日本進化学会2014 参加日誌 その4 


大会第3日 8月23日 


初期地球での生命誕生プロセスの綱渡り


午前中は冥王代の生命起源に関するワークショップに.これは平成26年度「新学術領域研究(研究領域提案型)」に新規採用された「冥王代生命学の創成」にかかるワークショップということになる.今後5年間冥王代においてどのような環境下でどのように生命が起源したかを探求していくものだ.本グループにおいては陸上水系における化学反応がそのひとつのポイントになる.


「原始地球表層環境と綱渡り的初期進化」 丸山茂徳


原始地球が形成された直後の45.3億年前には無大気で無海洋だったと考えられる.そこから44億年前には大気と海洋が生まれるが,その水量とCO2量の条件を考察していくと,金星や火星のようにならずに現在の地球のような大気と海洋が生まれる条件は非常に狭いことがわかる.特に金星のようにならないためには大量に存在したCO2をうまく水に溶け込ませマントル内に移動させなければならない.これはかなりの綱渡りで,このためにはごく初期から陸地があったと考えるべきだ.するとその上で乾燥や湿潤が繰り返され複雑な化学反応が生じうる.そこが生命の起源地だとわれわれは考えている.


「原始地球環境下での低温アンモニア合成」 澤木佑介


初期生命の起源を考えるときに,化学反応でひとつのポイントになるのは窒素ガスN23「化学進化の反応経路を探索する複雑系計算モデル」 青野真士


NP完全問題を速く解くためのアルゴリズムを開発できたので,それを利用して化学反応の複雑系計算モデルを作っているという報告.
この新学問流域が学際的であることをよく示しているが,もしこのアルゴリズムが報告されているほど画期的ならば,冥王代生命科学にとらわれずに様々な実務的な応用を目指した方がいいのではないかという気もするところだった.


「代謝の起源」 北台紀夫


生物の分子系統樹の根元のところに近いとされるバクテリアの代謝系をよく見ると,その前駆体はおおむね5種類のものに限られていることがわかる.これがプロトメタボリズムを解明する鍵になるのではないかというもの.


「冥王代原初大陸上の自然原子炉による生命の誕生」 戎崎俊一


これまでの化学進化のモデルは,ミラーの放電実験を始め,確かに反応は可能だというところに止まっていて,全く定量的ではない.その後の反応を進めるに必要な濃度に5桁足りない.必要な濃度を得るためには持続的なエネルギー源が必要になる.ここで冥王代にはウラン235が現在よりはるかに豊富にあったことが重要になる.一定の条件を満たせば水辺の地中空洞と間欠泉のような形で持続的な自然原子炉が生じることができる.実際に自然原子炉が実在したと解釈できる地学的な証拠もある.


「生命の誕生に必須な膜の形成―ボトムアップとトップダウンアプローチ」 車兪茢


大陸上の乾燥湿潤交替環境における膜形成の可能性を人工細胞の実験などにより探究していくというもの.


「統合データベースを活用した冥王代類似環境微生物のゲノム情報解析」 西山依里


現在冥王代の熱水環境に類似する環境として蛇紋岩熱水環境が注目されている.(水素とメタンとアルカリがポイント)そしてそれに関する様々なゲノム情報分析に資するためのデータベース構築の試み.特に自然言語的にいろいろなラベルがつけられているのをどうセマンティックに整理して検索可能にするかがぽいんとになる.


「冥王代類似環境微生物のゲノム・機能情報から初期生命の痕跡を探る」 玉木秀幸


上記蛇紋岩熱水環境に生息するバクテリアのゲノム解析,タンパク質解析,そして合成生物学などの取り組みの解説.


新しく始まるプロジェクトの顔見せ興行的なワークショップだった.あまり知識のない領域だが,熱意の伝わる面白い講演が多かったように思う.


本日の昼食は昨日と別の店のうどんだ


大会第3日の10時過ぎからは市民参加の様々な取り組みがに始まっていて,高校生ポスター,一般市民向け研究発表「進化ってなんだろう? 研究者と話してみよう!」(研究者が一般向けに直接説明し,質問に答えるという取り組み),中ホールを使ったJT生命誌研究館肝いりのフィギュア・アート・シアター「生命誌版 セロ弾きのゴーシュ」の公演(参照https://www.brh.co.jp/event/others/),一般向けの共生生命系の講演などが3時過ぎまで行われた.


いろいろ覗いてきたが,一般市民向け研究発表ではなかなか気合いの入ったものが多く面白かった.ひとつだけ紹介しよう.


くじらのげんこつ:クジラとフジツボの共進化 林亮太


クジラ類に特異的に付着するフジツボ類がいることがよく知られているが,よく見ていると,ある種のフジツボは高速遊泳型のクジラ(シロナガスクジラなど)にはみられず,低速遊泳型のクジラ(ザトウクジラなど)にのみ付く.この種のフジツボ(オニフジツボなど)はごつごつして大型のものであり,これはシャチなどの捕食者に対する防御用(ゲンコツとして用い相手を傷つける)として説明できるのではないかと考えられる.系統解析してみるとこれらの低速遊泳クジラに付着するオニフジツボ類の分岐年代は,クジラの分岐年代より若い10から20百万年前後であり,クジラの捕食に特化したクジラが化石に現れる年代に一致する.つまり分岐後捕食者の存在があって初めてオニフジツボが低速遊泳クジラに収斂的に付くようになったことを示している.
するとザトウクジラは選択的にこのオニフジツボを利用していることになる.そして食糧のあまりない南の領域で出産子育てするのはフジツボを付着するためかもしれないと考えられるというもの.


出産子育てがフジツボ付着のためかもしれないというのは非常に刺激的なアイデアだ.この進化学会の後,林は,本草学の知識を生かした「大型のクジラ類で絶滅危惧種のセミクジラに,現在はほとんど付着していないフジツボが江戸時代には付いていた」とするクジラフジツボ論文が23回のリジェクト後に論文掲載されたことにより一躍有名になり,さらに東海大学出版会のフィールド生物学シリーズでもクジラフジツボ本を出すことが予告されている.今後の活躍が期待される.


ここでちょっとお散歩に.これは高槻の商店街の様子


総会,学会賞記念講演


4時過ぎからは総会となった.来年の進化学会は中央大学後楽園キャンパス.再来年は東京工業大学大岡山キャンパスの予定だそうだ.


本年の学会賞,木村賞は深津武馬.講演に際して長谷部会長からの紹介が「深津先生は強気な方だが,趣味がヨットと知って何故と聞いたらストレス発散のためだとのことだった,それで彼にも(ストレスを感じることもあるという意味で)人並みなところがあるのだとわかった」などというくだけたもので会場を和ませた.


受賞記念講演 「昆虫と内部共生細菌との生物間相互作用を介した共進化適応過程の解明」 深津武馬


冒頭でこれまでの研究歴を振り返り,恩師石川統の思い出を語るところから始まる.80年代の学生時代にはまだ日本には進化の考えは根付いてなく,図書館や書店の進化のコーナーには今西進化論が並んでいたと述懐,このような進化学会がいかに有意義なものであるかを強調した.
進化についてはいろいろな切り口があるが,特に内部共生,遺伝子の水平移動あたりに焦点をおいてやってきた.研究テーマの選択には深津なりの4原則があり,生物現象として面白いこと,共生寄生にかかるものであること,分子から生態まで多面的なアプローチ可能なものであること,他の学者が手をつけないと思われるような内容であることだそうだ.その後様々な昆虫の内部共生の話が展開.このあたりは先日の日本学術会議での講演とほぼ同じ内容になる.(http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20140812参照)
そこからやや専門的な次世代シークエンサーを使った全ゲノム解析を用いた遺伝子の水平移動の分子的な解析,色彩や模様の分子的な基盤,社会性の分子的な基盤の探索の話が振られる.特に最近の興味は植物におけるゴール形成に関連する昆虫や共生細菌の遺伝子発現あたりだそうだ.そしてここまでの研究歴を「博物学を現代の生物学の技術で統合することを目指したもの」と総括する.
そこから将来の展望が語られる.

  • これまで動植物と微生物の共生を研究してきたが,それは既に成立している共生を調べるものだった.しかし共生微生物ももともとは自由生活を送っていたはずだ.共生がどのように始まって必須共生系にまでなるのかを是非調べてみたいし,できれば共生進化の実験系を確立させたいと思っている.
  • チャバネアオカメムシという昆虫が日本に分布している.この昆虫は産卵時に細菌入りの液を卵に塗って微生物を垂直感染させる.日本全土から集めて共生菌を調べると.共生細菌は全部で6種見つかり(A〜Fと名づける),93%は単一感染だった.北海道から九州までAにのみ感染し,南西諸島は島により様々で,BがメジャーでCDEFが混在している(宮古はCがメジャー).
  • 系統解析すると,カメムシと共生細菌の系統樹は一致せず,特に南西諸島では水平感染が生じていることがわかる.
  • 寒天培地で培養してみるとAB株は培養できないが,CDEF株は培養可能で,おそらく自由生活を送っているものと思われる.
  • カメムシの卵を抗生物質処理して細菌を取り除くと,いずれも成虫にまで成長できず,これはカメムシにとって必須共生になっている.また南西諸島のBと共生しているカメムシの卵を除菌してからCDEF株を感染させると,特に問題なく成長.繁殖できる.これは共生細菌の交換の実験系としても成立していることを意味する.
  • ここで除菌した南西諸島カメムシの卵に系統の近い土壌細菌を感染させるとこれでも問題なく成長できた.さらに除菌卵を土壌に暴露しただけでも様々な菌に感染し,85/1000は成長できた.このうち半数はCDEF株で自由生活しているものが感染したと思われる.また近縁の南西諸島カメムシのCD共生細菌をチャバネアオカメムシに感染させても成長可能だった.
  • ここまでをまとめるとCDEF株は基本は垂直感染するが,土壌にも生息し,時に水平感染するのだろう.だから近縁カメムシ間で共有しているのだ.自由生活している細菌の感染と相利必須共生が進化的に連続している事もよく示している.
  • さらに除菌卵に(共生細菌とかなり系統の隔たった)大腸菌を感染させてみるとごくわずかに生き延びて少し成長するものが現れた.
  • 今後は新規の必須共生進化実験に進みたい.ゲノム解析を行いながら,より効果のある大腸菌株を進化させていけばいろいろと面白いことがわかるのではないかと期待している.

この後半の展望は大変エキサイティングな話で面白かった.ここまでで大会第3日目は終了である.


夜の懇親会はパスして京都でまたも和食を.この水茄子と生ハムのサラダは逸品だった.