日本進化学会2012 参加日誌 その6 


大会第3日 8月23日 その2


大会3日目の午後はワークショップ2つを梯子.最初のワークショップは「『進化学事典』ができました会議 -- 「進化学事典」を囲みこれまでの進化学とこれからの進化学に思いをはせる」も面白そうだったのだが(大枚はたいて購入して机上に積んでいる身としてはちょっと気になるところ)講演者がゲノムや古生物関連の人々に偏っていて生態の話はなさそうだったので,「繁殖干渉と進化」の方に参加.



ワークショップ 「繁殖干渉と進化」


趣旨説明 鈴木紀之


ここでいう「繁殖干渉」の定義について.これは「異種間の」配偶をめぐる「あらゆる種類」の「負の相互作用」をいうのだそうだ.具体的にはまず雑種の不妊性があるような場合に問題になるが,それ以外にも単に時間やエネルギーのコストなども含まれるということだ.


「繁殖干渉と隔離強化、形質置換、種分化」 小沼順二


繁殖干渉が種分化に影響しているのではないかという発表だ.私の理解では,繁殖干渉の重要な部分は雑種の不妊性にあって,不妊性自体は適応としては進化し得ないわけだから,まず何らかの繁殖隔離が生じ,副産物として雑種の生殖力が落ちるステージが先にあるはずだ.その後繁殖干渉を理由により繁殖隔離が完全になる適応が生じ,種分化にいたるという順序のはずだ.この発表ではどういうことになるのだろうと思って興味深く聞くことにした.


まず資源競争が種分化を生じさせる例をアダプティブダイナミクスを使って説明する.ある次元に資源が分布している状況にある生物種が侵入する.もしその資源への適応が次元軸に対して狭い分布しかもてない制約があれば,種分化が生じ得ると主張される.
しかしこれには何故交雑が生じなくなるのかという批判がある.
これに対する再反論には配偶相手の選択に関するセンゾリーバイアスとか,資源競争とかが提唱されてきたがいずれも弱い.ということで繁殖干渉でこれを説明できるのではないか.
実際にヨツモンゾウムシやアズキゾウムシを近縁種と一緒に飼うと産卵効率が落ちる.オサムシでは死亡率が上がる.ということで大きなコストがあるために種識別機構が進化すると考えられるのではないか.
この例としてはヨーロッパの近縁のヒタキ類で大きく色彩が異なること,クワガタやカブトの近縁種で模様が大きく異なることなどが上げられ,数理モデルも示されてきた.


聞いていた感想としては,やはり一旦何らかの形で繁殖隔離が生じて別種になった後の話のようで,発表の前段と後段では全然つながっていないような印象だった.種分化がほぼ生じた後の話として聞けば,雑種の不妊性以外でも交雑にコストがあれば種識別信号は進化するだろう.ヨーロッパのヒタキの色彩がそれでのみ説明できるとすればなかなか面白い.もっとも確かにpied flycather は白黒のくっきりしたまだら模様で,spotted flycatyer はグレーの背中に腹側は白っぽい縞模様だが,それぞれに似た別種も存在するし,なかなか説明は難しいのではないだろうか.



「テントウムシにおける寄主特殊化と生態的形質置換」 鈴木紀之


昆虫とその食草の間にはかなり特殊化したものがあることが知られている.通常はそれぞれコストのかかる食草側の化学的防御とその解毒に関する特殊な適応から説明されるのだが,それでは説明できないものも多い.例えばクモマツマキチョウはハタザオ食として知られているが,実際にはアブラナで飼っても大丈夫だ.
また害虫の薬剤抵抗性の進化が容易なこと,カイコで広食性の突然変異遺伝子が見つかっていることなどからみると,防御・解毒の化学的アームレース以外の要因によって食性が特殊化していることもありうるのではないかと考えられる.
ここで日本には広域に分布するナミテントウと非常によく似ているその隠蔽種であるクリサキテントウがあり,ナミテントウはジェネラリストで多くのアブラムシを食べるのに対して,クリサキはマツに付くマツオオアブラムシのみを食べるスペシャリストになっている.そしてマツオオアブラムシは素速く動き幼虫にとっては捕まえにくく,栄養パターンを調べてもあまり理想的ではないように見え,飼育下では他のアブラムシでも問題なく食べるし,その方が繁殖力が上がる.
ここでナミテントウとクリサキテントウの交雑のコストを調べると,どちらにとっても他種とのみ交尾しても繁殖できないことがわかった.同種と一度でも交尾すると繁殖できるので,普通種のナミテントウに乗ってはこのコストは小さいが,低頻度のクリサキテントウにとってはコストが高いと思われる.このためクリサキはあまりおいしくないマツオオアブラムシに特化して交雑リスクを下げているのではないかと思われる.ナミテントウのいない南西諸島ではクリサキテントウがジェネラリストになっていることもこの説を裏付けている.
またクサカゲロウやクルミホソガについても似たような状況にあるように思われる.


大変面白い発表だった.これまで食草の特殊化は防御と解毒のアームレースだとだけ理解していたが,そうでないこともあり得るのだ.しかし何故何らかの目印による種識別ではなく,わざわざまずい餌に集まるという方法で交雑を下げるのだろう.特にナミテントウもクリサキテントウも模様が多型であるだけに不思議だ.そもそも何故模様に多型があるのか自体わかっていないということだったが,模様の多型は自種への識別信号ではなく,識別にかかる認知コストが高いということなのかもしれない.



「繁殖が ‘干渉’ になる理由を探る:単為・有性生殖間の競争を例として」 川津一隆


繁殖干渉が性の二倍のコストの謎の一部を説明できるのではないかという発表.有性生殖生物が何故単為生殖個体の侵入を許さないのかについてはこれまで様々な説があるが,これを繁殖干渉でも説明できるかどうかについては議論がある.シェラットはそれには単為生殖メスに対して有性生殖メスよりはるかに大きなコストがかからなければ無理だとして否定的だ.
この議論は集団に単為生殖メスが突然変異として生じる場合にはその通りで,突然変異メスにのみ高いコストがかかるとは考えられない.しかし有性生殖集団と無性生殖集団が隔離されていて,有性生殖集団に無性生殖集団から侵入してくる場合にはありうるのではないかというもの.これは有性生殖集団ではメイトガートをめぐるオスメスでのアームレースがあり,激しいハラスメントとそれへの防御が進化するが,そこにそれが全くない無性生殖集団のメスが侵入すると非常に高いコストを払うということがありうるだろう.
発表では数理モデルも説明され,実例の候補としては北米のミジンコ,カリフォルニアのナナフシなどで有性生殖集団と無性生殖集団がモザイク状に分布している状況を挙げていた.またこれは隣接する近縁種間で異なるハラスメントのアームレースがある場合にもり立つだろうとされていた.


なかなか面白い発表だった.確かにセクハラが有性の維持の一部を説明できるのかもしれない.



午後の二番目のセッションは立教大学の上田門下による托卵についてのワークショップに参加した.


ワークショップ 「カッコウ・宿主の軍拡競争:生活史戦略モデルが解き明かす忘れ去られた謎」


趣旨説明 田中啓太
 

托卵は育児寄生の一種.育児寄生はハナアブとアリ,シジミチョウとアリ,カッコウナマズとシクリッドなどで知られていて,子育てがあるところでは普遍的に生じると考えられる.
托卵鳥とホストはアームレース的な共進化をしていると考えられる.托卵に関してよく議論されるのは,何故ホストは一見して自分のヒナと違うように見える托卵鳥のヒナを受け入れるかという問題で,これには大きく分けてラグ説と平衡説がある.また卵擬態をめぐる議論も多くなされている.
これまでの托卵鳥のリサーチは,ユーラシア(特に欧州)のカッコウ中心で,それに北米のコウウチョウ,アフリカのテンニンチョウが続き,北半球でなされていた.近年南にリサーチ範囲が広がり,カッコウでは知られていなかった新たな現象がいろいろ見つかってきた.

  • アフリカのカッコウハタオリの托卵に対して,ホストのある種は多様な卵を産むという対抗戦略をとっている.
  • オセアニアのテリカッコウにおいては托卵側にヒナ擬態という戦略が見られる.


背景には温帯と熱帯では生活史(クラッチサイズ,育児期間,寿命など)が異なっているということがあるものだと考えれる.また進化モデルとしては,ラグ,平衡の他にピットフォールも注目されている.今回のワークショップではそのあたりを議論したい..


育児寄生の普遍性のところでは,「恐竜でも托卵があったと考えられる」というコメントもあって,考えてみれば,系統的に鳥は恐竜なのだし,それは十分ありうる話だ.巨大な托卵恐竜の幼獣が餌ねだりをしていればそれはなかなかの見物だっただろう.



「宿主によるカッコウ雛排除行動の発見とその適応的意義〜卵の数が対托卵防衛戦術に影響するか!?〜」 佐藤 望


まずユーラシアのカッコウのリサーチの復習.
ホストはカッコウを見ると攻撃する.カッコウはホストの産卵を見張り,わずかな隙に素速く卵を産み,ホストの卵を1卵くわえ去る.卵の模様はホストのそれに擬態されている.(ホストによる卵拒否は観察される)カッコウの卵は先に孵り,ホストの卵を巣外に押し出す.ホストはカッコウのヒナを受け入れ,世話をする.これまでカッコウのヒナをイジェクトするホストは観察されていない.


次に新たに発見されたオセアニアのテリカッコウ類の托卵の知見

  • ホストがテリカッコウのヒナの育児放棄する例の発見(Langmore 2003)
  • ホストがテリカッコウのヒナをイジェクトする例の発見(Sato et al. 2010)

しかし卵拒否は観察されず,ユーラシアのカッコウと逆である.これに呼応して托卵側には卵擬態は見られず,ヒナ擬態が見られる.


では何故か.
1つはホストの巣の形状や大きさ(小さめのドーム型)からホストの親鳥にとって卵を見分けてくわえて捨てるのが困難だという問題がある.ここではもうひとつの要因について仮説を提示したい.それは卵を拒否しない方が適応度が高くなるという説明だ.
基本的なアイディアは,多重托卵の確率が大きく,托卵鳥のヒナがホストのヒナをイジェクトしないという前提条件では,托卵鳥の卵をイジェクトすると.2回目の托卵の際にくわえ去られる卵が自分の卵である確率が高くなる,つまり托卵鳥の卵も残しておいた方が,2回目以降の托卵があった場合に有利だということだ.(特に托卵鳥の立場からはくわえ去る卵はライバルである托卵鳥のものを選ぶ方向に淘汰がかかるので単純な確率より大きくなりうるだろう)
これを数理モデルを使って表し,この効果はクラッチサイズが小さいときに大きくなることを示す.(直感的にはクラッチサイズが小さい方が,2回目以降にくわえ去られる卵が托卵鳥のものになる確率が大きくなると説明できる)


実際にあるテリカッコウのホストを調べたところ,クラッチサイズは2〜3卵,托卵率が40%,多重托卵率が13%程度であった.
一般的にホストになるスズメ目の鳥のクラッチサイズは温帯で大きく,熱帯で小さくなることが知られている.そしてカッコウのホストのクラッチサイズとテリカッコウのホストのクラッチサイズは有意に異なっていること,またニューカレドニアからニュージーランドの分布するテリカッコウのホストについて種間比較するとクラッチサイズとヒナ排除の有無に関連があることがわかった.


なかなか面白い発表だった.発表ではクラッチサイズが特に強調されていたが,モデルを見る限り,まずホストのヒナが排除されないことが重要で,次に多重托卵率が高いことが重要なように思われる.このあたりがどう決まっているのかも興味深い.



「宿主の学習によるカッコウ雛の排除は可能か?〜カッコウ卵の孵化タイミングが宿主に学習機会を与える!〜」 田中啓太


カッコウのホストがカッコウのヒナを識別しないことは進化生物学の謎の1つだった.これについてロテムは「ヒナ識別は学習によるほかなく,最初に托卵鳥のヒナを自分のヒナと誤識別した場合のコストが大きいので進化しない」という仮説を提示した.
この仮説のポイントは,前提としてカッコウのヒナがホストのヒナをイジェクトしてしまうという条件があり,ホストの親は最初の繁殖期に一旦托卵を受けると自分のヒナを見ることができず,以後自分のヒナを全て排除してしまうというところにある.


その後,ヒナが1羽になると育児拒否する例,ハンガリーの特に托卵率の高いホスト個体群で自分の子の通常の育児期間を過ぎると育児拒否する例が発見された.これらはいずれもヒナ学習が不要なメカニズムになっているのが特徴だ.
そしてテリメカッコウのホストでのヒナイジェクトが発見された.ここでもう一度整理して考えてみよう.


まず生得的にヒナモデルを持つという戦略は,托卵側の擬態が進むと誤認識が非常に高くなるので難しいだろう.だから学習によるほかない.テリカッコウを見るとカッコウのようにホストの卵をイジェクトすることは少なく(イジェクトがあってもヒナに対して行う),ホストのヒナとテリカッコウのヒナは巣内で共存する期間があり,ホスト側は学習できる.(テリカッコウのヒナを自分のヒナと認識する誤学習は生じるが,そのコストはその後托卵を受け入れるだけにとどまり,自分の子を拒否するというコストはかからない)
これを数理モデルにして解くとヒナ排除が適応的な条件が導き出せる.それは托卵率,ヒナの共存確率,クラッチサイズに依存する.托卵率,共存確率が高くクラッチサイズが小さいとヒナ排除が適応的になる.


これも大変面白い発表だった.ここでのポイントはヒナの共存確率で,托卵側から見るとこれを下げた方が有利になるので強い淘汰圧がかかっているだろう.なぜユーラシアのカッコウではこれがほぼ0まで小さくなっていて,テリカッコウではそうでないのかということが疑問になる.質疑応答ではそれは生態的な条件で,温帯ではホストのヒナが同時に孵化するので完璧な産卵タイミングを進化させることができたのだが熱帯では逐次的に孵化することが多く難しいのだろうということだった.このあたりの詳細も興味深い.



「カッコウによる巧みな宿主操作〜カッコウによる宿主卵の抜き取りが宿主の排除行動をためらわせる〜」 三上かつら


カッコウは産卵時にホストの卵を1卵抜き取る.これは種内托卵鳥でも多く見られる.これについては何故かという議論がある
これまでの仮説

  • ホストにばれないため:しかし実験してみると抜き取っても抜き取らなくても差は無い
  • 栄養補給
  • 自分の子が捨てなければならない卵を減らす
  • ホストの抱卵効率を下げない

いずれも決定的ではない.ここで今回別の適応的な仮説を提示したい.
それはホスト側が托卵の卵排除する際に巣内の卵の数が少ない方が自分の卵を間違えて捨てるリスクが高くなるので,より卵排除しにくくなるというアイデアだ.つまり卵を捨てた方がより卵排除されにくくなる.これに基づく数理モデルが提示される.


アイデア自体は面白いものだが,もしこの効果が重要なら捨て去るのは1卵ではなくもっと増やしてもいいはずだ.(最終的には巣内に2卵だけ残すのが最適になるはずだ)だからやはり決定的ではないように思う.考えてみるとこれまでの仮説は皆排他的ではないのだから(ばれないためというのも,実際に1卵捨てるのでホスト側が識別しなくなっただけということもありうるだろう)全て複合的に効いているということではないかという印象だった.


この後総合討論となって活発な議論が交わされて聞いていて面白かった.
最後に上田恵介から締めのお言葉.

  • これまで托卵についてはヨーロッパのカッコウ中心にリサーチが進み細かな知見が積み重なってきた.
  • しかし南での調査が進み大きく状況が変わってきた.
  • むしろ南のカッコウ類がジェネラルで,ヨーロッパのカッコウは分布域を大きく広げ,特殊な適応が進んだ特殊例だという認識の方がよいと思う.
  • 温帯ではホストの巣が皿形でクラッチサイズが大きくヒナは同時に孵るが,熱帯ではホストの巣はドーム型でクラッチサイズは小さく孵化はばらばらだ.熱帯では精密な適応に必要な完全な情報が得られないのだろう.
  • これからの托卵のリサーチにおいて興味深いと思っているのは,信号のあり方や学習の個体差.
  • 日本にはカッコウ類が4種(カッコウ,ホトトギス,ツツドリ,ジュウイチ)生息し,種間比較を行うことができるというメリットがある.
  • 例えば,ホトトギスは万葉集にも登場し,1200年間ホスト(ウグイス)を変えていないことがわかる.片方でカッコウはわずか50年の間にホオジロからオオヨシキリに大きくホストスイッチを起こしており,この差は興味深い.

托卵というのはある意味でホストとパラサイト系の単なる種間アームレースなのだが,具体的には本当に興味深いトピックが多い.今後ともリサーチが進んでいくことを期待したい.


ということで大会3日目は終了である.午後のワークショップは2つとも大変有意義だった.



この日のお昼にいただいた新宿「すずや」南大沢店のとんかつ茶漬け.これは時々無性に食べたくなる味だ.