日本進化学会2014 参加日誌 その5 


大会最終日 8月24日 


最終日は次世代シークエンサーにかかるシンポジウムに参加.次世代シークエンサーもかなり第一線で使われるようになってきて,それを用いる上でどんなことが問題で,どんなことが可能かもいろいろとわかり始めてきているのだろう.最前線のリサーチも紹介されるようなので楽しみだ.それはともあれ,もはや第一線でばりばり使われているのだからいつまでも「次世代」と呼ぶのはいかがなものだろうか.「第2世代」ではだめなのだろうか?


次世代シークエンサーを利用したゲノムレベルの進化解析の最前線


「あいさつ」 伊藤 剛


最初のシンポジウムの趣旨説明.
次世代シークエンサーを実際に利用できるようになってきたが,素晴らしい性能とともに研究者にとっては悪夢のような事態も生じている.ひとつはシークエンサーの技術,特にインフォマッティックスに習熟する必要があるということ,そしてひとつはあまりにも大量のデータからどのように意味のある研究テーマを構築するかということだ.
技術的にはまず,エラー率,データ量,サンプルサイズなどの関係,データの前処理としてGC比率やコンタミの問題,コンフィグやスキャフォルドのプログラム,設定,レファレンス,得られたデータの精度,マッチングなど様々なことに精通している必要がある,その上で意味のある研究テーマを見つけていくことが必要になる.今日は第一線の研究者に集まってもらって情報交換をしていきたいと思った次第だ.



「トゲウオ科魚類の比較ゲノム解析により明らかになった性染色体の転換と種間のゲノム分化との関係」 吉田恒太


トゲウオ科魚類においては性染色体がXY型のもの,ZW型のもの,XXY型(Xの比率で決まる)などが混在している.これは性染色体において転座,突然変異,融合などが生じて進化していくためであると考えられる.これを次世代シークエンサーで配列を読み,系統解析を行って性染色体の転換と種間ゲノム分化に何が生じてきたかを見ていく.
最近neoX染色体が現れた日本海型イトヨと現れていない祖先型と思われる太平洋型イトヨという近縁2種の全ゲノム解析,網羅的発現解析,量的遺伝子座解析(QTL)を行って調べると,neoX染色体が進化する際に他の染色体との間にSNPの蓄積程度に違いが見られる.これを元に様々な洞察を行ったもの.
膨大な量のDNAを読むことによって様々なことが見えてくる様子がなかなかおもしろい発表だった.


「Vigna属野生種の環境適応メカニズム解明に向けたアズキのゲノム解読と比較解析」 坂井寛章


Vigna属とはアズキが含まれる豆類だが,98種の野生種が知られており,広い環境適応性を示している.塩に強い,強酸性土壌,アルカリ土壌に適応,乾燥に強い,水浸しになっても気根化して生き延びる,病虫害に強いものなどが知られている.これらの遺伝的形質を栽培品種に組み込むとすると,伝統的品種改良の手段では膨大な時間と手間がかかる.次世代シークエンサーを使ってどこまで短縮できるかということを問題意識にしてゲノムを読んでいるという報告.テクニカルな様々な問題点が詳しく紹介されていた.


「長鎖シーケンスを利用した珪藻のde novoゲノム解析赤潮発生に関する研究」 小倉淳


赤潮は全世界で発生するが,その成分である藻類構成には地域差がある.日本近海では珪藻類が主体になっている.赤潮のメカニズムや特性を知るためにゲノム解析,トランスクリプトーム解析を行っているという報告.ここでも技術的な問題が詳細に説明されていた.
いろいろ聞いていると,現在次世代シークエンサーにはショートリードのものとロングリードのもの(パックバイオが製品名)があり,ショートリードでは繰り返し配列があるとうまく配列を再構成できないという問題点がある.片方でロングリードのものはエラー率が高く,正確な配列決定のためには大量に同じ配列を読んで解析していくことが必要で,材料の量を多く要求されコストもかかるという問題点があり,これらをどう組み合わせて,どのような処理を行っていくかというのかリサーチャーの共通の関心事のようだ.なかなか技術的なトレードオフは深い.


「アルタナリア病原菌の植物寄生性を決定するCD染色体の進化的起源と成立機構 」 柘植尚志


アルタナリア病原菌は,植物に寄生する腐性的な糸状菌だが,宿主特異的な毒素を生産する系統が存在する.この宿主特異的毒性について7つの病原系統(リンゴに特異的に付く,トマトに特異的に付くなどの系統)について遺伝子探索を行うと,関連遺伝子が小さな染色体にあることがわかった.またこの染色体は条件依存的な(生存に必須ではない)遺伝子のみを発現するCD染色体と呼ばれる条件を満たしているようだった.そこでこれらの菌の染色体構造を決定し,それぞれの遺伝子が水平移動や重複を経ていることを明らかにしたというもの.ここでも技術的な詳細が丁寧に説明されていた.


「進化発生学における非モデル生物トランスクリプトームの活用: 超並列DNAシーケンサ運用の現場から」 原雄一郎


ヤモリはこれまでゲノム解析がなされているアノールに比べて,胚発生の観察や操作が容易でエヴォデヴォのモデル生物になるポテンシャルがある.そこでソメワケササクレヤモリの胚のトランススクリプトーム解析を行ったというもの.同じく技術的な詳細が丁寧に説明されていた.


「オオヒメグモRNAi胚のRNAseqから考える体軸形成機構の進化」秋山-小田康子


直前の発表と似た問題意識で,オオヒメグモが初期の胚発生のおもしろい部分(前後軸形成)の観察に適しているので,その関連遺伝子(特にヘッジホッグが重要だそうだ)の解析を行ったというもの.


シロイヌナズナ集団内のメチル化の多様性から明らかになったメチル化が遺伝子発現に影響する役割」 花田耕介


これはエピジェネティックスに関するゲノム解析の発表.シロイヌナズナの重複遺伝子の発現の差異にはメチル化が関連しているのではないかという問題を調べる.重複遺伝子を片方ノックアウト,双方ノックアウトなどを組み合わせ,発現を解析し主成分分析を行う.そしてメチル化領域を調べ,メチル化と発現強度の関係を見るというもの.結論としては遺伝子頻度とメチル化が発現差異に占める重要性はほぼ同程度らしいというもの.


シンポジウムの最後にオーガナイザーの伊藤がまとめコメントを行った.できるできないの見極め,できるように設計することが重要だなどのコメントに混じって「結局パックバイオ+金で解決できるのか」というのがあって,いかにもリサーチャーの本音らしくなかなか面白かった.


以上で最終日の午前の部は終了だ.午後は「夏の学校」があったが,「NGSデータ解析デモンストレーション」というこの分野のリサーチャー向けのものだったのでパスして高槻を後にすることとした.
今回はやや生態,行動生態,また学際周りの発表が少なくて残念だったが,別の分野の興味深い話もいろいろと聞くことができた.スタッフの皆様にはこの場を借りて御礼申し上げたい.


高槻を去るに当たって最後に食したのは城北通りの餃子屋さんの餃子ライス.関西風の小さめの餃子をおいしくいただいた.



<完>