日本進化学会2013 TSUKUBA 参加日誌  その4 


大会第2日 午後


一般発表はD会場に参加


異質な進化パターンを示す配列の除外による系統推定精度改良法の開発 岩本榮介


系統樹の推定法の改良に関する発表.推移モデルに合わない部分を上手く削除できないかというもの.なかなか難しそうな印象


形質進化の最節約復元を再考する:数学的性質と進化的仮定 三中信宏


へニック以来の由来を持つ最節約法に基づく系統樹推定では,同じだけ最節約的な複数の系統樹が得られることがある.この中から最もルートに近いところの置換を優先する樹形(ACCTRAN)と末端の置換を優先する樹形(DELTRAN)のどちらを選ぶかという問題が生じる.
ここからの議論は難解で私の手に余るが,「ひずみの議論からACCTRAN優先でよいとする主張があるが,必ずしもそうではない」というのが本発表の趣旨となる.


種内集団構造のインシリコ染色体ペインティング による解明 矢原耕史


ゲノムデータを使って集団構造を解析する手法には系統樹推定,主成分分析,クラスタリングなど様々にあるが,種内の膨大なゲノムデータを扱うにはなかなか難しい問題が多い.
最近相同組換えによるDNA 配列のまとまりの系列間移転をゲノムワイドに検出するインシリコ染色法が開発されたので,これをピロリ菌のデータに使ってみた.ピロリ菌のデータは同一人が異種株に同時感染して組み替えが生じうるのでこの手法に向いている.
この手法で一旦相同部分を処理した後,系統推定やクラスタリングを行うと,いろいろ見通しのよい結果が得られたというもの.


隠蔽変異を介して相互に促進される生命システムの複雑化と多様化 岩嵜航


遺伝子発現ネットワークの存在を前提にすると,遺伝子変異が表現型に与える影響は非線形になることが予想される.それを組み入れたモデルを使ってシミュレーションしてみたというもの.すると表現型を変えずに変異を蓄積し,あるところで一気に表現型が変化するという効果が現れうる.これにより適応度地形の谷越えを説明できるというもの.


ここでA会場に移動


日本固有の毒蛇ハブ(Protobothrops flavoviridis) の全ゲノムシークエンスと繰り返し配列の解析がもたらす共進化動態 柴田弘紀


ハブ毒のリサーチ.生物的な毒性物質のゲノム的なリサーチはヴェノミクスと呼ばれるようだ.ここではハブの全ゲノムシークエンスから調べているがその途中報告.


カタツムリに追いつけないヘビ:異なる遺伝的基盤がもたらす共進化動態 山道真人


共進化動態についてはいろいろとリサーチがあるが,細のリサーチで有名になったヘビとカタツムリにおいては,カタツムリの表現型が右か左かという離散的な形質になっているのに対して,ヘビの右利き左利きは量的形質だと考えることができる.このような場合にどのような進化動態が現れるかについての理論的なリサーチ.
実際にモデルを作ってシミュレートするとパラメータ(遺伝子座数,ヘビ側の捕食非対称になることのコスト,カタツムリ側の交尾など頻度依存的コストなど)によって,平衡に達したり,振動が現れたり,カオスになったり,絶滅が生じたりするというもの.



人口動態統計に見る親の投資戦略 大槻久


ヒトにおけるトリヴァース=ウィラード効果を明治大正期の出生統計から実証しようというもの.総研大における長谷川眞理子との共同研究.
1902-1923年の人口統計を用いる,当時の統計には嫡出子,庶子,私生児の区別がある.
ここで出産率,死亡率,性比は子の身分によらず,統計上のゆがみはすべて人為的な介入によるものという前提を置く.この人為的な介入には「性別により認知を行ったり行わなかったりする」「子殺しをして死産と届け出る」という2種類を仮定する.

結果

  • 「私生児は男子の方がより認知されやすい」という仮説は支持されたが,「一旦認知されないと決まった男子はより子殺しされやすい」という仮説は支持されなかった.
  • 身分による子殺しリスクの差は明瞭に観察された.嫡出子,庶子は1-6%,私生児は18-25%
  • 1910年頃から認知率が上昇している.(1910年:8%→1923年:44%)第一次世界大戦の影響が考えられるが,理由は不明.


当時は跡取り息子がいるかどうかが重要視されていたから嫡出男子がいない場合の男子の認知率が高くなることは十分あり得るだろう.


総会,学会賞授賞式,受賞講演


ここで午後の一般発表は終了.総会,学会賞授賞式,受賞講演となる.
来年,2014年の進化学会は大阪高槻の高槻現代劇場で開催.2015年は東京の中央大学春日キャンパスで開かれる予定とのこと.


今年の学会賞はNJ法の開発当を理由として斎藤成也の受賞となる.受賞講演においては会長からは日本語の講演を頼まれたが,私の信念として英語でやると宣言.なかなか型破りで面白い講演だった.


Last 30 years and Next 30 years Naruya Saito


私は現在56歳で学者になって30年になる.私の父母の年齢から考えてあと30年は生きられそうだ.だから現在は私の学者人生のちょうど真ん中ということになる.
木村先生の中立説を一言で表すとすれば「適者生存」ならぬ「幸運者生存」ということになるだろう.そして私のこれまでの学者としての経歴を振り返ると,自分が大変幸運であったことを実感する.例えば私は集団遺伝学者ではないにもかかわらず,今や遺伝学研究所でかの木村資生の後任のポストについているのだ.


私は人類学出身だが,1979年当時誰も中立説を教えてくれず,本は自然淘汰であふれて,突然変異こそ重要ではないかと考えていた私には不満だった.そこに根井先生の考えに出会い,中立説の世界に引かれることになる.
(ここで木村資生,木原均,尾本恵一などの想い出にふれる)


その後カヴァリ=スフォルツァやエドワースの考えにも影響され,1981年の修士論文は分岐プロセスをモンテカルロシミュレーションで扱うものとなった.(当時ワープロ以前の時代だったが英文を両端そろえで論文に仕上げたと自慢)
その後ケンドールやペンローズの考えにも影響を受け,1983年には苗字の推移パターンを論文にした.
1982年にヒューストンに移る.根井先生の薫陶を受けて,系統樹推定法の世界に入り込むことになる.


当時距離から系統樹を描く方法には様々なやり方があった(UPGMA,フィッテの方式など).また根井先生は最尤法の考え方を推していたし,片方でフレゼンシュタインはブートストラップ法を提唱していた.
ここで何か上手い方法はないかということでいろいろと模索する中,距離を計算し,放射状の図をまず書き,それを結合させていくというイメージを持つ.これを近隣結合法として完成させ1986年,1987年に論文に仕立てる.
その後10年以上かけて様々なバージョンアップや改良を付け加えた.現在では系統ネットワーク的な応用を始め様々な応用が広がっている.
(例としてはABO式血液型にかかる類人猿全体の系統ネットワーク図,動物門間の関係,3ドメイン,人類集団の距離測定などがプレゼンされる)


ここまでがこれまでの30年の話.ここからはこれからの30年の話になる.


これまで本を7冊書いてきた.今年ついに英語で「進化遺伝学入門」という英語の本を上程した(根井先生に,常々英語の本を書けといわれ続けてきた).次の30年では後12冊は書きたい.それ以外の目標は以下の通りだ.

  • ジャーナルを作る
  • 出版元になる
  • 中立進化のゴスペルを広める
  • 科学英語を広げる
  • 科学歴を広げる(西暦2013年ではなく科学歴13年にするというようなこと)
  • 科学の中心に歴史を入れ込む
  • 宗教を科学に入れ替える


最後は目標というより野望・妄想の世界だが,なかなか楽しい.斎藤にとっては,(表現型にかかる)中立説を広める上での,淘汰派の最大のライバルは巌佐庸なのだそうだ.これは巌佐先生には名誉の称号だろう.中立進化について「ゴスペル」という言葉を使ったのも意味深だ.これは斎藤の言う(表現型進化の)中立説について,もはや事実や検証に基づく主張として成立することをあきらめたということだろうか.(おそらくそうではないのだろうが)どちらかといえば「宗教的信念」に近いことを自ら認めたようで面白い.


というところで大会2日目は終了だ.



何故このような彫刻が街中にあるのか最初理解できなかったが,どうもこれは筑波山の蝦蟇ということらしい.