「Sex Allocation」 第5章 血縁者間の相互作用3:拡張局所配偶競争(LMC)理論 その4

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


「同一パッチ産卵メスのクラッチサイズが異なる場合のLMCの拡張」のさらに同時産卵の理論モデルは,メスがすべてのメスの産卵状況を知ることができるという「完全アセスモデル」と自分の産卵数のみ知ることができるという「自分知識モデル」があることが前節で説明された.本節ではこれについての実証が扱われる.


5.3.5 同時産卵:実証


同時産卵モデルの最初の実証リサーチは山口によるアブラムシ(トドノネオオワタムシ)のものだ.(Yamaguchi 1985)山口はメスの繁殖能力には大きなばらつきがあったが,オスへの投資量がほぼ同じであることを示した.これはコンスタントオス仮説にフィットする.グラフも示されているが,データポイントも多く見事な結果だ.ウエストは同様な結果はその他4種のアブラムシで得られているとしている.
なおついでに調べてみるとこのトドノネオオワタムシはメスのみが有翅で分散するのだが,その腹部には白い綿毛をまとい,もうすぐ初雪という季節にふわふわと舞う様子からユキムシという名前で一般的には知られているそうだ.


これで完全アセス同時産卵モデルは実証されているように見えるが,しかし「このアブラムシたちはパッチに入る前に性投資量を決めているので本来完全アセスはできないはずだ」という批判がある.つまり生態から見るとスタブルフィールドの自分知識モデルに当てはまっているはずなのに,データは完全アセスモデルによりフィットしているという状況なのだ.ウエストはこれまでに議論されたありうる説明として(1)オス投資量一定という戦略は十分に最適性があり,より洗練された行動とほとんど変わらない,(2)クラッチサイズが小さいときには最適比率が卵数の整数で表せない問題や,繁殖メカニズムなどの制約条件が大きい,(3)完全に同時産卵ではない,などを紹介している.
またアリにおいても同様のリサーチ結果と同様の問題があるそうだ.

この問題に関してはフラナガンによる寄生バチを用いた操作実験があり,ウエストはこれも詳しく紹介している.(Flanagan 1990)結論的には「同時産卵の時に相手の大きさについてアセスできるので,完全アセスと自分知識モデルの中間状態になるのではないか」というものになっているそうだ.ウエストはさらにリサーチが必要だろうとコメントしている.

またフラナガンたちによる別の実証リサーチも詳しく紹介されている.(Flanagan 1998)これはあるメスの産むオス卵数と全産卵数の関係を定量的に見るもので,これも完全アセスと自己知識モデルの中間の結果が出ている.ウエストはこれについて考えられる説明として(1)オス過剰になるコストとメス過剰になるコストに非対称がある(2)実際にメスは不完全な情報を得ている(3)同時産卵は自然界でまれにしか起こらないので最適な行動が進化していない,などを挙げている.
このあたりも詳細が重要であることがよくわかるところだ.


最後にこの同時産卵モデルの予測は,同時産卵する雌雄同体生物でもテストされていることが解説されている.ここで問題をより複雑にするのは,大きな個体は大きな個体と交尾する傾向があるという部分だ.この効果を入れてもやはり大きな個体は投資比をよりメスに傾ける(つまり精子より卵により投資する)という予測になる.そして魚類,扁形動物,エビなどの実証もそれを支持しているそうだ.

全体としてはアブラムシやハチについて理論に実証がフィットしていないという何ともフラストレイティングな状況が浮かび上がる.そして鍵は生態の詳細にあるのだろう.