「アリたちとの大冒険」

アリたちとの大冒険: 愛しのスーパーアリを追い求めて

アリたちとの大冒険: 愛しのスーパーアリを追い求めて


本書はE. O. ウィルソンの直弟子の一人マーク・モフェットによるアリの本である.アリの本といえばなんといってもそのウィルソンとヘルドブラーによるピューリッツァー賞受賞作品「The Ants」,そしてその一般向け啓蒙書としての「Journey to the Ants」(邦訳「蟻の自然史」)が有名だ.著者はアリのリサーチを行いながら世界中を旅し,そして本書をこの「Journey to the Ants」の後継本たらんと意図して書いているようだ.本書では様々なアリの生態が縦軸,著者の探索紀行が横軸になって構成されている.
なお本書全体で著者はアリの個体がそれぞれ単純ルールに沿って行動することがコロニー全体としては創発的な性質を持つことを特にキーポイントとして取り上げている.ここは著者の興味の特にあるところということだろう,また「超個体性」を説明のキーワードとして用いている.それについては著者自身が最後に「結び」として総説をおいているのでそこでコメントしよう.


最初に取り上げられるのは略奪アリだ.ここで略奪アリというのはアジア,アフリカ,オーストラリアに分布するヨコヅナアリの仲間で,大集団で襲撃型の採餌を行いワーカー間の形態差が大きいのが特徴になる.著者の最初のリサーチ対象であり,インドへのリサーチ紀行も大変味があって面白い.またこの略奪アリについてはあまり日本で紹介されていないように思われることもあり,本書の読みどころと言っていいだろう.本書のような本はその詳細にこそ価値がある.ここでは私が面白かったと思うところを適宜紹介していくことにしたい.

  • 略奪アリはグンタイアリと異なり雑食性であり,植物性の種子なども収集するとともに節足動物も狩る.収奪は密集集団による前線が非常にゆっくり動いていく形*1で行われる.最前線で驚いて飛び跳ねて逃げようとする獲物は確率1/2で密集集団の中に落ちて狩られることになる.
  • 襲撃にリーダー役や先導役はいない.(特に何かを狙って襲うわけではないので不要ということだろう.ここは創発性が特に顕著に出るところなので著者は詳しく説明している.)
  • 襲撃において最初の攻撃は小型ワーカーにより行われる.大きな獲物には四方八方から噛みついて磔にする形で攻撃する.これはリスクの高い仕事にはコストのかかる大型ワーカーを使うのが非効率的になるからだと考えられる.大型ワーカーは超高価な大型重機のようなもので通常時は運搬や動かない獲物の切断などが役目になるが*2,抗争時の重大局面で戦力の逐次投入を避けるべき状況では戦闘エリートとして争いに投入される.
  • 襲撃に用いる幹線道路にはできるだけ覆いをかける.これにより他種のアリや同種の他コロニーとの争いを避けることができる.
  • どのように巣が創設されるのかはわかっていない.多女王による共同創設である間接的な証拠がある.

ここでは集団で狩りをするほかの生物との比較,集団運搬を行うほかのアリとの比較や,略奪法についての古代ローマ軍団との比較などの記述もあって著者の力の入り具合が良くわかる.


2番目はアフリカのグンタイアリ.ナイジェリアのガシャカグムティ国立公園でのチンパンジーのリサーチャーとの共同調査の様子もなかなか面白い.公園内の食堂の残飯捨て場のそばが最大の観察スポットだったそうだ.

  • チンパンジーのアリ釣りの目標の一つになっている.このためこの獰猛なアリの集団はチンパンジーやヒトの息が吹きかかると一目散に逃げ出す.
  • 襲撃は手当たり次第ではなく,別のアリの巣を狙ってその幼虫を収奪することが多い.このため探索役のワーカー,先導役のワーカーが存在する.
  • グンタイアリのコロニーの密度や襲撃頻度を考えると,その地域内の他種のアリは継続的に襲撃を受け,それに耐え続けていることになる.耐える方法には死んだ振り,近くの草の茎に待避,入り口をワーカーの頭などで塞ぐなどがある.中には偽の入り口を作ってグンタイアリを迷わせるものもいる.
  • 極めて組織的に移動,襲撃するバーチェルグンタイアリの生態が良く知られているが,多くのグンタイアリはそこまで組織だっていない.
  • 潜水艦アリと呼ばれ,地下のシロアリコロニー襲撃専門のグンタイアリもいる.中にはミミズ専門のものもいる.


3番目は林冠にすむツムギアリ.世界に2種のみ生息し,腹部がエメラルド色で美しい.本書の表紙カバーを飾っているのもこのツムギアリだ.ここではまずナイジェリアのクロスバー国立公園での観察が紹介され,そのほかの林冠にすむアリを求めての世界各地への探索も語られている.

  • ツムギアリは,幼虫の吐く糸を使って木の葉を紡いで巣室を作り,その集合体が一つのコロニーとなる.
  • 基本は樹上,林冠に3次元のテリトリーを持つ.雑食性でテリトリー内の植物資源(種子や甘露)を収穫し,さらにそこに入ってくる獲物を待ち伏せ襲撃する定置網的な狩りを行う.時に空中から地上を行軍するグンタイアリをさらって獲物にすることもある.
  • 3次元のテリトリーについて,侵入路を制限して防衛しやすくするために枝や蔓を剪定する.
  • モザイク状の3次元テリトリーは生態系の多様性にも一役買っている.


4番目は他種のアリを襲撃拉致してそれを奴隷として使役するアリ.サムライアリの仲間には,近縁のヤマアリの巣を襲って奴隷にするアリがいることが知られている.このようなアリは独立に何度も進化し,北米,ロシア,日本に分布する.著者はカリフォルニアでのアマゾンアリの観察を語っている.

  • アマゾンアリはヤマアリの巣を襲って蛹を連れ去り自分たちのコロニーのワーカーとする.襲撃スピードはグンタイアリのさらに10倍で時速200メートルに及ぶ.
  • ヤマアリは最初の侵入路の防衛に失敗するとそれ以上の抵抗はしない.奪われるのは蛹だけなので無駄な抵抗をして被害を増やすより有利なのだろうと思われる.
  • 創設時には,交尾後の女王が単独でヤマアリのコロニーに入り込み手当たり次第にヤマアリを殺戮し,最後に女王をすべて殺してその体液を舐める*3.するとヤマアリのコロニー全体がそのアマゾンアリの新女王に従うようになり,コロニー乗っ取りが完成する.
  • サムライアリとは別にアタマアリの中にも奴隷狩りをするものがいる.こちらのグループでは特定グループに固まっているので進化回数は限られていると思われる.奴隷にされるのはシギゾウムシやハマキガが喰った後のドングリにコロニーを作るムネボソアリになる.
  • 同種のアリの他コロニーを襲って奴隷にするアリもヒアリなどいくつか知られている.


5番目は有名なハキリアリ.ブラジルでのコロニーの発掘話から始めている.生態が詳しく紹介されているが,最近刊行されたウィルソンとヘルドブラーの本と内容はかなり重なっている.

  • ゴミ処理をするアリは感染リスクがあるため,まるでインドのカーストの不可触民のように他のワーカーから接触を忌避される.
  • ハキリアリは毒物の少ないパイオニア植物を好む.人間による農園はハキリアリにとっては繁殖好適地の拡大の意味があったと思われる.
  • コロニーは女王の死とともに死に絶える.その地域は日当たりも良くゴミのために栄養もありパイオニア植物にとって新しくできた繁殖場所になる.
  • 繁殖シーズンには多くの分散女王が輩出される.油で揚げると噛みごたえのあるナッツのような美味だそうだ.


最後は最近世界各地で侵入種として大問題になっているアルゼンチンアリ.カリフォルニアには4つのスーパーコロニーがあって,著者の話はその境界探しから始まっている.

  • コロニーは多女王制で,コロニー内で交尾があり,分散女王は飛翔せず地上を歩いて隣接地に広がる.そして臭いを共通して互いに受け入れあうために全体で一つのコロニーを形成する.そしてそのようなコロニーは実質的に不死だと考えられる.
  • 侵入地では隣接他コロニーがないためにひたすら広がっていって,幅が数百キロに及ぶ巨大なスーパーコロニーを形成する.境界地を除いて種間競争がないために食糧獲得において有利になりやすく,さらに別種のアリの幼虫を略奪することもあるので,侵入地ではそのコロニー内のすべての土着のアリ種を絶滅に追い込む可能性が高い.そのためそのようなアリと何らかの共生関係にある生物が多い生態系に大きな影響を与えることが危惧されている.
  • 交配はコロニー内に限定されるのでスーパーコロニー同士は遺伝隔離された別種のような存在になる.一旦スーパーコロニー間の境界で抗争が始まるとそれは少しずつ押したり引いたりする戦線を形成し,大量のアリを死亡させながら延々と続くことになる.
  • 起源地アルゼンチンでは(それでもアリとしては大きいが)コロニー規模は数百メートルに止まっている.過去からの歴史が長く,時々水路に沿っての跳躍分散があるためにモザイク状のコロニー形成になっているものと思われる.
  • アメリカ南部ではヒアリと優占的地位を争っている.一時的な低温に弱いので,ほとんどのアメリカ南部の地域ではヒアリの方が優勢だ.

アルゼンチンアリについては,最近日本にも定着しかけているが,まだあまりその生態が紹介されていないので大変興味深い記述になっている.しかしなぜコロニー内でワーカー生産せずに繁殖女王のみ生産する突然変異が現れて素早く広がり,コロニーが崩壊に向かうという現象が生じないのだろうかという疑問が残る.同じような多女王制のアミメアリについてはそのような現象が報告されているだけに興味深いところだ.


また途中では様々なアリの紹介もある.これらは比較のために書かれているのだが,エピソード的に大変面白いものが多い.

  • アギトアリの大顎を閉じるスピードは動物界最速であり,それを使って空中に跳びはねることもできる.
  • オオアリとアクロバットアリは共同で植物の破片や土をかみ砕いてカートン状の農園(アントガーデン)を作り,そこにサボテン,アナナス,イチジクなどを植える.
  • タートルアントは空中に飛び出した後,滑空し,平たい体をひねって方向を変え,それによって木の幹に取り付くことができる.
  • カブトアリは,洪水時にヘルメットのような頭部で巣の入り口を塞いで防水する.
  • マングローブにするアリの中には,満潮時に巣に入り損ねた時に,海水中を泳いで避難することができるものがいる.


最後に著者は「結び」として「超個体性」についての考え方を整理している.アリは「個体」「社会としてのコロニー」「生物としてのコロニー」「心としてのコロニー」の4つの見方ができ,さらにコロニーは完全に調和しているわけではなく,不協和要素もあるという説明だ.個体は単なるロボットではなく,自律的に思考,行動するもので,しかしコロニーのための自己犠牲は顕著であり,生殖機能や一部の生理機能については分業され,単純ルールに従う個体行動から複雑なコロニーとしての性質が創発されている.そしてよく見ると個体間のコンフリクトも存在しているということだ.このように複雑な問題があることを前提にしていれば「超個体」として様々な説明をすることには特に問題はないというべきだろう*4.とはいえ,私的には,この説明はだらだらと続いている印象が拭えず,では「なぜそのような自己犠牲行動が顕著にみられるのか」「なぜ,様々なコンフリクトがあるのか」を包括適応度や血縁度を使って説明する方がスマートですっきりするように感じられるところだ.もっとも著者はあまり究極因には興味がないのだろうし,ウィルソンの弟子としてはこのように超個体という用語を用いて説明するしかないということかもしれない.いずれにせよ最近の師匠に習って筋悪なグループ淘汰的な主張を持ち出していないのはほっとさせられるところだ.


本書の本筋,そして魅力は様々なアリの生態の詳細にあるのは間違いない.そしてそこは素晴らしく良く書けていて,読んでいて大変楽しい.さらに本書には著者自身によるアリの接写写真がちりばめられていて本書の魅力に大きく貢献している.これはナショナルジオグラフィック誌にも絶賛されているもので,迫力があって見事だ.この写真だけでも本書の定価の価値は十分あるように感じられる.そしてある時にはとぼけたユーモアにあふれ,ある時には叙情豊かに語る著者自身の探索紀行がいい味を加えている.全体として「Journey to the Ants」の後継本として十分に成功していると評価できるだろう.


関連書籍


原書

Adventures among Ants: A Global Safari with a Cast of Trillions

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ピューリッツァー賞受賞した有名な本.私も手元に持っていて,時々眺めている.

The Ants

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同じコンビが一般向けに出した本.

Journey to the Ants: A Story of Scientific Exploration

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同邦訳.これはワクワクするようないい本だ.新刊では入手困難.Amazonマーケットプレイスにはぼつぼつ出品があって,現在1万円程度の値が付いている.

蟻の自然誌

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同じコンピによる最新作のハキリアリ本.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20120804

ハキリアリ (ポピュラーサイエンス)

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こちらは最近出されたアルゼンチンアリについての総説本.

アルゼンチンアリ: 史上最強の侵略的外来種

アルゼンチンアリ: 史上最強の侵略的外来種



 

*1:時速2メートル前後,グンタイアリではその10倍ぐらいの速度を出すこともあるようだ

*2:また同様なコスト計算から巣の防衛のような特にリスクの高い仕事には老齢ワーカーが当たることになる.

*3:なぜ一匹だけ殺してほかの女王を残しておいてワーカー生産を増やそうとしないのかはわかっていない

*4:防衛のために自爆するワーカーがいることの説明ぶりに人間の自爆テロリストの例を持ち出したりする部分があり,そこはややスロッピーだと思う