「鳥学の100年」

鳥学の100年

鳥学の100年


本書は日本鳥学会設立100周年を記念して出版された書物である*1.実際には日本鳥学会の依頼と協力の下,サイエンスライターである著者に取材され,まとめられた本ということになる.全体は大きく3部構成になっており,日本鳥学会の歴史,鳥学会会員による様々な学問的な業績,保全において果たした役割が扱われており,最後に短く今後の鳥学の展望にふれて締めくくられている.


最初の学会の歴史はなかなか読んでいて面白い.まずシーボルトを嚆矢とする外国人によって日本の鳥は研究され,ほとんどの日本在住種は彼等に記載される.そこから明治維新後日本人学者の成熟を経て1912年に東京帝国大学動物学教授だった飯島が日本鳥学会を立ち上げるということになる.当初は旧大名,公家の出身者が多く含まれサロンのような雰囲気だったようだ.初期の学会の業績としては鳥類目録の作成,標識調査活動などがあげられている.
また山階鳥類研究所の設立経緯も詳しく書かれていて興味深い.昭和天皇のいとこである侯爵山階芳麿明治天皇の勅命により軍人となるが,鳥の研究をしたいという一念から29歳で何とか軍を退役し東京帝国大学理学部に進学する.その後研究に打ち込み,侯爵家の私財を投じて研究所を作り,膨大なコレクションを収集する.それは東京の空襲で失われる危機をかろうじて乗り越え,戦後の困窮時にはほかの私財売り払いを含む大変な苦労により存続し,鳥学研究の重要な拠点となった.現在の山階研究所のちょっと特別な地位にはそういう由来があったのだ.
またこのほか旧藩主の家系につながる黒田長禮,長久父子,蜂須賀正氏たちの鳥学への貢献や逸話が語られている.特に蜂須賀の生涯は大変ドラマチックで印象深いものだ.


第2部においては様々な学問的な業績が取り上げられている.
最初は新種発見で当時はこれは重要な業績だったのだろう.カンムリツクシガモ,ミヤコショウビン,ヤンバルクイナの発見物語が語られる.
次は托卵の研究.日本人研究者によるカッコウの卵擬態のホスト別の系列,ホトトギスのいない北海道ではツツドリもウグイスに托卵することの発見を書いた後,楽しい科学読み物として托卵にかかる様々な話が書かれている.続いて渡りについての解説があり,樋口広芳たちによる衛星による渡りルートの探索物語が紹介される.
しかしこの科学読み物コーナーでは,大変残念なことに,著者は進化生物学がよく理解できていないまま記述している.「種の生存」が登場したり,進化的アームレースについて外側から何らかのバランスさせる力があるかのような記述がみられたり,渡りの理由について至近要因と究極要因をごちゃごちゃに議論したりしている.いやしくも日本鳥学会100周年記念と銘打ち,学会が本書の出版に協力しているのだから,学術的な部分はちゃんと監修すべきではなかっただろうか.ここは本書の価値を大きく落としている部分だろう.


第3部は保全にかかるもので,鳥島アホウドリ保全,そして新潟のトキ,兵庫のコウノトリの中国・ロシアからの個体の再導入の試みが詳しく紹介されている.また今そこにある危機として,ヤンバルクイナライチョウシマフクロウもとりあげられている.この3種についての記述はなかなか悲しいものがある.特にライチョウについてはかなり絶望的な状況にあるように思われる.多くの人に読んでほしい部分だ.


最後には現代では鳥学のすべてに通暁した学者が出ることは難しくなったこと,アマチュアの活躍が期待されることなどにふれて本書は締めくくられている.


本書は全体として鳥学に関する様々なトピックを手際よく裁いて楽しい本に仕上がっているといえるだろう.それだけに第2部の浅い記述が残念でならない.少し監修して書き換えるだけで問題ないものに仕上げることは容易だと思われる.手直しした改訂第二版の出版を期待したい.



 

*1:本書は日本鳥学会100周年記念シンポジウム会場でも販売されていた.私もそこで入手したものである.なお100周年記念シンポジウムについてはhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20120920参照