「Sex Allocation」 第6章 条件付き性投資1:基本的なシナリオ その5

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


エストはここまでTW仮説についてのリサーチを見てきた.ここでオリジナルの「母の質」に応じた性比調整という概念と少し異なる仮説を見ていくことになる.


6.6 鳥類とトカゲ類における配偶相手の魅力


バーレイは,もし魅力のあるオス(父)と配偶できた母が(父の魅力を遺伝することにより)より魅力ある息子を作れるなら,性比をオスに傾けるはずだと最初に主張した.(Burley 1981)これはTWのオリジナルな仮説とよく似ているが,「母の質」ではなく,「魅力あるオスと配偶できたか」が条件になっているところが異なっている.ウエストはこの仮説のいいところは「偶蹄目の母の質」の場合のような逆方向性比傾向の継承が生じず,クリアーな予測が立てやすいことだとコメントしている.


この仮説はペンとウェイシングたちによってモデル化された.(Pen and Weissing 2000ほか)ここでウエストは古くからある性淘汰の理論的問題にも立ち入っている.というのはこれらのモデルは魅力あるオスと配偶する淘汰圧として良い遺伝子仮説(魅力あるオスは魅力以外の遺伝的質も高い)とランナウェイ仮説(単に魅力のみが遺伝する)のどちらかを組み入れているのだ.ウエストは解析的にもシミュレーションでも,どちらの仮説でもメスは魅力あるオスと配偶するように淘汰圧を受けることが示されているとコメントしている.
この部分はちょっと微妙だ.私の理解ではランナウェイ過程は短期的には成り立つが,長期的には維持が難しく,ごくわずかな選別コストがあれば崩壊するはずだからだ.いずれにしてもウエストはそれ以上のコメントはしていない.


実証リサーチの多くは鳥類でなされている.鳥類では一般的にオスの方が適応度の分散が大きく,質の高いオスはより大きなメリットを受けることが推測される.バーレイはオスに色つき足輪をつけて魅力度を操作し,メスは配偶相手の魅力に応じて性比を調節する(魅力が高いとより性比を上げる)ことを示した.(Burley 1981 1982)ウエストは書いていないが,これはキンカチョウを使った有名なリサーチで,特に足輪の色でオスの魅力度が変わるということが当時性淘汰の論争に絡んで衝撃的だったものだ.
このバーレイのリサーチは,実験デザインや統計分析の是非を巡り様々な論争と批判を巻き起こした.ウエストはこれらの批判の一部は,あまりに斬新な実験デザインと,もしこれが正しいならこれまでの足輪をつけた鳥の多くの実験の解釈に疑義を生じさせかねなかったからだろうとコメントしている.この後者の指摘はリサーチャーたちの「そんな馬鹿な」という不安をえぐっていて面白い.
多くの追試がなされ,一部は再現に成功し,一部は成功しなかった.最も最近では別々の3カ国でバーレイのオリジナル実験が再現できたと報告されており,ウエストはこれは強い支持だと評価して,さらにメタアナリシスがなされれば有用だろうとコメントしている.
また片方では分子的なテクニックを使った野生状態の鳥類のオスの魅力と性比調節のリサーチが数多くなされている.これも一部は性比調節を検知し,一部は検知していない.ウエストはどの種を使ったかを含めて一覧表を載せている.
エストは全体的な傾向としては魅力あるオスと配偶できたメスの性比調節を支持していると評価できるとまとめ,何故リサーチにより結果にばらつきがあるかを整理している.

  • 性比調節による性比の傾きはそれほど大きくない.このためにサンプルサイズが小さいと有意差を検知できない.
  • 種によってオスの魅力による適応度上昇度が異なっていると考えられる.
  • リサーチにより手法が異なっている(特にオスの魅力度の計測方法)
  • 性比調節の制限要因も種により様々であると考えられる
  • 理論的にもオスの魅力に合わせた性比調節の淘汰圧はそれほど大きくないと考えられる


このあたりも詳細が面白いところだ.ウエストはよく調べられているアオガラのリサーチを特に取り上げて説明している.

  • 性比がオスの紫外線領域の色彩と相関していることが(異なる集団,異なる年で)繰り返し検出されている.
  • 繰り返し検出されているが,相関そのものは大きくない
  • 実験的にも繰り返し検証されている.(オスの紫外線反射を日焼け止めで覆うと性比がよりメスに傾く)
  • 性比の傾きは検証されているが,紫外線領域の色彩がオスの適応度に与える影響は示されていない.


またトカゲでは,性的コンフリクトを持つ遺伝子座が問題を複雑化させうる例が見つかっている.「オスでは有利,メスでは不利なアレル」を多く持つオスは魅力的で,そのような遺伝子を受け継ぐならより息子を作った方が有利になる.メスは複数オスと交尾した上で隠れた精子選択を行い,魅力あるオスの精子を受精した卵をオスに,魅力のないオスの精子を受精した卵をメスにするような淘汰圧を受けるだろう.ウエストはこれは大変興味深い状況で,驚くべき精緻な性比調整が行われる可能性があるし,理論的にも詰めるべき領域だとコメントしている.

さらに別のパターンを示すトカゲも見つかっている.スウェーデンのニワカナヘビではメスはより多彩な色を持つオス,よりMHCが多様なオスと交尾するとよりメスに傾いた性比調節を行う.リサーチャーは良い質の娘を作る方が良い質の息子を作るより繁殖価が高いからだろうとしている.ウエストはさらなる比較リサーチがなされると興味深いだろうとkメントしている.


性的対立遺伝子座がある場合の理論的状況は興味深い.もし本当にそのような隠れた精子選択と性調節があるなら,そのアレルのオス,メスにいる確率が異なってくるはずだから検証は可能なように思われる.今後のリサーチの進展を期待したい.


関連書籍


ダーウィン以降の鳥類学の歴史を語った大著.第9章でバーレイの衝撃的なキンカチョウ足輪実験が紹介されている.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20140418

Ten Thousand Birds: Ornithology since Darwin

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