Nesting Season: Cuckoos, Cuckolds, and the Invention of Monogamy


本書は「マルハナバチの経済学」や「ワタリガラスの謎」などの著作のある生物学者ベルンド・ハインリッチによる鳥の本だ.繁殖シーズンに生じる様々な面白い問題を取り扱っている.ベルンド・ハインリッチはもともと生物のエネルギー効率に関する生理的な問題をリサーチする研究者だったが,その後進化生物学周りにリサーチエリアが広がり,さらに自宅を構えたメイン州やヴァーモント州でのナチュラリストとしての著作を多く出している.本書はそのナチュラリスト振りがよくでた本だが,全編に行動生態的な興味深い話題がちりばめられており,読んでいて大変面白い本になっている.


冒頭は導入章になる.ハインリッチはヴァーモント州に渡ってくるカナダガンの話から始める.ガンとヒトは時に強い絆を持つことがある(ガンの里親になった老婦人の例が取り上げられている).ハインリッチは子育てという形質が鳥とヒトで収斂進化していることに思いを寄せ,絆を作る至近的要因も生理的に似ているのではないかと書いている.また子供の頃からの鳥との関わりを語り,子育てをめぐる様々な話題,とりわけ卵の色や模様について語っていきたいと本書全体の構想を示している.


最初は配偶システムに関して.
第2章はモノガミー(単婚性)を扱う.冒頭はミドリツバメとワタリガラスのエピソード.モノガミーとされてきた鳥たちが実はそうでなかったというのは今や有名だが,種によっては採餌条件,補食圧,巣密度などの条件に敏感で,種内変異も大きい場合がある.様々な実例を挙げながら,配偶システムは,子育ての必要度*1だけでなく,配偶相手の希少性,配偶選択,メイトガードの可能性,種内托卵も絡む連続的で複雑なものであることを解説している.このうちいわゆる生涯モノガミーあるいはペアの長期的絆は,子育ての周期,ネストサイトの希少性,経験値の上昇,忠誠度のディスプレーなども形成要因になると指摘されている.
面白い具体例として,アルプスで生まれたばかりの子羊を狙うようになったワタリガラス(そのサイトが非常に希少になる),メスが完全に木の洞に埋め込まれてオスがひたすら水と食糧を運ぶサイチョウ,托卵のためにペアで協力するクロシロカンムリカッコウなどがあげられている.


第3章はポリジニーとポリャンドリー(一夫多妻と一妻多夫*2).冒頭はミソサザイのエピソード.ここでは極端な性淘汰形質,βオスの戦略が解説されている.
エリマキシギの有名なオスの多型について,α,βの他にγオスもいて,それぞれテリトリー型(黒色,ナワバリを持つ),サテライト型(白色,ナワバリの魅力度を上げるのに貢献し,おこぼれをもらう),メス擬態型(赤色)となると解説されている.何故サテライト型がいるとナワバリの魅力度が上がるのかについて,ハインリッチは同じテリトリーに白色オスがいることにより黒色がより目立つからだろうと推測している.
ここではヨシキリ,ダチョウ,ツリスガラ,各種のシギ類,チャツグミが次々に取り上げられて生態条件と配偶システムの関係を論じていて面白い.リソースの希少性の他,メイトガードの可能性が大きく効いているのがよくわかる.


第4章は「ペンギンと私達」と題されていて,「愛」を扱っている.冒頭は有名なコウテイペンギンの子育てが語られ,その後「愛」についての擬人的表現やモラルとの関連あるいは自然主義的誤謬について書かれている.ハインリッチは「愛」を1つの適応的性質として扱いたいということのようだ.なおヒトの配偶システムについては,かなり柔軟で,文化的な要因に敏感だとコメントしている.


第5〜10章は巣作り,子育てが時系列的に取り上げられる.
まずは繁殖のタイミングと回数.温帯の鳥の場合はまず(北半球の場合)南方から渡ってくることになる.ナワバリ確保,餌の季節変動,気候条件(嵐など)が要因となる.
続いて囀りなどのディスプレー.ウタスズメが囀りにどれだけエネルギーをかけているかを紹介した後,ハンディキャップコストの議論を行っている.レパートリーの多さは脳発達にかけるコストが問題になる.このほか餌を渡すディスプレー,飛行ディスプレー,ダンス,巣のディスプレー,羽の色,派手な模様などが扱われている.ハインリッチはヒトの音楽も性淘汰ディスプレーに違いないと推測していて面白い.なお色や模様については補食コストの他,カロチノイドの免疫コストなども取り扱っている.クチバシの色についてもコメントがありいかにもナチュラリストらしい.
巣の場所,巣の形状は補食リスクから解説がある.ここでは様々な巣が紹介され,さらに鳥の巣を見つける喜びにもコメントがあり,鳥オタク振りが顕著に現れていて読んでいて面白い.なお種によって巣場所に対する柔軟性は異なるようだ.また巣場所の選択に関しては補食防御に人家,ワシの巣,アリやハチの巣を利用するケースが紹介されている.巣材や巣の形については卵の数とともに解説があってこれも面白い.
卵.巣の場所などに適応するため卵の形,色,模様は多様だ.ハインリッチは至近的な形成メカニズムを説明しながら卵の性質が適応のかたまりであることを示していく.続いて抱卵,孵化周りの適応も解説される.
子育て.最初に一腹卵数とクラッチ数の議論がなされていて面白い.これらはかなりの部分が遺伝で決まっており,おおむねトレードオフなのだが,細かな環境条件(餌の入手容易性,補食リスク,生涯にかかるストレス)に適応しているようだ*3.またワシタカ類の兄弟殺しと親にとっての保険仮説,偽傷行為は独立して何度も進化したらしいこと,ダチョウの協同飼育の補食リスクを薄める利益説,巣の衛生にかかる諸問題などが議論されつつ,片方でアマツバメムクドリなどの子育て振りの詳細も語られている.


第11章は本書の白眉と言うべき面白い章で,カッコウなどの托卵と卵やヒナの色が論じられている.冒頭ではチャガシラヒメドリに托卵するコウウチョウ,ミドリツバメの同種托卵が紹介される.
ハインリッチは様々な鳥の行動には同種托卵への防衛戦略としてうまく解釈できるものがあるのではないかと考えているようだ.同種托卵は見分けるのが難しくあまり研究されていない.ある種に同種托卵が多いかどうかは,卵の色や模様の多様性(同種托卵があれば,自分の卵を見分けるために多様性が進化するだろう),さらに卵の識別能力で判別できるのではないかと示唆している.ハインリッチはそう考えて図鑑を見ると卵の色や形の情報は非常に面白いものになるのだと力説している.
カッコウコウウチョウはともに托卵の専門家だが,戦略はかなり異なる.コウウチョウ日和見托卵者でカッコウスペシャリストだというのは有名だ.ハインリッチは,両者の違いはそれだけではなく,カッコウは巣の中のホストの子供を皆殺しにし,ホストの排除戦略に対抗して卵擬態を行うが,コウウチョウはホストのヒナを残していわば人質にとって世話を強要している(マフィア仮説:このためコウウチョウの卵は擬態していない.そしてそのような脅しがきくホストを好み,全くランダムに日和見托卵するわけではない)と理解できると説明している.
ここまでは実は導入で,ここからが本論になる.ハインリッチは卵の色に関する未解決問題を楽しそうに解説している.

  • 何故コウウチョウの卵は白色で全くホストと似ていないのか.あるいはコウウチョウ自身が見分けてホストの卵を1卵捨てるのに使うためかも知れない
  • コウウチョウと(同じムクドリモドキ類で)近縁のハゴロモガラスやムクドリモドキは何故托卵されないのか.それは彼等の卵が(とても保護色には見えない)青や緑色であることと関連しているのか.
  • 補食圧に関連して卵の色や模様に頻度依存効果はあるのか(それで種内多様性が説明できるか).
  • ヌマミソサザイはオスがダミーの巣を作るが,これは同種托卵への対抗か.もしそうなら黄色い卵は托卵者に対する保護色なのか(托卵者は卵がある巣に托卵し,ホストの卵を捨てる).これは近縁のコバシヌマミソサザイの卵が白く,同時に巣密度が低く同種托卵が少ないことと整合的だ.
  • ミドリツバメのオスが白い羽根を集めて巣内に敷くのは同種托卵者に対する戦略か(白色の卵を目立たなくする)
  • 一部の鳥のヒナの口内の色や模様も托卵への対抗戦略(超刺激的な托卵種の口内模様をホストのヒナが擬態する)として理解できるか.であれば托卵される鳥のヒナの口内の模様はアームレースを通じ派手になっているはずだ.(そして実際にそうなっているようだ)

この最後の口内模様の話は面白い.これはホスト種のヒナが全滅させられないタイプの托卵に当てはまる議論だが,ある意味巣内が非血縁になるとより競争的になって補食リスクがあっても派手に餌ねだり信号を出すという理解もできるのかも知れない.


最終章に子育てが終わって南に帰って行く小鳥たちについての叙情的な短い章がおかれて印象的なエピローグになっている.


本書はナチュラリスト臭満点で,北アメリカでは身近に観察できる様々な鳥についてのエピソードを交え,興味深い行動生態の問題を自由に論じているというユニークな本に仕上がっている.美しいカラー図版も多く,さらにハインリッチ本人による美しいカラーイラストもふんだんに掲載されていて,眺めているだけでも楽しい一冊だ.特に私のような鳥好きには堪えられない本といえるだろう.



関連書籍


ハインリッチのナチュラリスト的な最近の本.以前はよく邦訳されていたが,最近ではあまり訳されていないようだ.

Life Everlasting: The Animal Way of Death

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Summer World: A Season of Bounty (P.S.)

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Winter World: The Ingenuity of Animal Survival (P.S.)

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The Snoring Bird: My Family's Journey Through a Century of Biology

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The Geese of Beaver Bog

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私が書評した本としては以下のようなものがある.
書評はそれぞれhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20081120http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20090310http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20091202http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20100506http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20100626

ヤナギランの花咲く野辺で―昆虫学者のフィールドノート (自然誌選書)

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ワタリガラスの謎

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人はなぜ走るのか

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森は知っている

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Mind of the Raven: Investigations and Adventures with Wolf-Birds (P.S.)

Mind of the Raven: Investigations and Adventures with Wolf-Birds (P.S.)

*1:餌量だけでなく抱き続けることにより捕食者から隠すという効果も考察されている

*2:モノガミーも含め動物の配偶システムにかかるこなれた訳語がないのはなかなか難しいところだ

*3:ここでは一腹卵数が多いとヒナ間競争が激しくなって餌ねだりが激しくなって補食リスクが高まるというコストもあると指摘されていて面白い