「Sex Allocation」 第3章 血縁者間の相互作用1:協力と競争 その8

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


エストは,その他の無脊椎動物,植物についてもリサーチを概観し,最後にLRE,LRCについてのまとめをおいている.


3.4.6 その他の無脊椎動物におけるLRC


モランはアブラムシにおいてもLRCが生じてオスに傾いた性比が実現すると示唆した(Moran 1993).繁殖メスが無翅であれば,分散が弱く,リソースについての競争が生じるだろう.これはオスが有翅であれば重要な要因になるだろう.いくつかのアブラムシでは実際にオスに傾いた性比が観察され,LRCが要因だと主張されている.特にRhopalosiphum padiではより繁殖力のある個体がよりオスに傾いた性比を実現させており,これはLRC仮説と整合的だ.ウエストは,とはいえコンスタントメス仮説を支持する定量データは得られていないと付け加えている.

また単独性のハチについてもLRCが主張されているものがある.Calliopsis pugionisでは巣が一定地域に密集して作られる.だから血縁メスが集まればLRCが生じるだろう.実際により密集している方が性比の傾きが大きいというデータが得られている.
またゴール形成性のアザミウマでもLRCが示唆されている.

しかしこれらの種では近親交配やLMCも生じており,この場合はメスに傾く要因になる.両方の力が相殺しているのではないかという示唆もある.ウエストは,要するに多くの示唆はなお推測にとどまっており,リサーチの余地が大きいとまとめている.


3.4.7 植物におけるLRC


LRCモデルは植物にも応用されている.花粉と種子の分散距離比較については膨大なリサーチがある.基本的にはより分散距離が長い方の性に傾くことが予想される.
エストはこう書いているだけだが,なかなか難しいところだ.花粉はオス機能ということでよいだろうが,種子分散は通常受精後に生じるので種子=メスではないはずだ.結局ある花や親植物個体由来の種子同士については,メス部分の血縁度は事実上姉妹なので高いが,オス部分の血縁度は他家受粉により小さいので,種子分散距離をメス分散距離と見立てていいということなのだろう.

エストは,植物の性比については花粉競争の要因が大きくLMCのところで取り上げると予告し,ここでは2点だけ以下のように指摘している.
パナマのイチジクについては種子分散の距離に基づくLRCで性比が説明できると示唆されている.ヘーレは,イチジクの種間比較を行い,オス粉者であるイチジクコバチの誘因に向けたリソースと種子形成に使うリソース比は,イチジクの果実の大きさと逆相関であることに気づいた.(Herre 1989)ヘーレは大きな果実はより大きなコウモリに食べられてより分散距離が大きくなる(果実が大きいとより血縁メス競争のLRCが小さくなる)からだと説明した.この場合イチジクコバチによる送粉の分散距離は非常に大きいことがデータで示されておりLMCの要因は事実上無視できる.ウエストは,実際に種子同士でLRCが生じているか,果実の大きさが絡む別の要因はないかなどについての追加のリサーチが望ましいとコメントしている.
植物個体の大きさと分散距離が相関するならば, LRCの大きさを種間比較リサーチすることができるだろう.


植物も今後のリサーチエリアとしてなかなか面白そうだ.


3.5 結論と将来の方向


血縁個体の競争や協力が広い生物群で性比に影響を与えている.ウエストはいくつかのコメントを結論としておいている

(1)なお大きな部分が示唆や推測にとどまっている.

  • 多くの結果は単に相関を示しているだけで,要因については別の解釈が可能だ
  • 多くのリサーチが全体性比にのみ注目しているが,それは実は予測困難で理論のテストには向いていない
  • いくつかのリサーチは条件依存性比調節について調べているが,得られたパターンが理論から予測できるものであるかどうかはっきりしない.
  • 理論の前提についての,実証的(特に実験操作による)エヴィデンスが少ない.例外は共同子育てが見られる動物群についてのものだ.


(2)多くの要因が同時に効くことが可能であり,期待される結果は非常に複雑になる.

  • 娘による地位の相続,息子の方がより繁殖成功の分散が大きい(TW),ナワバリの優劣,クラッチサイズ,性比を巡るコンフリクトなどが要因として効いてくる
  • これらの要因は同じ方向に効く場合も別方向に効く場合もある.
  • だから絶対的なパターンの予測は難しい.しかし種間比較や個体群比較における相対的な方向の予測は可能だ.


(3)分離性比が観察できていないのは驚くべきことだ.

  • 協力が同じ性の中でのみ生じる場合には分離性比が理論的に予測される.しかし観察されていない.
  • 理由としては隠れた異性間での協力があること,性比調節への制約があることなどが考えられる.


(4)脊椎動物のLRE,LRCのリサーチにおいてはpseudoreplicationが問題になる.(pseudoreplicationとは統計サンプルが独立ではないのに独立のように扱うことを指す)

  • 社会性の動物においてはある群れが調査対象に選ばれやすく,その中の複数のメス,あるいは単一メスの別の時期のbroodデータが独立したデータとして利用される.そしてしばしば個体数nは極めて小さい(極端なものにはn=1, n=3というものまである)
  • グループ間の差異を調べるときに,「この2つのグループは異なっているか」を調べずに,「それぞれ50%からずれているか」を調べることがよくある.


(5)比較リサーチには,種や個体群を独立データとして扱っており,系統を考慮していないものがある.

  • この問題を避けるための方法論は数多く提唱されており,最もよく使われているものにはindependent contrast法がある.


(4)(5)はよく見られるリサーチの統計的なスロッピーさへの苦言だということだろう.これは査読サイドにも問題があるのかもしれない.いずれにせよこの総説を書くために膨大な文献にあたり数多くのスロッピーな論文を発見(あるいは再読)したウエストの苦虫をかみつぶしたような顔が見えるようだ.


エストは最後にさらなるリサーチが望まれると以下のコメントして本章を終えている.

  • 理論的にはよりスペシフィックに性比予測可能なモデルが望まれる.
  • 実証面では,全体性比ではなく条件依存性比調節にフォーカスすること,全体性比を見る場合には種間比較,個体群間比較に注力すること,理論予測の前提をテストする際には性比調節の適応度への影響,異なる要因の重要性のパラメータライジングをはっきりさせることが望まれる.また操作実験によるデータは特に有用だと考えられる.


なお膨大なリサーチエリアが残されているのがよくわかる.今後の進展を楽しみにしたいところだ.次章はいよいよ性比リサーチの中心領域LMCに突入する.