「Sex Allocation」 第5章 血縁者間の相互作用3:拡張局所配偶競争(LMC)理論 その11

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


5.13 結論と将来の方向


エストはここでLMC理論のリサーチ全体についての結論をまとめ,理論的拡張についての見取り図を載せている.見取り図は複雑で,理論家によってLMCの様々な側面が良く考察されていることを示しているようだ.

  • LMCについては理論および実証にかかる大量のリサーチがなされている.
  • 理論は様々な方向に拡張されている.ただ実証は古典的ハミルトンモデルについてのものに大きく偏っている.
  • LMC理論の実証リサーチは理論を良く支持しており,一部は定量的なものとなっている.


5.13.1 繰り返すテーマ


エストは,LMCのリサーチを並べると2つのテーマが繰り返し現れてくることがわかるとしている.

(1)「複雑なモデルが組み立てられて,パッチの中の個別メスの性比がより正確に予測できるようになるが,全体性比はハミルトン性比から大きくずれない.」これは産卵数(同時産卵,逐次産卵),兄弟交配,血縁アセスメント,複数世代のモデルで繰り返し見られている.要するに平均性比を考えるなら詳細はあまり関係しないということだ.これはハミルトンモデルの実務的な有用性を高めている.


(2)「実証データが理論と合わないときには次の2つの要因が挙げられる.(i) 小さなクラッチサイズや最少数のオスを産む必要性,(ii) 個体が環境要因についてアセスする能力の限界.」ウエストは情報処理の重要性は本書を通じて現れるテーマだとコメントしている.


5.13.2 将来の方向


エストは今後重要になると思われる3つの分野をあげている.


(1)理論の定量的な検証

  • 自然個体群の構造の分子を用いた分析(N, k, f, βなどの推定)
  • 野生個体群の個体行動の決定とより複雑で拡張されたLMC理論の検証
  • より特定のシステムにかかる特定の理論モデルの開発
  • キーになるパラメータについてのコントロール実験
  • 他の要因と性比戦略の共進化のリサーチ


(2)環境要因のアセスメントのメカニズム,性比調整のメカニズムなどの至近メカニズムのリサーチ

  • これは個体行動を定量的に理解する上で重要になる.
  • 多くの理論は情報についての完全アセスメントを前提にしているので,特に情報処理の制限は性比の理論からのずれを考えるには重要だ.
  • 例えばメスのNについてのアセスメントを考えると,メスは直接他のメスの存在を知覚するかもしれないし,何らかの間接的なキューを利用しているだけかもしれない.後者の場合,性比決定にかかる別の要因(例えばクラッチサイズ)を利用しているかもしれないし,何らかの生理的な化学物質を利用しているかもしれない.このようなメカニズムによって,どのぐらい正確にアセスできるか,そしてどのように性比調節がなされるかの詳細は変わりうる.


(3)空間・時間に関する構造の複雑性

  • パッチ間の構造はその中の交配の態様に関わる.パッチ間のばらつきがなくその中でランダム交配がなされるとされているモデルも多いが,実際には複雑だ.
  • 例えば,寄生バチには,1つのパッチに複数のホストがあって,パッチ内に構造があるものもある.このような構造があるとパッチ内交配はランダムではなくなる.


5.13.3 結論


エストは最初に,LMCにかかる性比理論は進化的性比理論の中でも最も生産的でかつ成功したリサーチエリアだと書いている.理由として性比にかかる適応度が理論的に計算でき,性比を定量的に予測できたことが大きいと指摘している.またリサーチはより詳細な研究が個体行動を定量的に理解する良い機会を与えるというステージにあるとし,そして将来は理論的アプローチ,適応主義的アプローチ,メカニズム的アプローチが融合する方向に発展し,より一般的な問題への理解にも資するだろうと予測する.
ではなぜLMCはここまで成功したのだろうか.ウエストは,クリアーな理論的予測が可能になった要因として以下をあげている.

  • LMCを導いた生物の自然史はしばしば性比に関してその他の要因が重要でないようなものであった.
  • そこに効いてきた淘汰圧は,しばしば単純な配偶競争であり,生物種によって様々に異なる他の要因に依存していなかった.
  • LMCの与える性比の歪みは非常に大きい.
  • 個体群,個体の両方にかかる明瞭な性比予測が可能だった.それは性比調節についての予測は,常に「強いLMC状況でより強くメスに性比が歪む」という形で,両者とも同じ方向になるからだ.(これはLRCと大きく異なる点だ)

これらの要因によって,性比予測は,当該生物にもリサーチャーにもアセスメントが容易なわずかなキーパラメータにのみ大きく依存するものになり,実証がうまくいったのだ.

LMCは理論の美しさだけでなく,それが実際の生物の自然史に当てはめたときにしばしば実証が容易な状況にうまく当てはまったということだろう.このあたりは数理生物学者としてのウエストの謙虚さが感じられるところでもあるようだ.