鳥の色シンポジウム 「色・鳥どり」 


「色・鳥どり」


去る8月25日に日本鳥学会の企画による鳥の色彩についてのシンポジウムがあったので参加してきた.会場は東大弥生キャンパス内の一条ホール.一般向けの楽しいシンポジウムであり,会場にはバードウォッチャーらしい方々も大勢来場されていた.






「色とは何か 〜鳥と光が織りなす不思議〜」 森本元


研究者から鳥類の色彩についての一般的な概説講座.

<概説>

  • 鳥類の体色には鮮やかなものが多いが,それは(1)性淘汰形質:さらにメスの選り好み形質,オスオス競争のシグナルに分かれる(2)保護色などによる.
  • 同一個体でも年齢や季節により変化することがある.季節による変化は繁殖期,渡り,越冬地などが絡む.(カモのエクリプスなど)年齢による変化は性成熟まで何年もかかる場合に見られる.(アホウドリなど)
  • 鮮やかな色彩は羽根だけでなく皮膚(キジの肉垂,ダイサギのクチバシの後ろの婚姻色)眼の虹彩などにもある.
  • 羽根に色が付いている場合にも見えるところだけ鮮やかなもの(ルリビタキの青)や細かな模様があるもの(カケスの青と黒の市松模様)がある.
  • ちょっと変わった色の変化としてはトキの夏羽のダークな色調がある.これは分泌腺から出る液体を羽根に塗りつけているものだ.また羽根の先が擦り切れてきて次の色に変わっていくもの(オオジュリンが茶色から黒に変わっていく場合)もある.


<どのように色を作っているのか>
(1)色素

  • 茶色から黒はメラニン色素:メラニンの入った顆粒(メラノサイト)が羽根に入って色が付く
  • ユーメラニンが黒,フェオメラニンが茶色.いずれも体内で合成される.この合成が阻害されるとアルビノになり白色個体となる.
  • 赤から黄色はカロチノイド.これは体内で合成できず,餌から取る.このため栄養状態に依存し,その個体の質(単に栄養条件だけでなくそのようなナワバリを防衛できる実力,遺伝的質を含む)を表す信号となる.
  • 赤に近い茶色はカロチノイドの場合もメラニンの場合もあり見分けが付きにくいものもある.例えばカワセミ,ヨーロッパコマドリの胸はかなり鮮やかだがメラニンによる.

(2)構造色

  • これは羽根の表面の構造により,散乱や干渉を生じさせて色を見せるもので青や緑はこの形で作る.代表例はカワセミの背中の鮮やかな青色.またその微小構造にはメラニンやケラチンが組み合わされて使われる.(このためアルビノのカワセミは胸の赤茶色だけでなく背中の青も消える)

(3)それ以外

  • 文鳥のクチバシの赤はカロチノイドではなく,血液が透けて見えているもの.


一般向けのコンパクトな概説講演.メラニンができないと構造色も消えるというのは知らなかった.このあたりの動物の色彩についてはアンドリュー・パーカーの本がとてもよく書けていると思うのだが,私の知る限り邦訳はされていない.



Seven Deadly Colours: The Genius of Nature's Palette and How it Eluded Darwin

Seven Deadly Colours: The Genius of Nature's Palette and How it Eluded Darwin

「 眼の誕生」を書いたパーカーによる動物の体色についての啓蒙書.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20060526



「日本で人気な鳥・世界で人気な鳥 -古今東西、画家に人気な鳥ランキング」 高橋雅雄+とに〜


これは講演というよりトークショーで,研究者「高橋雅雄」とアートテラーである「とに〜」による掛け合いで進んでいった.この高橋+とに〜のコンビは過去2回トークショーを行っている(そのうちの1回は「美術館でバードウォッチングする」という趣向で展示されている絵の中の鳥を探して種同定するという企画だったらしい)ということで息もぴったり,さすがにとに〜さんは客席の呼吸をつかむことにかけてはプロで聴衆には大変受けていた.
今日のトークは「人間は鳥の多彩さについてどう表現していたか」をめぐるもの.前振りに各種のダンスや飾りに使われた例を示し,後段で名画に現れる鳥を扱う.


前段で面白かったのは細川家の兜.代々伝統的にヤマドリの上尾筒を使っているそうだ.
後段では,まず名画とされるものでも鳥はちゃんと描けていないものもあるということを振った後で,研究者の目から見ても上手い絵を紹介する.ここでは誰が下手なのかもコメントしてくれると面白かったのだが,それはなかったのでちょっと残念.
上手い絵として紹介されたのは伊藤若冲のニワトリ,宮本武蔵のモズ,ゴッホの麦畑とヒバリ.若冲は誰が見ても納得だが,宮本武蔵が次に来るのはちょっと意表を突いていて面白い.これまであまり武蔵の絵を見ることはなかったが,今度からは気をつけてみてみたいものだ.最後のゴッホはいかにもヒバリが上空を舞っていそうな麦畑がうまく描けていてバードウォッチャーなら納得という感じだ.


次に全集に収録されている東西の名画に良く出てくる鳥のベストテンの発表.実際は10位から1位に向けて発表されたが,上から紹介すると以下の通り


日本絵画(南北朝以降近代まで)
1. スズメ
2. 白鷺
3. クジャク
4. 雁
5. タンチョウヅル,シジュウカラ,ハクセキレイ,ウソ,ハッカチョウ
10. オシドリ,キジ,コマドリ,サンジャク


ハッカチョウ,サンジャク,クジャクは日本にはいない鳥だが,中国絵画の影響としてよく描かれているということらしい.個人的に面白いのはコマドリだ.これはそんなにありふれた鳥ではないので意外だ.カワセミやモズあたりよりよく描かれるというのは面白い.ウグイスが登場しないのもちょっと意外.白鷺と雁は種識別できないということらしい.


西洋絵画
1. 鳩(白いハト)
2. クジャク
3. ニワトリ
4. ゴシキヒワ,白鷺
6. 鷲,カササギ
8. コブハクチョウ,コウライキジ,フクロウ


西洋絵画ではあるアイテムに意味を持たせることがよくあってそれでよく出てくる鳥がいる.白いハトは平和の象徴,クジャクはフェニックスの連想で不死のイメージ,ゴシキヒワは日本ではあまり知られていないが,磔になったキリストの棘を抜いたといわれている鳥(だから顔が赤いとされる),コブハクチョウはゼウスが姿を変えた鳥ということらしい.(説明はなかったがフクロウも知の女神アテナのイメージがあるのだろう)なお日本絵画のクジャクは色調から見てマクジャクで,西洋絵画のクジャクはインドクジャクだそうだ.


最後に構造色の青や緑をどう描くかというテクニックの話.
日本画では岩絵の具を使うが,青や緑を出すには緑青,群青などを使う,さらにきれいに出すには孔雀石やラピスラズリを使うがこれは大変高価なものになるそうだ.



「鳥が見ている“異次元”の色の世界:眼・色・こころの進化」 田中啓太


最後は鳥の視覚が哺乳類のそれとは異なるという話.
脊椎動物の進化において夜行性になった哺乳類は4色視から2色視になったが,その後樹上で果実を見分ける適応として霊長類において赤と緑が分化して3色視が獲得されているという話は概説書には良く出てくるが,ここではさらに物理的に詳しく解説がある.テレビのディスプレーの色特性の解説で良く出てくるようなChromaticity Diagramも登場して3色視で見える色の意味(単純な波長ととしての色とスペクトル特性が3色視においてどういう形で処理されるか)の説明,さらに脳における補正も説明され,詳しい.
次に鳥における4色視が哺乳類とどう異なっているか,これによるとまずUV領域にスペクトルが広がっているが,それ以外に1次元増えるのではるかに豊富な情報が得られているはずであることが解説される.
次に進化的な筋道の解説.UVが見えることがそれによる損傷と情報の増加のトレードオフにあることなども説明される.


各論では,ジュウイチのヒナが托卵ホストに対して翼の中にホストヒナの口の擬態を行っている例を取り上げて,その擬態が4色視においてもきちんとできていること,チョウゲンボウがハタネズミを見つけるのに(哺乳類には見えない)尿のあとを見ていること,ブルーベリーの果実は鳥に見えるUV領域でシグナルを送っていること,アオガラはヒトの目には雌雄で同じような模様に見えるが,UV領域まで見るとオスに性淘汰シグナルがあること,アフリカの托卵鳥カッコウハタオリの卵擬態においてもUV領域がきちんとフォローされていることなどが紹介された.


というわけでシンポジウムは終了である.すごくくだけた一般向けのものから高度に専門的なものまで幅広い講演を用意していて大変楽しい企画だった.