日本進化学会2013 TSUKUBA 参加日誌  その7


大会第4日 8月31日


本日は午前中「進化学夏の学校」,午後は「公開講演会」という日程


進化学 夏の学校


生命の樹:昔と今 橋本哲男


初期の系統樹としてはヘッケルのものが有名だ.1965年頃から分子データを基にした系統樹が描けるようになってきた.
当時,生命の起源に近い進化史の初期までさかのぼった系統樹を描く分子的データの材料としてはリボソームのRNAが使われた.1990年にウースが真正細菌,古細菌,真核生物間の系統関係を明らかにして3ドメイン説を唱えた.またミトコンドリア,葉緑体の起源が細胞内共生にあることもわかってきた.
1980年代後半から真核生物の起源が議論されるようになった.ミトコンドリアとの共生以前に分岐したものがいるのではないかが問題となり,アメーバなどのアーケゾアが該当するのではないかという議論がなされた.確かにこれらの一部の分岐は早い時期になされたように見えた.しかし1990年代後半にはこのアーケゾア仮説は崩壊した.ミトコンドリアを持たないアーケゾアにミトコンドリア由来の遺伝子が発見されたのだ.だからアーケゾアは二次的にミトコンドリアを失ったグループだと解されるようになった.
この結果を受けて系統樹推定におけるLBA(長肢アトラクション)の重要性が認識されるようになった.結局アーケゾアというグループはLBAの結果生まれた人為的なグループだったようだ.
リボソームに基づく系統樹推定は,3ドメイン,細胞内共生による真核生物起源を明らかにしたが,それ以上の探索にはLBAによる解像度不足の問題があるとまとめることができる.


現在は複数遺伝子解析でより解像度を上げようとしている.100以上の遺伝子を使ったファイロゲノミック解析が主流になっている.技術的にはモデル選択論,最尤法,ベイズ法などを用いた様々な方法論が使われている.またデータ収集のスピードはシークエンサーの驚異的な進歩により速まっている.
現在の議論の中心は真核生物の中の大きな区分.10+αのグループがあるとか,8スーパーグループなどが議論されている.「オピストコンタ:動物,菌など」「アメーボゾア:アメーバなど」「リザリア:有孔虫・放散虫など」「アルベオラータ:旋毛虫,渦鞭毛虫など」などいくつかは単系統性が認められつつあり,残りが議論されている.
それ以外には「シアノバクテリア共生は独立に何度か生じたのか,1回限りだったのか」「大グループ間の系統関係とルートの位置」などが議論されている.


ここからは具体例の紹介で,ハプトピア(ハプト藻)とクリプトピア(クリプト藻)の近縁性,エクスカバータの系統的な位置などのリサーチが解説された.スーパーグループについてはよく知らなかったので参考になった.


葉緑体:細胞内共生が駆動する細胞進化 石田健一郎


シアノバクテリアは様々な生物と共生して葉緑体を形成している.これには一次共生によるものと,一次共生した真核生物がさらに別の生物体内に共生する二次共生によるものがある.二次共生の例としてはクロララクニオン藻がある.これは海産の単細胞藻類で世界中の暖かい海に分布する.葉緑体は光合成の他に,脂肪酸合成やアミノ酸合成も行うことが知られている.
この葉緑体の起源や進化についてはなおわかっていないことが多い.共生している生物は8つのスーパーグループに散らばっており,一次共生は植物を構成するスーパーグループに見られ,二次共生はリザニアの一部(クロララクニオン藻),エクスカバータの一部(ユーグレナ藻)などに散在している.これは二次共生が何度も独立に生じたことを示している.


共生に関しては,どうやって共生藻がオルガネラとして維持されるのか(取り込み状態を維持,ホストへの遺伝子移動,共生藻へのタンパク質移動,共生藻ゲノムの縮小,共生藻の分裂をホスト細胞の分裂と協調させること)という問題がある.今日はクロララクニオン藻におけるゲノム縮小とタンパク質移動の問題を解説する.
まず最初にケルコゾアに緑藻が取り込まれる.取り込まれた緑藻はヌクレオモルフとなる.これは共生藻の核が縮小しつつ残っている状態だ.サイズは1/10ぐらいで核酸も残っている.多くは400kbぐらいしかないが,ある種のクロララクニオン藻では1Mほどある.この大きなヌクレオモルフでは葉緑体タンパクの遺伝子が残っている.おそらくヌクレオモルフになって遺伝子がホストの核に移送されると急速に遺伝子が消失していくのだろう.この大きな核は,何らかの理由によって移送がうまく進まなかったために残っている遺伝子によって構成されているのだと思われる.
タンパク質の輸送には小胞体までの経路は共通しているが,そこから葉緑体へは複数の経路があるようだ.
全体として,原核生物が原核生物と共生するより,一旦真核生物になった方が共生しやすいのではないかと思われる.


ヒトはなぜヒトになったか?:ヒト固有の性質の進化 長谷川眞理子


ヒト固有な性質がいかに進化したのか.この問題について遺伝,骨(化石),認知,古環境など様々な証拠を集めてジグソーパズルのように大きな図を再構成することが可能になってきた.そしてこの問題は単に過去の事実の問題というだけでなく,ここまで人口を増やし地球環境に大きな影響を与えているというヒトのユニークさの起源・根源を探るという意味で未来への責任にかかる含意もあるだろう.


ヒトは哺乳類さらにそのなかの霊長類の1種になる.用語としては類人猿を含むグループをホミニッド(Hominidae,ヒト科)と呼び,いわゆる化石人類と現生人類を含むグループをホミニン(Hominina,ヒト亜族)と呼ぶ.
哺乳類の基本的な体型は4つ足で水平にして歩くものだ.ここで霊長目は樹上に進出した.果物や葉を食べるようになり両眼視が発達し,枝の上を4つ足で移動するのが基本形になる.さらにここから類人猿が派生する.彼等は枝からぶら下がったり地上をナックルウォークのような形で移動する.
類人猿から派生したホミニンは再び地上に降りて2足直立歩行するようになった.同時に,体毛を無くし,大きな脳を持ち,子供と老人が出現し,強い肉食傾向(霊長類の中でヒトを除いて最も肉食傾向が強いのがチンパンジーだが,それでも総カロリーの1%程度,伝統社会でのヒトは20%から60%程度とされている)を持つようになった.大きな脳には大きなコストがかかる.単純な作成コストやエネルギーコストだけでなく長い子供期を持って成長させなければならない.だから長く使わなければ割に合わない.そしてヒトは長寿だ.


分子の証拠を見ると,オランウータンとの分岐は1200万年前,ゴリラとは800万年前,チンパンジーとは500-700万年前とされる.一方化石を見ると同じく600万年程度前にサヘラントプスやオロリンの化石がでている.オロリンはなお森林性だったともいわれているが,厳密な系統関係はわかっていない.
その後はアウストラロピテクスを始め多くの化石がある.よくわかっていないことも多いが,大体(直線上ではない)ブッシュ状の系統樹にまとめることができる.ホモ属と呼ばれるようになる頃から完全に森を棄て,脳が大きくなりしっかりした2足歩行が顕著になる.しかし現生人類とチンパンジーの間の種はすべて絶滅してしまった.化石人類については顔の復元図が発表されている.皮膚はおそらく黒かっただろう.多くの図には白目が描かれているが,これがいつからなのかはまだわかっていない.(認知的にはこれは重要な問題)


現生大型類人猿の分布はアフリカと東南アジアの一部地域に限定されており,すべて絶滅危惧種となっている.しかしヒトはこれらとは逆に全世界的に分布し大繁栄を遂げている.1万年前には5百万人程度だったと思われるが,2000年前には2.5億人,17世紀に5億人,1850年に10億人,1930年に20億人,1975年に40億人,2013年に63億人と急速に増えている.ヒトの体重の雑食性動物だと一平方キロ当たり1.5個体ぐらいの密度が上限なので,1平方キロ当たり44人となっているヒトはどこか異常だと考えられる.
何がこの成功の秘訣なのか.よくいわれるのは以下のようなことだ.

  1. 大きな脳(決して数学やパズルのために進化したわけではない)
  2. 文化を持ち環境を改変できる
  3. 自然環境を理解し科学技術を発達させることができる
  4. 知識を共有し文化を蓄積することができる

何がこれらを可能にしたのか,その媒体となったのは言語だと思われる.


この「文化と言語がヒトのヒトたる所以である」ということは実は大昔から言われていることで,若い頃は「それは単なる描写に過ぎないではないか」と思い,気に入らなかった.実際,「何故ヒトだけが文化と言語をもてるようになったのか」を説明できなければ説明したことにならない.
ある意味言語は単なる媒体であり,結局言語で何をするのかが問題になる.チンパンジーとヒトでは(言語を使って)何をしたいのかがまるで異なる.そのような要求を含めた進化基盤まで説明できないと何も説明したことにはならないのだ.
そして土台を考え続けてようやく少し説明できるようになったと感じているところだ.


まず脳の大きさから見てみよう.ヒトはアロメトリックに考えて類人猿の中でも極端に脳が大きい.これには神経,発生,進化などいろいろな論点があるが,言語にかかる特殊配線にどれだけの重みがあるかということが知りたいところになる.
次にゲノムを見てみよう.これまでヒトとチンパンジーの配列は1.23%異なるなどといわれてきたが,今やその違いのうちどこに淘汰が強くかかったかもわかるようになってきた.ヒトでアクセラレートされた領域のほとんどは転写,制御領域だった.素材のタンパク質はチンパンジーとあまり変わらず,いつどこでどのぐらい発現するかが異なっているのだ.これはいわばレシピの違いなのだ.卵と小麦粉とミルクと砂糖という共通の素材を使ってどのようなケーキを作るかが異なるのだ.
具体例としては,大脳皮質形成にかかるHAR1がある(大脳皮質のしわの形成や統合失調症と関連があるといわれている).ニワトリとチンパンジーでは2個しか異なっていないが,ヒトとチンパンジーでは18個も異なる.
また有名なFOXP2もヒトでアクセラレートされている.このほかにもいろいろ見つかっている.


では言語とは一体何だろうか.それは情報や思考を伝達するものだが,実はそれが可能になるには心を共有したいと思わなければならないのだ.「そうだよね」「うんうん」というやりとりが嬉しいという感覚が重要なのだ.
つまりヒトでは情報伝達に心の共有と社会的絆が結びついている.


これまで議論された動物のシグナルは心の共有がなくても説明できるものだけだ.(例:求愛,ナワバリ,競争示威,餌ねだり)このような動物のシグナルは相手の心の理解は不要で,単に信号として受け止めればいいものばかりだ.
これに対してヒトのコミュニケーションは単なる信号の授受ではない.自分も他者も心的表象を持っている,そしてそれを互いに仮定して同じようなものを持っていることに同意する,共有すると嬉しいと感じる,そして社会的絆や共感関係を形成するのだ.


これは心の理論とも関連する.ヒトは相手の関心がすぐわかる.これは2ヶ月児からそうだ.表情が同一か異なるかもすぐわかるようになる.その意味では顔と目は特殊な信号器官なのだ.言語以上に顔は心を表す.「目は口ほどにものをいう」のだ.顔と目があると対象は「生き物」として知覚される.そして顔が上下逆さまになるだけでこの知覚は難しくなる.(モナリザの例.逆向きにすると表情がわかりにくいが,さらにその中で目と口をひっくり返すと表情がわかる)これは脳の中で意識と離れて自動的に処理されている.
顔を見るときにアイトラッカーをつけて見ると,ヒトでは目と口元に集中するが,サルやチンパンジーではそのような集中は生じない.


そしてこれは共同注視や三項関係の理解とも絡む.「うんうん」「ここに〇〇があるね」という共同注視はヒト独特でチンパンジーにはあまり見られない.さらにヒトはこれを入れ子状にして理解して,それを楽しむ.これにはミラーニューロンが関係するのかもしれない.これが言語野で働くようになったのかもしれない.
確かにチンパンジーも少し三項関係の理解はできる.しかしそれは主に競争的な状況での他者の心の読み取りに限られているようだ.(こいつに餌をとられないように隠すなど)チンパンジーは心を共有して協力するようなことはしないのだ.シロアリ釣りの観察でも教育も共同作業も確認されていない.


このような進化はどのような環境で生じたのだろうか.それは(氷河期の)寒冷化と乾燥化の中だ.アフリカでは森林が草原に変わっていった.そこには水も樹木も少ない,餌としては大型哺乳類がいるが,それを補食しようとする強大なライバルも多くいた.もうひとつの餌としては塊茎があったがそれには地面を掘らなければならない.片方で体毛を失ったため,赤ちゃんは母親につかまれなくなり,近くに置いてモニタリングする必要が生じる.
このような環境で共同作業と道具製作に強い淘汰圧がかかったのだろう.一言でいえば「艱難汝を玉にす」が生じたのだ.


ヒトの進化について考え続けている長谷川の現時点でのまとめということだろう.流れるような講義で充実していた.


バイオミネラリゼーションの起源と進化 遠藤一佳


地球惑星科学者で,地質や化石が専門だという自己紹介.というわけで骨,歯,貝殻の話になる.


生物の構成物には無機化合物もある.炭酸カルシウム,リン酸カルシウム,シリカ(二酸化ケイ素),黄鉄鉱,磁鉄鉱などだ.これらは生物鉱物,バイオミネラルと呼ばれる.これらはどう進化したのだろうか.


ここで3ドメイン説,系統樹の基礎知識の説明


系統樹の上でバイオミネラルを見ると,これらは何度も独立に進化したようだ.特に炭酸カルシウムは多くの生物群で独立に進化しているし,リン酸カルシウムは脊椎動物と腕足類で独立に進化している.


ここで化石とは何か,示準化石,大絶滅の説明


カンブリア爆発と呼ばれる時期(有名なバージェス頁岩の他,最近ではグリーンランドのシリウスバセット,中国のチャンジアンで多くの化石が得られている)に多くのバイオミネラルが現れている.種の15%で硬骨格が見られる.それ以前のエディアカラ動物群には硬骨格は見られないので,なぜ突然現れるのかについては大きな問題だ..
実際にこの時期に炭酸カルシウム,リン酸カルシウム,シリカなどを用いたsmall shelly fossilsと呼ばれる部品の化石が現れる.これまでは様々なボディプランの要素として同時に進化したとされていた.しかし本当なのだろうか,少なくとも一部は(磁性細菌の取り込みなどを経由した)相同ではないかとの疑問がある.


そこで骨格形成遺伝子を調べる.基質タンパク質遺伝子,発生プラグラム遺伝子を各動物群で比較する.脊椎動物,棘皮動物,軟体動物で比較したところ,基本的に別のプログラムだということがわかった.


一部の材料は共通だが,独立に使い回しが生じてそうなっているようだ.かつてスティーヴン・ジェイ・グールドは遺伝子が相同であっても構造が相同でない場合があるとして,ファラオのレンガ(材料が同じでレシピが異なる),コリント様式の柱頭(複雑な複数の遺伝子の相互作用が使い回される)をあげたが,この場合にはファラオのレンガにあたるようだ.
多くの場合には基質タンパク質から異なるようだ.だから多くのバイオミネラルは独立に進化したと結論して良さそうだ.この時期に強い淘汰圧がかかったのだろう.



以上で午前中の「進化学夏の学校」は終了だ.いろいろなトピックが用意されていて面白かった.
本日も外に出ずに朝に調達したサンドウィッチをいただくことにした.