「Sex Allocation」 第4章 血縁者間の相互作用2:局所配偶競争(LMC) その5

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


LMCの局所条件に合わせた性比調節ケースの実証リサーチ,いよいよ興味深いイチジクコバチの登場だ.イチジクコバチはハミルトン自身もLMCの説明に使っているし,個人的にはドーキンスが未邦訳の「Climbing Mount Improbable」の冒頭に謎めいたイチジクの話を振っておいて最後にこのイチジクコバチの不思議で魅惑的な生活史をMount Improbableの頂点のひとつとして登場させたことでも印象深い.


4.4.2 送粉するイチジクコバチ


イチジクコバチはLMC理論の真に重要なテストを提供した(Hamilton 1979ほか).それはこのハチの生活史がハミルトンのオリジナルモデルに良くフィットすること,そして自然条件下で多くの種のテストが可能なことによる.1000種を越えるイチジクにはそれぞれ専門のイチジクコバチが対応するのだ.
イチジクの果実(内側に無数の花がある)が受粉可能になると少数の創設メスが果実に入り込む.創設メスの数Nはイチジクの種によって異なる.メスは花粉を受粉させ,そこに閉じ込められ産卵して死ぬ.生まれた子供たちは閉じ込められた果実の中で成熟し,そこで交尾する.オスは多くの場合無翅で飛べず,通常果実の中で死ぬ.交尾済みのメスはイチジクから這い出て(この際に花粉が身体につく)別の果実に分散する.(詳細はイチジクの種によって様々に異なる.なお日本の栽培イチジクは果実肥大に受粉を必要としない品種だそうだ)

産卵メスは果実の中で死ぬのでNを容易に観察できる.また近親交配確率kも容易に計算できる.ウエストはこれらを利用したリサーチが多数なされていることを紹介している.またメスを果実に導入することによってNを操作することも容易だ.このリサーチも多い.
これらのリサーチに使われたイチジクにはパナマ,ブラジル,オーストラリア,フランス,USA,南アフリカインドネシア,日本のものが含まれる.


これらのリサーチはLMC理論についてクリアーな支持を与えている.一部の検証は定量的にもなされている.

  • すべてのケースで性比はメスに傾いている
  • 同じくすべてのケースでNが増加すると性比は上がっている.
  • いくつかのケースで性比は理論予測に良くマッチした.
  • イチジクコバチを用いることにより(半倍数体生物の特徴の1つとして)Nの効果と分離して近親交配の効果を検証可能である,ヘーレは種間比較を用いてそれを検証した(Herre 1985, 1987).


イチジクコバチ定量的データはハミルトンのモデルに良くフィットしているが完璧ではない.性比はしばしば理論値よりメスに傾いている.ウエストはこれに関していくつかコメントしている.

  • ハミルトンの前提のいくつかは満たされていない場合がある.創設メスは全て同じ貢献をしているわけではない(産卵数が同じではないという意味だと思われる).この場合性比はよりメスに傾くことが予想される.極端なケースでは果実に侵入しても産卵できないメスがいるとするとNが過大評価されていることになり,産卵できるメスは表面上のNから予測される性比よりメスに傾けた方が有利になる.
  • 同種だと思っていたイチジクコバチが実は2種だったということがありうる.(単一種のイチジクへの専門家のハチが2種以上ある場合も発見されている)この場合もNが過大評価されていることになる.
  • イチジクコバチが寄生されていると,メスの死亡率が上がるケースが見つかっている.この場合も性比は理論値よりメスに傾くだろう.
  • ヘーレは理論値からの逸脱がランダムでないことを見つけた.自然状態でハチ同士が出会いやすい種の方がより理論値にフィットする.またNの分散が大きい種の方がより逸脱している.Nが1か2という種では両タイプの頻度差が大きいほど性比調節が生じにくくなっている.ウエストはこれらの知見はそのような条件におかれる確率が低いと淘汰圧が小さく性比調整が生じにくいと解釈できるとコメントしている.(この点については第11章でもう一度扱う)


4.4.3 ダニ


LMCの局所条件に合わせた性比調節は2種類のダニで観察されている.ハダニとカブリダニだ.これらのダニは局所的に配偶するためにLMCの条件を満たし,メスの密度に応じてLMCの強度が変わる.ハダニは農業害虫でカブリダニはその捕食者なので,よくリサーチされている.

  • 両方のダニともに,パッチ内のメス数と性比が相関している.
  • 定量的な理論値とのフィットは2種で調べられているが,1種ではフィットし,もう1種では理論値よりメスに傾いていた.

定量的な検証についてウエストはいくつか問題があるとして以下コメントしている.

  • パッチの定義が難しい,境界は曖昧であることが多い.
  • 一部の種では世代重複の可能性がある.この場合には理論モデルはハミルトンのオリジナルモデルとは異なるもの(干し草モデル,第5章で扱う)を用いるべきことになる.干し草モデルではよりメスに傾いた性比が予測される.
  • 一腹卵数が小さいと(ダニの場合はしばしば小さい),性比は離散的にしかとれないこととオスは必ず1匹は生むべきことが問題を複雑にしうる.

関連書籍


ドーキンスの未邦訳書.最近Kindle版で読み直してみた.なかなか良い本なのだが,なぜ翻訳され損なってしまったのだろうか.

Climbing Mount Improbable

Climbing Mount Improbable