
The World Until Yesterday: What Can We Learn from Traditional Societies?
- 作者: Jared Diamond
- 出版社/メーカー: Allen Lane
- 発売日: 2012/12/31
- メディア: ハードカバー
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ダイアモンドは最後にエピローグと称してまとめの章をおいている.
エピローグ
最初はニューギニアのポートモレスビーからロサンゼルスの自宅への戻り旅にかかる自らの内的印象が語られる.フライト中はフィールドノートの整理をしているので心はニューギニアのままだが,ロス空港のバゲージクレームからメンタルの移行が生じ始めるのだそうだ.自宅は家族と会える喜びと慣れた世界への安心感が圧倒的だが,ニューギニアのビビッドカラーに比べ風景は白黒でくすんでいる.アメリカでの生活は時間のプレッシャーがかかり,スクリーンを見つめ続け,モノリンガルの世界だが,安全だ.
<現代社会のアドバンテージ>
ダイアモンドは本書全体が過去へのノスタルジー本だと取られることをよしとせず,まず現代社会のアドバンテージを強調する.
- 物質的に圧倒的に豊かだ.快適に過ごせる.
- 高い教育を受けることができ,高い水準の仕事がある.
- 健康に過ごせる.医療や衛生水準が高い.
- 安全だ.暴力にさらされることはきわめて少ない.
- 長生きできる.子供の死にあわずにすむ確率が圧倒的に高い.
これらにより伝統社会の人々は現代社会のライフスタイルに憧れる.これは当然のことだ.これらは国家の統治(ピンカー的に言えばリバイアサン)と科学技術による生産性の高さからもたらされる.
さらにダイアモンドはある程度価値観にも依存するが,基本的には現代社会のアドバンテージとして扱ってよいものを次のように追加している.
- 情報へのアクセスが容易なこと
- 多様な人々とのであい
- 女性の権利
- 匿名性:自由とプライバシー
<伝統社会のアドバンテージ>
ダイアモンドは現代社会の良さを強調した後で,本書の議論をおさらいする.
伝統社会にある現代社会で失われたアドバンテージとは何か.ここでダイアモンドが特に強調するのは次の3点だ.
- 生涯続く社会的絆
- 競争,時間にかかるストレスの小ささ
- 子供の自立
<私達は何を学べるのか?>
ダイアモンドはこのような伝統社会のアドバンテージは長い期間の中で自然実験を繰り返した結果残ったものであり,そのよいところを選択的に取り入れることが望ましいともう一度強調する.
ではどのようにすればいいのか?ダイアモンドは個人的にできることと社会全体で取り組むべき事を分けて整理している.
個人で実行可能なもの.
- 運動
- 食べ物:食事内容に注意し,ゆっくり誰かとしゃべりながら食べる.
- 子育て:バイリンガル,より赤ちゃんと親密にコンタクトを取る,マルチエイジの遊び仲間,自由な遊びを許容するなど
- 危険への対処:繰り返しさらされるものについての建設的パラノイアの実践
- 宗教:どの宗教を選ぶかについて形而上的な真理を信じるかどうかではなくて自分にとっての機能面から選ぶ
個人と社会双方で取り組むべきもの
- 加工食品の摂取抑制,塩分低下
- バイリンガルの推奨
- 老人の扱い:個人としては孫の世話をし,自分の親を大事にして子供に見せる.社会としては強制的定年制の禁止
社会のみができること
- 司法への伝統的手法の取り入れ
ここは本書全体の議論の簡潔なまとめになっている.こうやって全体を概観すると運動と食べ物については従前から明白であったところで,バイリンガルと建設的パラノイアの勧めおよび司法制度への提言がちょっと目新しい指摘ということになろうか.子育てと老人の扱いについてはアメリカの事情への批判という意味合いが強いように感じられる.(なお宗教については人が何らかの理性的判断でどの宗教に入信するかを決めるという前提でしか意味がないものになっているように思われ,ほとんどの場合親の宗教をそのまま受け入れることが多いのだからやや的外れ的で,ちょっと残念なところだ.)
ダイアモンドは最後にこう述べて本書を締めくくっている.ニューギニアに長く関わりそして多くを得たダイアモンドの偽らざる想いということだろう.
私の人生への考え方はニューギニアで伝統社会に触れることによって豊かになった.そして読者個人,私たちの現代社会が,膨大な伝統社会のやり方を,私と同じように楽しみ,その一部を取り入れることを私は望んでいる.
<完>