「Sex Allocation」 第6章 条件付き性投資1:基本的なシナリオ その6

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


環境による性決定(卵のおかれた温度により性が決まるなど)や性転換も,広い意味では条件付きの性投資戦略と考えることができる.ウエストはこの両者とも条件付き性投資の一種としてここで扱っている.


6.7 環境による性決定(ESD)


一部の生物では発達初期の環境条件によって性が決定される.これはESD(environmental sex determination)と呼ばれる.シャノフとブルは1983年にTW仮説はESDのパターンも説明できると示唆した.発達途中の生物はオスになるかメスになるかで異なる適応度を持つ環境におかれている場合があるというのがそのアイデアだ.例えば性淘汰が強い場合には良い環境下ではオスになるのが有利になるだろう.これは適応度差異モデル(differential fitness model)と呼ばれる.
このモデルはいくつかの生物で大変良く当てはまった.ここではそのうちエビと魚を取り上げる.なお爬虫類のデータはこのモデルではうまく説明できず,これは次章で取り上げられることになる.環境依存性転換と言えばまずカメなどの爬虫類が思い浮かぶので,それが単純には説明できないというのは興味深い.次章が楽しみだ.


エストは具体例に入る前に2点コメントをしている.

  • シャノフとブルの適応度差異モデルは,ESDの存在だけでなく,どのような場合にESDが発動するかも予測する.ESDの利益はある環境がオスメスの適応度に異なる影響を与え,その環境条件についてその生物個体がアセスできるときに生じるのだ.
  • キーになる環境条件は,適応度に差異をもたらすもの自体でなくともよい.相関があればいいのだ.


6.7.1 エビにおけるESD


Gammarus duebeniは北アメリカとヨーロッパにいるヨコエビの普通種だが,温度と日照時間によるESDが報告されている.ウエストは生息地によってESDのパターンが異なっていることが特に興味深いとして詳しく説明している.

  • イギリス北部バドル湾の個体群では世代重複せず年1回(4月から8月)に繁殖する.性決定の境界は子エビが母エビから離れて3週間後の日照時間が14〜15時間以上あるかどうか(日照時間が長いとオスになる)にある.この結果繁殖シーズンの前半に産まれた子はオスに,後半に産まれた子はメスになる.これにより次の繁殖シーズンの始めに,より成長期間が長かった大きな個体がオスになっている.(Naylor et al. 1988)
  • これはオスの方がサイズが大きなことによるアドバンテージが高いと考えるとつじつまがある.調べてみるとより大きなメスはより産卵数が多く,より大きなオスはよりメスを獲得しやすく,さらに大きなオスほどより大きなメスを獲得できる.そしてすべてを総合すると予測通りオスの方がサイズのアドバンテージが大きいことがわかった.(MaCabe and Dunn 1997)

エストは,これはエレガントなリサーチで,明瞭にESDの適応的な利益を示していると評価している.

  • イギリス南部トットン沼の個体群でのESDはより複雑だ.ここではほぼ通年繁殖(8月〜翌年6月)が行われる.
  • マッケーブは,ESDは日照時間だけでなく温度もキューにしていると主張した.マッケーブによると日照時間が短いときには低温でオス,高温でメスになる.日照時間が長いときには逆になる.そして両者を組み合わせることで1年のどの季節かをより正確に知ることができるためにそうなっていると説明した.(MaCabe 1994)*1
  • マッケーブのリサーチによると,この個体群では8月から9月(日照が短く温かい)に産まれた子はメスに,10月から3月(日照が短く冷たい)に産まれた子はオスに,4月から6月(日照が長く冷たい)に産まれた子はメスになる.マッケーブは以下のように説明した.8〜9月生まれは温かいうちに速く成長してこの繁殖シーズン後半に小さな個体として繁殖可能になる(しかし翌シーズンまでは持たない)からメスになった方が有利になる.そして次のシーズンの繁殖を考えると10月から3月生まれは大きいのでオスに,4〜6月生まれは小さいのでメスになった方が有利になる.

エストは,これは将来のリサーチの余地が大きいことを示しているとコメントし,特定個体群にあった数理モデル構築の必要性,より広い個体群の比較リサーチなどを示唆している.またESDがあるとすると,メスはそれに合わせて産卵ボリュームも調整する方が有利になる可能性がある.しかしバドル湾ではそれは観察されていないそうだ.この理由も不明であるとウエストはコメントしている.
確かに詳細についてのリサーチ余地は大きいように思われる.


6.7.2 魚類におけるESD


Atlantic silverside (Menedia menedia) は北アメリカ大西洋岸に生息するトウゴロウイワシ目の普通種で,1年性で夏に繁殖する.低温(15度以下)ではメスに,高温ではオスになるESDが報告されている.これによりメスは繁殖シーズンの早期に,オスは遅くに作られることになる.
このESDはバドル湾のヨコエビのものと似た説明ができる.ただし直接のキューになっているのは日照時間ではなく温度であり,より繁殖シーズンに大きくなっている方が有利な性はメスということになる.コノヴァーのリサーチによると本種は乱婚性でオスのサイズによる配偶の有利さは小さい*2.だからより産卵数を大きくできるメスにサイズの有利性がある.(Conover 1984

  • コノヴァーとヘインズはエレガントな個体群比較リサーチを行っている.それによるとESDの様式と強度は個体群によって予測通りに異なっている.北に行くほど繁殖シーズンは短い.そして予測通りに性決定条件温度は低い.さらに北に行くほどESDの強度(温度が性決定に与える影響度)は弱い.これも繁殖シーズンが短いほど早期と後期の産出子のサイズ差が小さくなって適応度差も小さくなることから予測通りだ.


この個体群比較リサーチは特にエレガントだ.実際に適応度を示すことは難しい中で大変説得的であると思う.



 

*1:なおダンによる最近のリサーチによると,パドル湾では温度もESDキューになっているが,トットン沼では温度はキューになっていないと主張されているそうだ(Dunn et al. 2005).ウエストは「何故両者のリサーチが食い違っているのかは明らかになっていない.ダンは実験において性比歪曲共生体がいないエビのみ(集団の5%しかいない)を使っているために違っているのかもしれない」とコメントしている

*2:ただし純粋の精子競争状況なら精巣が大きい方が有利になるので実際に精巣と卵巣の相対的サイズ有利性の差は微妙かもしれず,さらにリサーチが必要だとウエストはコメントしている.