「Risk Intelligence」 第7章 確実性に重みをつける その1 

Risk Intelligence: How to Live with Uncertainty (English Edition)

Risk Intelligence: How to Live with Uncertainty (English Edition)


章頭の引用はアガサ・クリスティミス・マープルシリーズ「鏡は横にひび割れて」のヘイドック先生の台詞からだ.

「6人の白帽子の男と6人の黒帽子の男がいて,それが並ぶ組み合わせとその確率を数学的に求めよ」などといういやらしい計算問題が迫ってくるのが見える.それを考え始めたら気が変になるだろう.請け合いだ.


多くの人にとって確率について最大の困難は,それを実際にどう使うかのところだ.降水確率が70%と聞かされたらどうすればいいだろう.エヴァンズは本章では「確率を意思決定に生かすにはどうすればいいか」を扱うとしている.いくらRQを磨いても,それをどう使うかがわからなければあまり意味は無い.


エヴァンズはまず簡単な2つの方法を解説する.


(1)行動を変える閾値を決める.


例えば「降水確率が65%以上なら傘を持つ,未満なら持たない」「情報機関からのレポートが80%以上のリスクを表示すれば,(あなたが最前線の指揮官だとして)その建物を爆破する」と事前に決めておくという方法だ.とりあえずこれでリスクの縁にいる人達は行動がとれるようになる.バングラデシュの各部落ごとの洪水にかかる避難勧告は実際にこの方法を用いているそうだ.


(2)賭け金を変える.


もうひとつの方法は,「確信度に応じて賭け金を変える」という方式だ.


賭けを連続的に行うときに賭け金どう調整していくかを考える必要があるが,このやり方はなかなかむずかしい.エヴァンズは経験を積んだギャンブラーでも間違うことがあるとして,18世紀の「カサノヴァの間違い」という例を紹介している.
まず,ベイシックな戦略の1つとして(勝利確率が50%,オッズが2倍の賭けを連続して行うとして)負けたときには賭け金を倍にしていくと,一度でも勝てばイーブンに戻るという戦略がある.日本では「倍賭け法」とか呼ばれるらしいが,英語ではこれは「マーチンゲール法」と呼ばれる.もちろんこれは負け続けたときに賭け金が指数関数的に増大し,自己資産を越えたら破産してしまうという致命的な問題がある.そこでこのマーチンゲールの調整を加える必要がある.これにもいろいろあって,賭け金をそのときの持ち金の何割かまでに制限するケリー基準などが有名だ.(カサノヴァはわかっていたのに熱くなって結局すってんてんになったというわけらしい)
エヴァンズはもうひとつの方法として主観的確信度に合わせて賭け金を調整する方法を提示する.勝てる可能性が高いと思ったときには大きく賭けるというのは合理的な戦略になる.
エヴァンズはこれは株式投資にも利用できるだろうと示唆し,パスターの最近のリサーチを紹介している.100人の投資家の合計16000あまりのごく短期間(分単位)のオプショントレードを分析すると,全体で勝率はランダムベットの場合の50%に対して53.4%(きちんと書かれていないがデータ数が多いのでこれは有意だろう.また多くのトレードを行う超短期オプショントレードの世界ではこれは実際に十分意味のある勝率になる)で,ごく一部のプレーヤーのみ(8/100)がこの差異に貢献していた.しかしこのうち2人は56%という勝率にもかかわらずにトータルでは負けていた.エヴァンズは彼等はより勝てそうだと考えていないときに多く賭けていたのだろうと書いている.


ここのエヴァンズの書きぶりはやや混乱していてわかりにくい.そもそもここでマーチンゲールに触れる必要があったのだろうか.それはおいておくとして,RQの利用として確信度に応じて行動を変える戦略をとること自体は確かに合理的だし,その一部に「確信度に応じて賭け金を変えること」が含まれることもわかる.しかしそれにはオッズが一定という大前提が必要だ.そしてより正確には確信度とオッズがどれだけずれているかに応じて変えると書くべきだろう.それは(次章でより洗練した方法として解説される)期待効用最大化戦略の1つになるはずだ.


<認識フィーリングの調整>


確信度に応じて行動を変えることが合理的だ.しかしそれには自分の確信度にアセスできなくてはならない.ここでRQが重要な問題になるのだ.
どうやれば上手くできるのか.エヴァンズは「温度計の水銀柱をイメージしてみよう」と勧めている.もし認識フィーリングが調整されていれば水銀柱は物事に応じて上がったり下がったりする.上手く行うためには目盛りをつけて数値化する方がいい.(なお目盛りの細かさについては,細かい方がより精緻にリスク管理できるが,どこまで細かくすべきかについてはリサーチが無いとしている.)


この段階でよく出される疑問は「この数値が正しいかどうかについての確信度も考慮すべきか」というものがある.エヴァンズはこれは必要ないと切って捨てている.まず実務的にとにかく数値化するトレーニングをした方がいいし,理論的にもそもそも主観的な確信に過ぎない数値にさらに幅をつけても混乱するだけだし,さらにリサーチによるとリスクの把握には影響しないという説明をしている.


次に注意すべきこととして認知バイアスをあげている.ヒトの多くの量的感覚は対数的だ.そして主観的確信度も似たところがあって,0%や100%に近いところと真ん中あたりではおなじ1%の重みが違って感じられる.さらにエヴァンズは,カーネマンとトヴェルスキーのプロスペクト理論を紹介し,このような認知バイアスがあるので賭け金を調整しようとしているときには注意すべきだとコメントしている.
その例としては穴馬券の当たりを過大視するギャンブラーの傾向(favorite long shot bias)を取り上げていて面白い.これはスポーツ賭博の世界で普遍的に見られる現象でこれに関する科学的な論文の数は100を超えているそうだ.エヴァンズは,0%と1%の違い,99%と10%の違いは,50%と51%の違いと同じ重みで判断すべきなのだと強調している.


エヴァンズはここでチェック方法を1つ紹介している,それは「(排他的な物事の)確信度の合計は100%を越えてはならない」というものだ.実際に確信度を見積もらせるというタスクを行わせると,被験者はしばしばこれに失敗するそうだ(ここで推理小説を読ませて登場人物が犯人である主観的確信度を答えさせる実験が紹介されていて詳細はなかなか面白い).