「Sex Allocation」 第6章 条件付き性投資1:基本的なシナリオ その1

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)



冒頭でウエストはこうコメントしている.

もし環境条件が,オスとメスの適応度に影響を与えるなら,自然淘汰は条件付きの性比戦略を有利にするだろう.このアイデアはトリヴァース=ウィラード仮説(TW仮説)と呼ばれ,性比調節,環境的性決定,性転換に適用可能だ.
多くの場合このリサーチは非常に成功しており,観察されるパターンをうまく説明し,理論から得られる定量的な予測を支持するデータが得られている.しかしながらこの理論は最も誤解されているものの1つでもある.多くの要因が関与するために明確な予測をすることが難しいことがあるために,しばしば適切に評価されていないのだ


6.1 導入


トリヴァースとウィラードは最初に,個体は環境条件によって性比を調節すべきであると示唆した.(Trivers and Willard 1973)彼等は哺乳類を念頭に以下の前提の元での性比を考察した.

  1. より条件のよいメスは繁殖にリソースを割けるのでより良い質の子供を残せる.
  2. 良い質の子はより良い質の成熟個体になる
  3. オスはメスに比べてより多いリソースからより大きな適応度メリットを受ける.

この3番目の前提について,彼等はメスを巡る配偶競争の方が激しいならそうなると考えた.そして多くのポリジニー的な哺乳類では実際にそうなっている.すると条件の悪いメスにとっては娘を作る方が比較優位*1であり,条件の良いオスにとってはオスを作る方が比較優位になる.

これが実際にどこまで哺乳類で生じているかについてはなお論争がある.また哺乳類以外の広い生物群でも適用可能な考え方だ.ウエストはトリヴァース=ウィラード仮説は実は非常に一般的な理論でもあると指摘し,その適用可能範囲の広さについて網羅的な表を掲載し,さらに以下コメントしている.

  • 外部的な要因であっても配偶相手の質から卵を産み付けるホストの質まで様々なものが「メスにとっての条件」となり得る.
  • 環境条件依存性決定(特に何故その条件で性決定するように進化したか)もこれで説明可能だ.
  • 性転換も同様に説明可能になる


6.2 理論


6.2.1 条件依存性投資


性投資の基本モデルは環境条件によって可変になるべきだと最初に主張したのはトリヴァースとウィラードになる.(Trivers and Willard 1973)そしてそれはシャノフたちによって正式に理論化された.ウエストはその中でもシャノフの総説本の重要さを指摘している.シャノフの理論体系の基本的な特徴は以下の通りになる.

  • 環境条件は子孫の適応度に影響する.
  • この環境条件の多様性が,子孫の適応度の多様性にどう影響を与えるかということは,その子孫の性によって異なる.
  • 自然淘汰は,子孫の性を環境条件に合わせて変えるという戦略を有利にする:より良い条件下でより大きな適応度を持つ性の子を,比較的良い条件下で産み,別の性の子を比較的不利な条件下で産むような戦略が選ばれる.

エストはこれをグラフによって図示している.以下は私が再構成した図だ.


6.2.2 条件依存性投資の具体例:寄生バチとホストのサイズ


エストは今後の議論を深めるためには具体例が1つ頭にあると有用だとして「寄生バチとホストサイズ」モデルを提示する.これはシャノフによって簡潔で明瞭な予測が可能な形で最初に正式にモデル化され,実証的なリサーチも数多いモデルでもある.モデルは以下のようなものだ.
前提として,ホスト1体について,1匹のハチのみが成長できる.これを「孤独性寄生バチ」と呼ぶ.2卵以上ある場合には競争の結果1匹のみ残ると考える.これは実際によく見られ,そのようなハチ種では幼虫が闘争用の大顎を発達させていることが多い.このような孤独性寄生バチの場合に子孫の適応度に影響を与える環境条件はホストサイズになる.

  • ホストサイズの変異は子孫の適応度の変異を引き起こす.ホストの大きさは成長のためのリソース量となり,成虫サイズが異なってくるのだ.
  • 成虫サイズの大きさはメスにとってより適応度を増加させる.これは配偶システムがランダムなスクランブル競争のためにオスの大きさは配偶機会の増加に対して影響を与えないが,メスの大きさは直接繁殖力に効いてくるからだ.
  • この結果産卵メスは,ホストサイズが小さいとオスの卵を産み,大きいとメスの卵を産むと予測できる.


どうすればこれを実証できるだろうか.ウエストは,まず,2つの前提「ホストサイズが発生してくるハチのサイズと相関していること」「サイズはメスにとってより重要なこと」と性投資予測「メスは大きなサイズのホストによりメスの卵を産む」のそれぞれの証拠が必要であり,さらに理論的にはホストサイズは「絶対的サイズ」ではなく「相対的なサイズ」になるべきだと指摘している.シャノフはこの「相対性」の実証について以下の3つの方法を提示した.

  • 地理的変異を用いるもの:異なる個体群が異なるホストサイズ分布に直面しているなら,個体群によって性投資戦略が異なっていることが期待できる.例えば,ホストサイズの平均が異なっていれば,より大きなホストサイズの個体群の性投資を変更する閾値はより大きいだろう.
  • 実験室での操作実験:異なる個体群を異なるホストサイズ分布の元で飼育して閾値の違いを見る.
  • 時期的変異を用いるもの:世代によりホストサイズが異なっていて,個体が短いタイムスケールで性投資戦略を調整可能ならば,地理的変異の場合と同じことが観察できるだろう.

ここではこの3つの手法が挙げられているが,何故「時期的変異を実験室で操作実験する」という手法が挙げられていないのかはよくわからない.なおウエストは,個体が短いタイムスケールで戦略を調整できるように進化しているかどうかによって3つの方法での結果は異なりうるし,実際にどうなっているかはそのハチの進化環境にかかるだろうとコメントしている.なおここまでに数多くの時期的変異手法のリサーチがあり,地理的変異の実験が少しあり,操作実験は行われていないそうだ.



 

*1:エストは,これをグラフによって示しており,特に「比較優位」という経済学用語を使っているわけではない