「Sex Allocation」 第5章 血縁者間の相互作用3:拡張局所配偶競争(LMC)理論 その5

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


局所配偶競争LMCの拡張.ウエストはさらにスペシフィックな領域に進む.


5.4 半倍数体性物における兄弟姉妹間の交尾と分離性比

半倍数体生物においては,近親交配が生じると母親の息子に対する血縁度と娘に対する血縁度に非対称の影響が生じる.つまり近親交配があると娘への血縁度の方がより上昇する.これは第4章で扱ったようによりメスへの投資を増やす要因となる.
そしてさらにここからの拡張がある.それは母親が自分と交尾したのが兄弟なのか非血縁オスなのかを知ることができるならどうするのが良い戦略になるかというものであり,自分が誰と交尾したかで性比を変えることが予測される.
最初の分析したグリーフのモデルはパッチあたりメスが1匹しか発生せず,LMCの強度は兄弟間交尾のみによるという単純化がなされている.このモデルは兄弟交尾とわかったメスはよりメスに性比を傾けることを予測する.(Greeff 1996)ウエストはパッチあたりのメス発生数の前提は実際の寄生バチやイチジクコバチの生態とはフィットしないとコメントしている.そしてこの点を改良してN匹のメスが発生するようにモデルを拡張したのはリースたちの仕事になる.(Reece et al. 2004)

リースたちによるESS戦略は以下の通りになる.(兄弟交尾したメスはs1,非血縁オスと交尾したメスはs0,平均兄弟交尾確率はkと表記される.)

N<(5-2k)(1-k)のとき


N≧5のとき


なかなか複雑な結果だが,ウエストはなぜ場合分けがN<5とN≧5でないのかについて解説してくれていない.


このモデルに対する実証はキョウソヤドリコバチのものがあるそうだ.(Reece et al. 2004ほか)
N=2とN=5について実験室データが多数取られたが,兄弟交尾かそうでないかで性比に差は検出されなかった.実際,実験室においてはその他の様々な調節があった方が有利に見える条件(ホストの状態ほか)にもあまり調節が生じないし,フィールドでの観察においても交尾相手との血縁度に性比は影響されないと報告されている.
エストは,確かに淘汰圧はあり,兄弟交尾とそうでない場合がパッチ内で生じることはしばしばあり,メスは相手が兄弟であるかどうかについて潜在的にアセス可能であるのに,なぜメスは性比調節しないのかを考察している.

一つの可能性は,遺伝的キューを用いる戦略はしばしばESSとして安定でないからだというものだ.あるアレルを遺伝的キューとして用いると,それは(血縁と認識される方が有利であるため)強い正の頻度淘汰がかかり,急速に多様性が失われ,血縁認識として機能しなくなるということが考えられる.しかし脊椎動物が用いているような非遺伝的な環境的なキュー(ホストにかかるものなど)も利用可能ではないかと考えられる.これを用いない理由はよくわかっていない.あるいは遺伝的キューと同様に血縁を偽装する強い淘汰圧(特にオスは娘を通じてしか遺伝子を残せないので,自分はメスの兄弟だと思わせる方向の淘汰圧は非常に強い)の前に有効なキューは安定的にはないということかもしれない.

この部分の議論はなかなか深い.操作と騙し,シグナルの信頼性を巡る問題が絡んでいるからということだろう.ウエストはさらなるリサーチが望まれるとコメントしている.


5.5 近交弱勢

近交弱勢があると,兄弟交尾による子孫の適応度が下がるので,LMCの性比は理論値よりもメスへの傾きが弱まると予想できる.そしてこの影響は「兄弟交尾頻度」「近交弱勢の強度 δ」に依存する.

しかしこれを実際に検出するのは難しい.というのは,近親交配が多い種ほど(劣性有害遺伝子が速やかに取り除かれるために)近交弱勢強度δは小さいからだ.とはいえ中程度の近親交配種でなおいくらかの近交弱勢が見いだされる場合もある.

この効果を入れたLMCモデルの拡張は数多い.ウエストは同時雌雄同体生物で,性投資比が近交弱勢強度に影響を与えない場合*1のESSを示す方程式を挙げている.

ただしmは性投資量と適応度にかかる冪指数で(オスを通じた適応度成分)がsmに比例することを示している.そしてm=1でδ=0ならESS性比は近交弱勢がない場合の2倍体生物のLMC性比と一致する.*2


この拡張モデルについては,植物において葯の重量と種子の重量を用いて実証したリサーチがある.この重量比(性投資比)は自家受粉率に応じて変化するかどうかを見るものだ.野生のイネを用いたリサーチでは実際に性投資比は自家受粉率と負に相関し,この関係はほぼ線形だった.(Charnov 1987)線形の関係になるのは,δが0.5近辺の時に限られる.
シャノフはこの結果について,「δが実際に0.5程度だった」「δが自家受粉と正に相関しており,この相関は新奇のゲノタイプへの淘汰圧によってもたらされた」などの可能性を考察している.しかしウエストは批判的で,「これまで得られた証拠から見るとδの平均は0.23程度だ」「種内においてはδは自家受粉に負に相関しているというデータがある」と指摘している.
さらに,そもそもs*/(1-s*)と自家受粉率kの関係は他の要因によって影響されるのではないかと,いくつかのケースを挙げて説明し,理論的にはs, k, δの同時進化モデルが必要だろうとコメントしている.この部分の議論は難解で良く理解できないが,いかにも深いという感想だ.



 

*1:どういう場合に影響があり得るのか,ウエストは解説してくれていないのでちょっとよくわからない

*2:このmにかかる議論は近交弱勢がない場合にも一つの拡張として議論すべきもののように思われるが,ウエストはそこについてはコメントしていない