「Sex Allocation」 第5章 血縁者間の相互作用3:拡張局所配偶競争(LMC)理論 その7

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


次の拡張は複数世代モデルになる.


5.7 積みわら


節題が積みわら(Haystacks)になっているのは,メイナード=スミスがグループ淘汰を考察したときのネズミのモデルに基づいている.メイナード=スミスは同じ積みわら(パッチ)の中でG世代を重ねた後分散するネズミをイメージしたのだ.


バルマーとテイラーは最初の2倍体生物のLMCの積みわらモデルを構築した.(Bulmer and Taylor 1980)そしてメスが分散前に同じパッチのオスと交尾するか,分散後に別のパッチのオスと交尾するかによって大きく結果が異なることを示した.

  • 分散前交尾では,ESS性比はほとんどGに依存せず,Nのみに依存するハミルトン性比と実質的に同じになる.
  • 分散後交尾では,ESS性比はN,Gともに依存する.(G=1ではランダム交配になりフィッシャー性比になる,Gが大きいとLMCが効いてきて性比はメスに傾く.しかし非常に大きなGの元でも性比のメスへの傾きはハミルトン性比より小さい)

バルマーとテイラーのモデルは単純化されていたので,様々な拡張がこの上になされた.ウエストは簡潔に紹介している.

  • パッチ内の増加率に制限がかかるとLRC効果が生まれ,メスへの傾きは小さくなる.
  • メスに協力行為が可能で,パッチ内繁殖率や増加率に効くのであれば,よりメスに性比が傾く
  • 分散率が高いと,メスへの傾きは小さくなる
  • 世代によって異なる性比がESSになる.
  • パッチの中がさらに分割されて繁殖集団が分かれるなら,性比はよりメスに傾く.

一部のダニ,アリ,社会性のクモ,シロアリの種の生態はこのモデルに合致しそうだが,代替説明を排除した上でのモデルにフィットしたデータは得られていない.ウエストはこの積みわらモデルの一部のパラメータが観測しにくいという問題があるとコメントしている.
この問題には操作実験,あるいは生活史の時期ごとの性比比較が有効だ.ウエストは後者にかかるリサーチを数多く紹介している.

  • いくつかのダニのリサーチでは食糧事情が悪いと性比はよりメスに傾いている.これは食糧事情が分散時期を決めるものだとすると予測と整合的になる.
  • 竹の節に巣を作るアリの種(Technomyrex albipes)では,最初の数世代は無翅の女王を作り,その後有翅の女王を作り分散する.予測通り無翅の世代では性比は大きくメスに傾き,有翅の世代では性比はほぼ0.5になる.

エストは最後に,一部のダニや社会性のクモについてハミルトンモデルより性比がメスに傾いていることを安易に世代重複で説明しようという議論があるが,代替説明を良く吟味すべきであり,それぞれ詳細なリサーチが必要だとコメントしている.

世代重複で分散前は事実上すべて血縁メスによる集団になるわけだから性比が大きくメスに傾くのは直感と整合的だ.しかし実際にリサーチするとなると多くの条件を制御する必要があって難しいことがよくわかる.


5.8 幼虫時期の非対称な競争


エストはここでちょっとトリッキーな拡張を紹介している.それはパッチの中の競争がオスメスで異なるというケースだ.この場合より競争の低い性が好まれることになる.
このような非対称は一部の集合性の寄生バチで見られ,メスの方がより強い競争に晒される.これはオスの方が小さくて成長が速いことに起因するとみられている.この場合ハミルトンモデルよりメスのへの傾きは小さくなるはずだ.問題はどの程度小さくなるかにある.サイクスは実証データを基にモデルを組み立ててみた.(Sykes et al. 2007)しかしモデルによるとメスへの傾きの減少は無視できるほどで非常に小さいことがわかった.
エストはこれはこの非対称効果がLMC効果に比べて非常に小さいためだろうとし,しかし逆にLMCの無い鳥類やヒトを含む哺乳類の性比の解釈には重要になり得るだろうとコメントしている.

ここでウエストがなぜあえて「ヒトを含む」としているのかはよくわからない.男子間の子育て期間中のリソース競争が,女子間のそれに比べて,性比に影響を与えるほど高いと考えられるということだろうか.やや疑問だ.