日本進化学会2012 参加日誌 その2 


大会初日 8月21日 その2


午後の最初のセッションは口頭発表に参加,面白かったものを2つほど紹介しよう.


一般口頭発表4



「ウロコガイ上科二枚貝類における共生様式の進化とダイナミックな寄主転換パターン」 後藤龍太郎


ウロコガイは砂地に穴を作って住む様々な生物(8動物門に渡る)に寄生(片利共生)する二枚貝の仲間だ.このウロコガイとホストの系統解析をつきあわせると頻繁にホストスイッチしていることが示された.これはウロコガイが場所としてホストに寄生しているだけで栄養的には独立している(だからそれに関して特別の適応がない)ことによるものと思われる.



「八重山諸島のハシブトガラスCorvus macrorhynchos osaiに起こりつつある生態学的種分化」 山崎剛史


八重山諸島にはハシブトガラスが生息する.これまでこれらは全て同じ亜種(オサハシブトガラス)とされてきた.しかし石垣島,西表島のような森林景観のある島と黒島,波照間島のような開拓されて一面の農耕地になった島とでは環境も異なる.特にハシブトガラスはもともと森林性の鳥なので農耕地ではどうしているのかに興味が持たれる.そこで調べてみたところ採餌方法(つつき型と探索型)や営巣行動が異なり,それに合わせてクチバシの形態や両眼の間隔(探索型になるとよりクチバシが曲がり眼が離れる)が異なっていることがわかった.ミトコンドリアのハプロタイプを調べると,島の間隔にかかわらず,森林景観の島同士,農耕地の島同士では交雑があるが,両者の間ではある程度隔離が生じ始めていることが示された.


この生態的な分化と生殖隔離が相関しているという報告は興味深い.何故そうなるのだろうか.



午後の二番目のセッションは進化言語学のワークショップに参加.進化学会では2008年大会まではこのワークショップがあったのだがしばらくご無沙汰だったものだ.



ワークショップ「進化言語学の展開」


「はじめに」 橋本敬


まずオーガナイザーの1人橋本から趣旨説明がある.

  • 進化言語学については学際的な分野としてここ10〜15年ぐらいに盛んになってきたもので,国際会議としては1996年から隔年でEvolangが開かれ,日本では2004から2008年まで当進化学会でワークショップを開いてきた.ある程度進展してきたので,4月に「進化言語学の構築」という本を出した.このワークショップではそこから「展開」していきたい.


進化言語学の構築ー新しい人間科学を目指して

進化言語学の構築ー新しい人間科学を目指して


続いてもう1人のオーガナイザーの岡ノ谷からの,この3月に京都で開かれたEvolang9の報告.



「進化言語学の現状と課題:Evolang9報告」 岡ノ谷一夫


プレナリースピーカーは声をかけた全員がOKでなんと11人になった.現在その動画は全て公開中だ(http://ocw.kyoto-u.ac.jp/international-conference-en/31/video-en


<収穫>
様々な方法論が明示的に示されるようになった.
サイエンスでは以下のようなリサーチテーマが紹介された

  • 石器使用と脳
  • 伝言ゲームと自己組織化
  • 文化人類学と認知科学
  • 鳥のさえずりと言語

生物学者と言語学者の間に会話が成り立つようになってきた

  • 1996:最初のevolangのときには両者に会話はなかった
  • 2004:努力はあったが,互いに冷笑していた
  • 2008:会話するようになったが互いに理解していなかった
  • 2012:会話し,そして時々相手を理解するようになった

言語の進化と起源の理解にいたるには,なお遙かに遠い道のりが残っているし,なお互いに勉強すべきことが多い.



「メタ認知と言語の進化−鳥類の実験から思うこと」 藤田和生


言語とメタ認知は関連があるとされることが多い.というわけで今日は鳥についてメタ認知があるかどうかのリサーチを紹介.

まずメタ認知は自己の認知状態を認知することで,記憶,感情,自信などが問題になる.そしてこれがある方が行動をより適応的に調節できるという点で有利になりうると考えられる.
また行動との時間的な関係で3種類に分けることができる.行動を起こす前の予見的認知,行動を調節しながらの同時的認知,そして行動のあとでの回顧的認知だ.今回は予見的認知,および同時的認知を扱う.
ヒトにおいては言語を用いたアンケートなどで調べることができるが動物では使えない.しかしある課題(成功すると報酬がある)について課題に挑戦するか,回避して成功報酬より低い報酬を受け取るかのオプションを与えて,そのオプションを行使するかどうかによって「自信」という形のメタ認知を測定するという方法が可能になる.
これまで鳥についてはこのような実験でメタ認知がなかなか認められなかったが,課題を易しくすることで測定できたリサーチがあると紹介した.(易しい課題:画面上の3つの図形をつつく順番をおぼえる.オプション:ヒントをもらうことを可能にする図形を画面に表示しておく,また実験はデザインを少し変えて同時的認知,予見的認知をそれぞれ測定できるようにする.結果は両方ともメタ認知を肯定するもの)
これにより鳥にもメタ認知がある可能性を示せたというのが結論.


確かに自分の成功確率の予測にかかる何らかの「メタ認知」が鳥にはあるのだろう.しかし聞いていてこれがどのように言語と関係するのかは全く明らかではないように感じられた.



「分子生物学は言語進化にどう貢献できるか」 大隅典子


分子生物学が言語の進化と起源を探る上でどのようなツールになり得るかという視点からの発表.
ツールとしての特徴を大きく分けると,1つはDNAや遺伝子は細胞,組織,個体に共通で,かつすべての生物で共通だというクロスモーダルなツールであること,もうひとつは特異的な様々な特徴である形質の要因となる遺伝子の同定,遺伝子産物の性質の予測,局在の解析,機能解析,遺伝子発現のネットワークの解析などが可能だということになる.
そしてFOXP2遺伝子を例として,家系から場所を同定し,配列から転写制御機能を持つことを示し(これはノックアウトマウスによる実験で示すこともできる),遺伝子発現のネットワークのどこで発現するか(複数の場所で発現する)を示し,他の因子との関係を推測できることを解説する.
他の遺伝子の関係についてはPAX6遺伝子との関連を例にして,ネットワークの上流下流の関係,小脳での発現,舌下神経系での発現,呼吸調節との関係などの知見が説明された.


専門家らしい丁寧な発表で,特にこのような転写制御遺伝子は様々なところで発現するので広範囲で複雑な影響があることがわかる.もっとも,マウスにもあり運動制御系に関わるこのFOXP2遺伝子が言語の起源や進化についてどれほど重要であるのかについては,むしろあまり深い関係があるようには思えないという印象が残るところだ.(もちろん単に1つの遺伝子の例として提示しているだけということなのだろうが)



「道具使用と言語の進化」 入來篤史


道具使用と言語進化の関係を3つ組みのニッチ構築として理解できるのではという発表.
まず認知の階層として,自身の身体感覚,道具感覚(1種のアイコン),言語(シンボル),哲学という連続があるのではないかという仮設を提示する.ヒトは言語までは本性として,それ以上のところは学習(教育や文化)により扱っている.するとサルでも学習により,野外で見られるより高次の段階に進めるのではないかと考えられ,それを実験により確かめる.
そして道具を手の延長として認知することが,訓練することによりサルで生じることを示す実験を紹介.さらにうまく制御してやると視覚の延長も可能であることが解説される.
これらが脳のどこで生じているかを見た後,ヒトのより高次の能力(外在化して自分を見るなど)がどのように学習で現れるを見ていく.するとヒトの抽象的な推理能力は空間把握のメタファーとして処理されているらしいことがわかる.
これをもってヒトは生態的(道具),認知的,神経的なニッチ構築を行い,それが言語につながっているのではないかという結論に結びつけていた.


ヒトの高次の能力が空間把握のメタファー的に生じているというのは,ピンカーのThe Stuff of Thoughtにおける記述とも整合的で面白い.しかしこれを説明するのに何故「ニッチ構築」(しかも3つのニッチ構築)を持ち出さなくてはならないのかは良く理解できなかった.単に淘汰圧がかかってそうなったというだけで十分ではないだろうか.



「音象徴と言語の起源」 今井むつみ


子供の言語獲得のリサーチからの発表
語彙は恣意的といわれるが,世界中の言語に擬態語などの音象徴語がある.
そして言語の進化過程が,子供の言語獲得過程で再現されていると考えて議論が進む.
実際には母子の会話でオノマトペ(擬態語や擬声語)が間投詞的用法も含む様々な用法でよく使われるが,大人同士の会話ではへり,さらに副詞的な使われ方が多くなる.
また音の性質と動詞の意味に関連があることも知られていて,子供の動詞獲得効率に効いている.
これにより擬態語擬声語が言語進化の上で重要であったのだろうということが主張された.


音の性質と動詞の意味に関連があるというのはなかなか面白い現象で,あるいは脳の構造にかかる副産物的なものかもしれない.
ただこの発表は「言語の進化過程が獲得過程で繰り返される」というかなりナイーブな仮定をあまり疑問なくおいており,また言語獲得についてもかなりブランクスレート的に考えている印象が強く,私にとってはあまり説得力のない内容に思われた.
確かに脳の発達が後戻りできない形で累積的なメカニズムで生じ,その段階ごとに言語獲得ステージが進んだのであれば繰り返しが現れるかもしれないが,脳の機能の可塑性全般を考えると,そうでない可能性も十分に高いのではないだろうか.
また「動詞の語彙が当初擬態語的だった」として,それが「現在の幼児の言語獲得を容易にしている」というのはわかるのだが,それが進化過程においてどう重要だったのかはまた別の問題であるように思う.そこには「幼児の言語獲得能力の進化がどう進むか」の視点が欠けているように感じられる.



総合討論:進化言語学の現状・課題を踏まえた今後の展開について


生成文法の研究者藤田耕司から,今回の発表を受けた辛口のコメントがなされる.

  • 言語の進化と言語能力の進化は区別しなければならない(進化するのは基本的には後者のはず)
  • それを考えるには言語とは何かがポイントになる.それは統語法,語彙などの様々なモジュールの複合体と考えるべきであり,どのように統合されてきたのかが重要な問題なのではないか
  • 今回の発表では一体言語の進化と起源の何を説明しようとしているのかよくわからないものが多かった.議論も緩いアナロジーに過ぎないものが多かった
  • メタ認識と言語が本当に関係あるのか?よくいわれる再帰性についても様々な概念があって,例えば心の理論に高い再帰性は不要ではないか.
  • 進化と発達はどこまでパラレルなのか?
  • 鳥の囀りなどの「言語」とヒトの言語は単に収斂しているだけではないのか?
  • FOXP2が文法能力と関連しているという考えは否定されたはず.もはや単に口や舌の動きのコントロールにかかわっているだけの遺伝子ということではないのか.


次に池内正幸からコメント

  • 基本的には言語特有の遺伝的な基盤,そして生成文法的にはUGが重要な問題なのだろう.
  • プロト言語と真正言語は区別して論じた方がよいのではないか
  • スライドにおいて道具使用と道具製作が区別されてなくて気になった
  • メタ認識に関してはthat節で延々とつないでいく構造と,nested構造は異なるものだろう.
  • 鳥とヒトの「言語」の関係については脳の個別の構造が相同と言えるかという問題だろう.


発表者からいくつかの反論.
入來:厳密に議論すべしというのは当然だが,言語進化についてはまだわかっていないことも多く,緩い議論と両方行ってもいいのではないか
大隅:FOXP2については転写制御遺伝子なので,単純な運動コントロールだけとは限らない.実際視床下部にも発現領域があることが知られておりもっと調べてみないと本当のことはわからないと思っている.
藤田(和):メタ認知と言語の関係についてはよくわかっていない.今回はメタ認知について発表した.


ここから言語とメタ認知の関係,発達と進化,言語獲得と音象徴語の関係(音象徴語が最初の入り口にあるとして,それが次の段階への梯子にどうなるか,そして梯子がどう外れるかも重要だ)などについていろいろな見解が飛び交い,議論が白熱しかけたところで時間切れとなった.


言語の進化と起源の理解はまだまだはるかに長い道のりの先にあるのがよくわかった.言語学者と生物学者の相互理解が進みつつあるということなので,今後の実りある進展を期待したい.


ここで大会初日は終了である.これはアウトレットモールだが,写真では真っ青に移る空がまぶしい一日だった.