第5回日本人間行動進化学会参加日誌 大会初日 


12月の1日,2日と第5回の人間行動進化学会が開かれた.
HBESJは正式に学会になってから京都,福岡,神戸,札幌と地方開催が続いていたが,今年は久しぶりに東京に戻っての駒場開催.会場は新しくできた21 KOMCEEなる建物.13時スタートと言うことで駒場に少し前にたどりつくといきなり雨など降り出して,銀杏並木も晩秋から初冬の雰囲気をよく出している.


大会初日 12月1日


まずは会長である長谷川眞理子からの挨拶.

今回は学会になってから5回目ということで節目の大会.その前の研究会の頃からヒトについても進化的な視点でいろいろ理解できるのではないかということでやってきた.さすがに今日では社会生物学論争の時のような「人間について生物学を持ち出すとはけしからん」というような反応は見られなくなったが,しかしヒトについての進化的な理解というフレームはあまり広がっていないというのが現状だ.
何故なのだろうか.それは心理や社会については,基本的に複数のエージェントが相互作用する複雑系のリサーチが必要で,それまでの学問分野の体系の中で確立された手法がそれぞれ異なっている.その中で進化をどう取り込んでいくかがなかなか難しいということもあるのだろう.(もっともこの話をどこかでしたら,「それは生物学の中でも同じで,分子生物学やゲノムの人達は結局自分のリサーチに進化的フレームをどう取り入れるかについてはあまり関心がないのだ」といわれたことがある.)
そういうわけで引き続きがんばっていきたい.現在取り組んでいるプロジェクトを考えると私も80才までがんばりたい.


このプロジェクトというのはこの前のサイエンスカフェで話していたコホート研究のことだろう.末永く引き続きみんなを引っ張っていっていただきたいものだ.



ここから口頭発表に


口頭セッション 1


このセッションと次の講演では間接互恵性に関する議論が多く,用語を先に整理しておこう
ある集団の中でエージェント同士が協力にかかるゲームを行うとする.評判があるとすると,相手の評判に対して自分の手をどう選ぶかという「行動ルール」と,あるエージェントの行動をどう評価するかという「評判ルール」があることになる.そしてどのような行動(戦略)とどのような評判ルール(規範)が進化できるかを考察することになる.
行動ルールは,相手がどうあろうと協力する「allC」,相手がどうあろうと裏切る「allD」,相手がGoodなら協力でBadなら裏切るという「DISC」,その逆,の4種類がある.
評判ルールはどのような相手にどのような行動をしたかの組み合わせ4通りにそれぞれGood,Badを割り当てる形で16通りある.(良い相手に協力,良い相手に裏切り,悪い相手に協力,悪い相手に裏切り)という順番にどうGood(○),Bad(×)を割り当てるかを(○,○,×,×)のように表すとする.(評判ルールは,さらに複雑にして「行為者が行為時点でどちらの評判を持っていたか」で異なるルールを認めるとすると32種類になる.)先行研究によって協力行動とともに進化できる規範は2種類で,ここでは,ST(○,×,○,○)KN(○,×,×,○)と呼ぶことにする.( なおIM(○,×,○,×)は行為者の評判がBadのときのみのルールとしては進化できる).
この議論は3年前の福岡大会で巌佐先生によって講演されていたもの(http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20091225)に関連するところで,この3年間の議論の進展が楽しみである.



外集団 spite(意地悪)行為はデフォルトの意思決定戦略か?:最小条件集団状況を用いた実験研究 清成透子


内集団ひいきと外集団に対する敵対行動は本来別のことがらだが,よく一緒に議論されている.
その1つに外集団との抗争状況があると内集団ひいきの協力が進化できるというparochial altruismの議論がある.この要素の1つである外集団に対する自個体にコストのあるスパイトが内集団外集団の認識により生じるかどうかを実験により調べてみた.
これをシカ狩りゲームで行った.利得は双方シカ狩りに協力すれば300,片方がシカ狩り,片方がウサギ狩りなら前者は0,後者は100,双方ウサギ狩りなら100.相手がシカ狩りを提案(協力)しているのにウサギを捕りに行く(裏切り)のがスパイトということになる.
まず(社会心理学ではよく使われる手法として)クレーの絵が好きかカンディンスキーの絵が好きかで被験者を2つのグループに分ける.そこで匿名性を保つ条件下で,相手が「同じグループ」「違うグループ」「わからない」という条件,同時,自分が先手,相手が先手と言う2条件を組み合わせて行い結果を見る.
まず同時条件,自分が先手条件では確かに内集団に対してより協力的になる.しかしこれは外集団に対して意地悪をしているのか相手の手が裏切りである可能性を考慮しているのか(恐れ)定かではない.
次に相手が先手条件を見る.すると協力に対しては大半が協力,裏切りに対しては大半が裏切りという手を返し,ここには内集団外集団の差はなかった.つまりスパイトはなかったというように解釈できる.
また性差を見ると女性の方がより外集団の相手に対して恐れている(裏切りの手を予想している)という結果も得られたというもの.


要するに絵の好みぐらいでは自分が損をする意地悪は生じないということだろう.特に自分が後手で相手が協力を持ちかけていることがはっきりしていれば普通は意地悪はしないだろう.同時条件や自分が先手条件の時に恐れと意地悪と分離できているかどうかはよくわからないという印象だった.相手が協力する確率を主観的にどう判断しているかが問題になるだろう.むしろ同時条件と自分が先手条件の時に差があるかどうかの方が興味深い(先に隙を見せたときにつけ込まれると考えるか,先に協力したら相手の協力も引き出されると考えるかが現れるだろう)が,そこはあまり触れられていなかった.




評判に基づく集団形成と協力の進化 横山明


評判に基づく集団形成のシミュレーション.
プレーヤーは公共財ゲームを行うが,それぞれ過去の協力履歴に基づく評判スコアと,相手の評判スコアがそれを越えたら協力するという評判閾値を持つ.ここで評判スコアに基づき集団形成が生じ,その中でゲームが行われるという設定にする.集団形成については,参入側が集団の評判スコアを見て決めるエントリールールと集団側から評判閾値に基づき入会を許可する許可ルールを考える.これを繰り返し行う.
この結果,まず相互作用を行う集団形成がなければフリーライダーにより協力は生じない.また集団による協力が進化するには許可ルールが重要であるということがわかったというもの.


この後の発表でも出てくる「非協力者に対する裏切り」をどう扱うかというところがナイーブな設定だが,それでも許可ルールの上では協力が進化するというのは面白い.協力集団が一旦成立すると裏切りに対する裏切りが問題にならなくなるのだろうか?その場合何故エントリールールではだめなのか.短い発表だったので詳細がよくわからなかった.



間接互恵性による排他的な集団の形成 大石晃史


間接互恵性により内集団びいきを行う集団が自発的に形成されるかどうかにかかる発表.
協力に関する進化ゲームで相手の評判に対してどう振る舞うかによる行動ルールを4種類,評判をどう形成するかのルールを16種類用いて多数のエージェントによるシミュレーションを行う.
するとアクションルールがDISC,評判ルールはKTの場合には(利得のパラメータ依存もあるが)グループが分断され,内集団びいきが形成されるというもの.



仲間を見分けるために用いられる文化の進化と多様化 吉田建朗


相手のタグが自分と似たタグかどうかにより相手に協力するという性質が騙しの突然変異により崩壊するかどうかを見るもの.通常のモデルではすぐ崩壊するが,タグが突然変異するとすれば,次々と変異して協力の小集団を作り,また騙しの突然変異により崩壊するということが繰り返されるサイクル的な状況の中で協力は維持されうる.この協力頻度とタグの突然変異率の関係は線形ではなく適当な変異率で最も協力が高くなる.
ここにタグの水平伝達を入れてやるとダイナミズムが変化する.タグの多様性が少し下がり進化速度が少し上がるというもの.


特別講演 1



間接互恵性と内集団ひいき:数理モデルによるアプローチ 増田直紀


先の口頭発表と関連した内容.

まず協力の進化についてのリサーチの概観.
進化ゲームのシミュレーションでは空間構造やネットワークがよく問題になる.また実際に被験者にゲームをさせるという方法もある.


内集団びいきについてはタグの進化がよく問題にされる.しかしこれは理論的にはなかなか厄介で,結局,空間構造などのメカニズムと一緒でないと進化できないようだ.またタグの変化は文化と遺伝子の共進化の文脈でよく問題にされる.
よく使われるのはドネーションゲーム(協力を選ぶとドナーは-cのコストを払い,レシピアントはbを受け取る.非協力ではどちらの利得も0というもの.但しb>c>0).


間接互恵性についてはノヴァク,シグムンド,巌佐,大槻たちの研究が嚆矢.評判は全員が知っているという前提のもとで行動ルールと評判ルールの進化を考える.


ではここに集団を持ち込み,自分と同じ集団の評判はわかるが,外はわからないという前提にするとどうなるか?(現実世界ではオンラインマーケットの評判システムは例外として普通は全部わかるということはないだろう)外はよくわからないのであれば,外であるというキューだけを見て粗視化して扱うほかはない.

これを考えるには内集団と外集団のゲーム頻度というパラメーターを用意し,行動ルールは相手が内集団の場合と外集団の場合を分け,評判ルールは,観察者が受益者と同じ集団にあるかどうか,行為者と受益者が同じ集団かそうでないかで場合分けする.というわけで膨大なケースが生じるが,シミュレーションを行って進化しやすいシナリオに絞りながら見ていく.得られた知見は以下の通り.

  • 3者が同じ集団にいるときの行動ルールはDISC,評判ルールはIM,KN,STの3種類に絞られる.(さらに安定的に進化しやすいシナリオに絞るとKN,STの2つに絞られる)外集団成員への行動ルールがallD(つまり内集団びいき)になるかDISCになるかはc, b, グループ内ゲーム頻度のパラメータに依存する.
  • 社会規範を決めると,行動ルールの解は1つに収束する.これは現在非協力行動ルールの社会でも規範を変えることができるなら協力が進化しうることを意味している.
  • 観察者や受益者が行為者と同じ集団にいるかそうでないかで評判ルールが異ならないとすると内集団びいきは生じない.これは社会規範が行為者の所属集団依存でないことが協力の進化にとって重要ということを意味する.
  • 観察者が行為者と別の集団にいるときには評判にエラーが生じやすいという条件を入れると,ルールがKTでもSTでも(微妙にパラメータ範囲は異なるが)それだけで内集団ひいきが生じうる.


なかなか力ずくのシミュレーションの結果の解釈は大変そうだった.基本的にはST,KTが重要という先行研究の結果をより広く確認し,ルールがユニバーサルで誤解が生じにくいとより協力が広い協力が進化しやすいというある意味常識的な結論が支持されているという印象だった.


夕方からはポスター発表.いくつか面白かったものを紹介しよう



ポスター発表



日本人の出産に影響を与える変動要因の探索:パネルデータを用いた統計分析 森田理仁


27才から45才までの既婚女性について出産前の3年間の要因を分析したもの,AICを使っているのがおしゃれだ.
結果は年齢の効果と子の出産経験に大きな効果があり,収入は逆相関となっている.なお失職も効果があるが,これは妊娠がわかって退職したという逆の因果である可能性が高い.27才からのデータとなっているので単純に年齢が上がると妊娠しにくいという結果になっている.



広島カープファンの内集団ひいき:場面想定法実験による検討 中川裕美


カープファンであることによる内集団びいきについての研究.
まず相手もカープファンだという知識で内集団びいきは生じるという結果を得ている,これは予想通りだ.さらに「負けても応援する」ようなコアなファンか付和雷同的なファンかによって異なるかどうかを調べたが,結果は有意に異なるとは言えないというもの.これは深く調べると出そうな感じがするところだ.



upstream 型互恵行動の進化モデルの妥当性:場面想定法を用いた検討 加村圭史朗


「自分が利他的に行為すると今後見返りが得られる」(downstream型)と,「以前よくしてもらったから今回は利他的に」(upstream型)を見たときに,upstream型の間接互恵性は単体では進化しないというシミュレーションによる先行研究をアンケート法で確かめてみたもの.その結果アンケートでは「以前よくしてもらったから今回は利他的に」という意識の方が高いという結果

downstream型につながる行動を起こすための至近的心理メカニズムとしては十分ありうると言うことだろう.あるいは意識的な意図がdownstream型だと見破られると,いかにも功利的で評判としてはよくないからなのかもしれない.



目の刺激は遅延割引率に影響するか?  高木慎平


目の効果は遅延割引率に影響するかを調べてみたもの.背景には(公共財ゲームにおける)利他性とは相関するという先行研究がある.
しかし調べたところ目の効果が個人の割引率の変動を起こすことはなかった.

発表者としては残念なところだろうが,直感的には目の効果は評判形成に関係していそうなので割引率はいかにも関係なさそうで予想通りというところだろうか.



遅延割引率が利他行動に与える影響:対象別利他行動尺度による検討 待井航


遅延割引率の個人差が利他性に影響するかというリサーチ,アンケート調査ではあまり影響しないという結果のように見える.しかしビッグ5との関連も調べておりこちらは面白い.誠実性や外向性に相関があるようだ.



視線は人を善良な嘘つきにするか?  加藤雄大


これも目の効果に関するもの
被験者にサイコロを振らせる.サイコロの目は被験者にしか見えないが,その報告を信じてサイコロの目に応じて実験側が赤十字に寄付すると教示してサイコロの目を報告させる.そして目の効果のあるなしを比較する.
すると対象者は目の模様がないときは5を有意に多く報告し,あるときは2を有意に多く報告した.


これは非常に面白い結果で解釈は難しい.
発表者は実験実施側(周囲のヒト)に対する利他性が出たのではと解釈していた.
しかしそれだとそもそも目がないときに何故5を多くするかがよくわからない.できれば赤十字に多く寄付したいのだが,見張られているときには怖くて過少に申告したのではと言うのが私の感想
(なお1や6でないというのも面白いが,それはあまりに露骨になるのがいやだったのだろう)



teaching の進化 浦谷達也


ある集団で,生徒が先生を選び,先生は知識があれば(コストがあっても)教えなくてはならないとする.この場合ランダムなティーチングは進化せず,空間構造があるときのみ進化するというもの.一般的な利他行為に関する包括適応度理論の予想の通りの結果になっている.



中枢機関のない集団意思決定において口コミは群知能効果を強めるか? 豊川航


30台のいろいろな出目率を持つスロットマシンの善し悪しを見破るという課題に対するパフォーマンスを見る.
個別探索よりは5人組みになって「頻度情報」や「頻度+口コミ情報」を与える方が成績がよくなる.
しかし後者の2つを比較すると「頻度+口コミ情報」の方が,「頻度情報」のみより成績が悪くなるという結果が面白い.結局正しい報告することに報酬がないので,個人間の評価基準のばらつきや意地悪によりノイズが混じってしまうためだというのが発表者の解釈



サイコパシーは適応的戦略と見なせるか:Life History 戦略及びホルモンとの関連から 新井さくら


サイコパスを連続形質とみて質問紙法により計測し,LH行動特性と,サイコパス心理特性,サイコパス行動特性,テストステロンの関係を見たリサーチ.
テストステロン→心理特性,LH行動特性→行動特性とより相関すると言う結果
またパートナーとの子とそうでない子の割合がサイコパス係数の高低により異なることからサイコパスは適応形質である可能性があるとしていたが,そこは全く納得感なし.この調査ではそもそも全体の子数ではサイコパスの方が低いし,またEEAとかけ離れた(避妊も可能な)現代のデータをいくら取ってもそういう結論は出せないだろう.



独裁者ゲームにおける分配の動機 橋本博文


Dana2006の追試.独裁者ゲーム(分配額1000円)の決断をしてもらって,そこから「今決めた自分の決断はなかったことにして900円もらう」というオプションを作る.
このオプションを行使するかどうかを,受益者には何も知らされない条件と,誰か(匿名)があなたの金額を1000円の独裁者ゲームの決断として決めたということを教える条件で比較して調べる.

知らされない条件では500円分配はやや少なくなる.そして知らされる条件では500円分配がかなり増えるが,その増えた部分はほぼそのまま900円オプション行使の対象となる(このデータは見事だ).
つまり独裁者で公平分配を行う被験者の内,相当割合は評判を気にしているということになる.
この後評判の意識的動機が善い評判を取るためか悪い評判を避けるためかのアンケート,結果は「悪評を避けるため」と答える方が多かった.このアンケートの結果の解釈は難しそうだ.



財を導入した間接互恵のメカニズム 石原彩歌


普通のゲームでは1000円払って,相手は2000円利益を得るとなっているが,それはマクロでおかしいので,マクロでは同額と言うことにする.また財に応じて行為戦略を変えられるようにする.例えばある閾値より自分が金持ちの時だけ利他行動を取ることができるようにする.
そして財は平等に減少し,その後いろんな分配方式で天から降ってくる.するとこの降り方が,極端に平等でも極端に格差があっても利他は少ない.適度の格差があるときに利他が増えるという結果が得られたというもの


経済学では分業や協力により全体の財が増えても全く問題ない(世の中はゼロサムゲームではない)はずなので最初の問題意識はよくわからないところだ.それに結局繁殖における財の限界収益は逓減するという仮定をおいているので結局それは繁殖利益で見れば100払って200得るということが可能になっているように思われる.
後段の結果はちょっと面白い,もっとも(最も興味深い)どのような財に応じた行動戦略が進化するのかについては考察されていないようだった.



融和シグナルとしてのコストのかかる謝罪の至近要因についての研究 八木彩乃


どこまで謝罪のコストを払うかについては,その関係が続きそうか,その関係は利益をもたらしそうか,その関係はどれぐらい危機に瀕しているかと相関するというもの.
ある意味常識的な結果.



同調伝達がもたらす集合知の負のカスケード 大槻久


全員がちゃんと問題解決に努めた上で多数決に従うと,個々の正答率(>50%)より高い確率で正解がえられる.しかし同調傾向があるとそれが下がるというのを数理的に説明したもの.直感的には有効回答数が減れば全体の正解向上率が下がるということで当然のように思われた.



以上で初日は終了である.(この項続く)