「Risk Intelligence」 読書開始

Risk Intelligence: How to Live with Uncertainty (English Edition)

Risk Intelligence: How to Live with Uncertainty (English Edition)


本書はディラン・エヴァンズによるヒトの認知にかかる本だ.
ディラン・エヴァンズは進化心理学の入門書を書いたり,進化心理学からみた「感情」の本を書いたりしている.というわけで私は彼が進化心理学者だという認識だったが,このブログを書くために調べてみるとなかなか面白い経歴を持っている.

  • 1966年にイギリス,ブリストルに生まれる.
  • 25歳ぐらいまでは一旦牧師になろうとして神を信じていないのでやめたり,語学で食っていこうとしたりふらふらしていたのだが,そこからラカニアン精神分析のトレーニングを受けて1995年頃精神分析医になる.
  • しかしそれを実践しながら考えるうちに,このラカニアン精神分析は実証的ではないのではないかとの懐疑を抱き,ついに1997年にこの職業を辞めてしまう.
  • そこからLSEの哲学のドクターコースに入り直し,ヘレナ・クローニンの影響を受けて進化心理学を学ぶ.2000年に哲学の博士号を取り,感情の研究を行う.一連の進化心理学本はこの頃のリサーチが反映されたものだ.
  • 2001年頃から進化ロボティクスのリサーチャーになる.2006年に温暖化と格差の問題に懸念を抱き,ロボティクスのリサーチ職を辞め「ユートピア実験」にのめり込むが,それは壮大な失敗に終わる.
  • 2008年からアイルランドのコルク大学に職を得て,意思決定理論やリスクマネジメントをリサーチする.しかし2010年に同僚の研究者にオオコウモリのオーラルセックスの進化的意義にかかる論文を見せたことをセクシャルハラスメントだと告発され,大学側の一方的な措置に対して法廷闘争を行い,「その行為自体はセクハラにあたらないとは言えないが,最も軽度のものであり大学の措置は厳しすぎる」というダブリンのハイコートの判決を得る*1
  • 2011年コルク大学を辞し,リスクインテリジェンスをリサーチし,いくつかの大学に籍を置きつつ,片方で企業や個人相手にリスクインテリジェンスにかかるアドバイスやトレーニングを行うビジネスを立ち上げ,現在にいたる.


こうしてみると波瀾万丈な人生だ.キリスト教およびラカニアン精神分析の背教者となった後に,牧師になったり精神分析医を続けることを断念するところなどは知的誠実性を感じさせる.そして本書は紆余曲折の末のエヴァンズの現在のリサーチエリア兼ビジネスエリアに関わるものであることがわかる.表紙デザインがちょっとあちらによくあるハウツーものっぽいのはこのあたりのビジネスに絡むものかもしれない.


ではこの主題たる「リスクインテリジェンス」(以降「リスク知性」と訳すことにしよう)とは何か.エヴァンズによる定義は「確率を正確に見積もることのできる能力」だ.多くの人は物事に過剰に不安になったり自信過剰になったりして確率を上手く定量的に扱えない.しかし少数の人はこれを上手く扱える.つまりこのリスク知性には個人差があるのだ.そしてエヴァンズによるとこのリスク知性指数RQはIQとは相関しない独立のものだということらしい.本書はなぜ多くの人は確率を上手く見積もれないのか,それを改善する方法はあるのか,あるとすればそれは何かを扱うということになる.基本的に進化や進化心理学をきちんと理解している著者によるものなので興味深い本であることが期待できると思って手を出した次第だ.


なお本書は序章やプロローグなしに第1章から始まっている.次回は第1章からみていこう.



関連書籍


エヴァンズの本


この3冊は進化心理学関連書ということになる.いずれもコンパクトな入門書だ.

Emotion: The Science of Sentiment

Emotion: The Science of Sentiment


Introducing Evolutionary Psychology (Introducing (Icon Books))

Introducing Evolutionary Psychology (Introducing (Icon Books))


Introducing Evolution (Introducing (Icon Books))

Introducing Evolution (Introducing (Icon Books))



上の2冊には邦訳がある.

感情 (〈1冊でわかる〉シリーズ)

感情 (〈1冊でわかる〉シリーズ)



このような本があるのは知らなかった.プラセボ効果について.どう裁いているのかちょっと興味が持たれる.

Placebo: The Belief Effect

Placebo: The Belief Effect



まだラカニアンだった頃,自分の勉強用に書いた一冊だそうだ.

An Introductory Dictionary of Lacanian Psychoanalysis

An Introductory Dictionary of Lacanian Psychoanalysis



これはなかなか変わった本で,D. S. ウィルソンが関わっている「物語の進化的意義」にかかるアンソロジー「The Literary Animal: Evolution And The Nature Of Narrative」の中に収録されている「From Lacan to Darwin」という20ページぐらいの寄稿を一冊の本に仕上げたもの.2005年の本だからラカンを棄ててから随分経ってからの寄稿という事になる.いわば背教者の告発.

ラカンは間違っている―精神分析から進化論へ

ラカンは間違っている―精神分析から進化論へ

The Literary Animal: Evolution And The Nature Of Narrative (Rethinking Theory)

The Literary Animal: Evolution And The Nature Of Narrative (Rethinking Theory)

  • 作者: Jonathan Gottschall,David Sloan Wilson,Edward O. Wilson
  • 出版社/メーカー: Northwestern Univ Pr
  • 発売日: 2005/12/26
  • メディア: ペーパーバック
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*1:本人は歴史的な判決を勝ち得たという評価をしている