日本進化学会2013 TSUKUBA 参加日誌  その2 


大会初日 午後


午前中のシンポジウムの後,外に昼飯を探してさまよい出てきたが,何しろ暑い.手近の中華料理を食べてすぐに構内に戻った.
午後は口頭発表.A会場に参加.ここではウィルスに関する発表が続く.普段あまりなじみのないところなので楽しい.


インフルエンザウイルスゲノムの宿主環境に依存したgenome signatureの変化に関する新規情報解析 岩崎裕貴


インフルエンザウィルスでよく耳にする型H,N以外の6つの部位について解析したもの.するとホストごとに異なるパターンが進化しているようだというもの.


宿主による内在性レトロウイルスの取捨選択 仲屋友喜


レトロウィルスは,感染後ホストのDNAには入り込み,さらに何らかの機能を喪失せずに保つ場合がある.これらを内在性レトロウィルスという.
単孔類から有袋類,有袋類から有胎盤類への進化の際にはこの内在性ウィルスが役割を果たしたものと考えられる.そしてウシ胎盤における内在性ウィルスの発現についての説明.


レトロウイルスの内在化機序解明に向けて 吉川禄助


レトロウィルスが内在性ウィルスになり,いくつかの機能を持つことがわかってきたが,なお詳細ははっきりしない.そこで実験系としてどんなレトロウィルスを用いて内在化を調べるのがいいかという問題について.ここではサルレトロウィルスの可能性を説明.


集団解析により明らかになった腸管出血性大腸菌の高病原性genotype 小林直樹


O157で有名な高病原性の大腸菌について.これらの大腸菌にはO157以外にもいくつかのタイプがある.これらの強毒性化進化はある程度独立に生じていると考えられている.そこでこれらの株を分析し,系統パターンとクラスタリングを行った.その結果8つのクラスタリングが見つかった.また遺伝子をよく見るといくつかの組み合わせで突如強毒化する傾向があるようだ.このことから潜在的な危険株を同定できる.


Helicobacter pyloriから探る人類移動 鈴木留美子


ピロリ菌は胃ガンリスクをもたらすことが明らかにされており,日本人では40から50%の保有率となっている.(なお2013年からピロリ菌除去にようやく保険適用が認められたので,今後は除去が進んでいくことが期待されているそうだ)
これは親子間の垂直感染が大半なので,ピロリ菌のタイプ(ルートに近い方からアフリカ3種,ヨーロッパ,南アジア,サフル,マオリ,アメリンド,東アジアとなる.)と人類集団がよく対応することが知られている.ここで沖縄から得られたサンプルを分析したところ南アジアとヨーロッパの間,マオリとサフルの間に位置した.分岐年代はそれぞれ33千年,17千年となっている.
沖縄の複雑な状況がうかがわれて面白い.Q&Aではホストのヒトのゲノムとの比較が質問されていたが,手元にあるのはピロリ菌のデータだけなのだそうだ.


Phylotoxigenic relationshipsに基づくFusarium属菌のマイコトキシン産生能の推定 渡辺麻衣


Fusarium 属菌は野菜や果物の食中毒の原因となるマイコトキシンを生産することが知られている.菌ゲノムから系統樹を作成し,毒性の強さを推定できないかという発表.分析の結果,毒性について一部系統依存性があるので,ある程度の推定が可能という内容.



ここでB会場に移動.昨年の種生物学会でセンセーションを巻き起こしたと聞くササ・タケの発表が楽しみだ.



ササ・タケの進化動態解析:地下茎構造と近交弱勢の効果 立木佑弥


ササ・タケ類は数年から数十年の栄養繁殖段階の後一斉開花枯死するという特異な生活史戦略を持つ.
分布域は熱帯から温帯だが,緯度が高くなるほどこの周期が長いという傾向があることが観察されている.形態的には熱帯域ではPachymorphと呼ばれる親株のごく近傍にクローン(タケノコ)を産出する形態が多く,温帯になるにつれてLeptomorphと呼ばれる地下茎を水平に長く伸ばした後クローンを成長させる形態となる.
ここではなぜ地下茎の長さと周期が相関するのかについてモデル化してみた.基本的アイデアとしては栄養繁殖と種子繁殖の相対的有利性に応じてどこで開花するかが決まり,クローン株の距離に応じて近交弱勢が生じるというもの.
その結果,(気温などの何らかの外部要因で地下茎の長さが決まるとすると)地下茎の長さが小さいほど近傍にクローン株が集まり種子生産の有利性が上がりやすくなり,周期が短くなるということが説明できたというもの.


Q&Aでもでていたが,地下茎の長さ自体近交弱勢と最適分散に絡んで進化する形質だと思われるので,やや物足りない印象が残った.しかし確かにこの生活史戦略と緯度分布の関係はなかなか面白い.


アリ散布植物ホトケノザにおける個体密度と土壌養分に応じた散布形質の可塑性 田中弘毅


植物の種子分散戦略における環境条件可塑性についてのリサーチ.アリ分散のホトケノザを用いて生息密度,栄養状態が分散戦略に影響するかどうかをエライオソーム(アリ誘引物質)の重量を用いて測定.その結果全体のデータでは有意差が得られなかったが,高密度の勝者のみをとると有意にエライオソームが大きかった.(養分量とは相関なし)高密度においてはまず同種間競争が生じ,それに勝利できれば分散により資源を投資するという可塑的な戦略があると評価できる.


拮抗的な選択圧による多型比の地理的クラインの成立 高橋佑磨


アオモンイトトンボはメスの色彩に多型があり,かつ頻度が緯度に沿って異なり,地理的なクラインを形成している.色彩は単純なメンデル遺伝で劣性のddのみ青色,それ以外は茶色になる.
これがどのように決まっているのかを,(温度条件などによる)分岐淘汰,(オスからのハラスメントに絡む)負の頻度依存的平衡淘汰,浮動の3つに分けて分析.色彩の遺伝距離と地理的な距離の相関から中立的な過程はあまり効いていないことがわかり,淘汰について地理スケールを変えて分析すると,小スケールでは平衡淘汰,大スケールでは分岐淘汰が効いていることがわかったというもの.
なかなか分析がエレガントな印象を受けた.


環境変動によって引き起こされる「脱」種分化の理論的研究 角沖陽平


スイスの湖で比較的速い速度の種分化を生じていたホワイトフィッシュについて,最近富栄養化にともない繁殖隔離が崩れているという報告があり,それをモデル化してみたもの.かなり狭いパラメータの範囲内で隔離が崩れるという結果が得られた.


環境改変が生物多様性に与える正の効果の可能性 山崎剛史


人類が環境に及ぼす生物多様性への影響については,通常絶滅への影響のみ議論されるが,逆に種分化を促すことはないのかという視点でのリサーチ.
八重山諸島には,1000年ほど前に人類が農耕のために草原化させた島と密林のままの島が共存する.両者におけるハシブトガラスをよく調べたところ,わずか数キロしか離れていないが,ほとんど交雑はなく,行動・形態に顕著な差がある2種に別れつつあると評価できる.今後はこのような影響も考慮すべきだというもの.


以上で私の進化学会第1日は終了だ.