「Sex Allocation」 第5章 血縁者間の相互作用3:拡張局所配偶競争(LMC)理論 その9

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


受精保険の問題への解説はなおも続く.


5.9.3 同時雌雄同体生物である魚類と植物


受精保険は体外受精を行う同時雌雄同体の魚類(Sea basses:スズキ科の魚)で議論されている.これらの体外受精では精子は水中に放出される.卵子と水中で混ざり合うことで受精されるので,受精保険を考察する余地がある.
この精子卵子が混ざり合う雲の大きさやその動態(渦を巻くなど)が受精保険の大きさの要因になるだろう.産卵時に相手を抱きかかえるように密接する(spawning clasp)ブラックハムレットのような魚ではこの配偶子雲が小さく受精確率が高く,ただ突進する(spawning rush)タバコフィッシュのような魚ではこの配偶子雲が大きく受精確率は低いだろう.実際の観察性比はこの予測に整合的で,双方とも同じ程度にメイティンググループが小さい(N=2)が,タバコフィッシュではよりオス機能に投資している.なおウエストは他の要因も影響しうるので,これだけでは結論を出せないと留保し,正式な数理モデルが望まれるとしている.またウエストは,植物ではこの受精保険の要因が,雌雄同株になるか異株になるかにかかわってくると議論されていることを付け加えている.
最後の植物の部分では自家受粉するかしないかも関わってくる問題で複雑だと思われるが,ウエストはそこについてはコメントしてくれていない.


5.9.4 処女性,制限を持つメス


LMC状況での小さな産卵数の1つの問題は,オスが成熟までに死亡してしまいパッチ内にオスがいなくなるリスクだ.この場合残されたメスは2倍体なら子孫を残せず,半倍数体ならオスの子を産むしかない.(このようなLMC状況にある半倍数体生物にとってオスしか産めないというのは非常に不利になる.N=1ならパッチ内がすべてメスになり次々世代を残せないからだ)


半倍数体生物の場合,このような状況は2つの興味深い問題を引き起こす.

  1. このような処女メスはどのぐらいの比率で生じるか
  2. ある比率で処女メスがいるとすれば,その他の交尾済みのメスの戦略はどうあるべきか


<処女メスの比率>
娘の一部が処女メスになるのは十分に不利なので,このよう処女メスが生じないように十分な保険がかけられるような気もするが,ウエストはそうではないと指摘する.強いLMCの元では,産卵数が小さく,オスの致死率が高い場合に,十分大きな処女メス発生率が予測される.
何故かについてウエストは以下のように説明している.

  • メスは常に「保険をかけるか,それによる性比上の不利を避けるか」のトレードオフにさらされている.
  • このトレードオフは,一定程度の処女メス発生を甘受する方が有利になるという状況を作る.
  • 特に産卵数が小さく,オスの致死率が高いと保険のコストが大きくなるので,処女メス発生を甘受する方が有利になりやすい.

実際に様々な寄生バチのオスの致死率の実測値は7〜77%と高い.イチジクコバチでの種間比較リサーチによると処女メス比率は予測通り産卵数に逆比例しており,最高で35%だった.


<交尾メスの戦略>
第2章で見たように,LMCがない状況では,特定のメスの性比が何らかの理由で偏っているときには,他のメスは全体性比がフィッシャー性比になるまで逆に傾ける方が有利になる.これに対してLMC状況ではこのような逆方向への調整は極めて小さくなる.ウエストはゴドフリーの求めた(半倍数体の近親交配にかかる複雑性を除去するために)2倍体,N=2,(オスのみ産む)制限されたメスの比率をpとしたときのその他メスのESS性比r*を示す式を提示している.(Godfray 1990)



これを実際にグラフにプロットすると,ESS性比は,pが0.3程度まではほとんどp=0のときの値のままで,0.4を超えて初めて大きく下がり始めることがわかる.
エストはこれについて,LMCの淘汰圧が非常に大きいので,制限されたメスと同じパッチに入ったときに性比をそれに合わせて傾けて得られるメリットは,制限のない普通のメスと同じパッチに入ったときに受けるデメリットに比べて,非常に小さいからだと説明している.そして半倍数体に合わせてモデルを組んでみてもほとんど同じ結果になる.ウエストは,この結果処女メス比率はLMCが強い種ほど高くなるとコメントしている.
ゴドフリーの式はなかなか難しい.導出はどうやるのだろうか.ちょっと興味が持たれるところだ.