「Sex Allocation」 第7章 条件付き性投資2:個体群の性比とさらなる複雑性 その3

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


TW効果があるときに個体群全体の性投資比はどうなるか,一般的な理論を整理した後,さらにウエストは特殊例に進む.


7.3 性転換における複雑性


エストはここで見取り図を示す,この節では以下が扱われる

  • いくつかの種では一部の個体は最初から「2番目の性」に成熟する(以降これを早熟個体と呼ぶ).これは理論のテストに良い機会を提供する.
  • 時に個体は複数回数の性転換(逆転換を含む)を行う.これは問題を複雑にする.
  • 生活史の不変定数を予測検証するための無次元(dimensionless)のアプローチについて解説する.


7.3.1 早熟個体


性転換種における性投資比理論の最高のサポートは種間,種内の早熟個体の分布により得られた.この問題を理解するためにまず実際の例を解説する.


7.3.1.1 珊瑚礁の魚類における早熟個体


多くの珊瑚礁の魚は先メス生物で,その中にはスニーキング戦略やグループ放精戦略を採る早熟個体が存在することがある.
エストはこれが代替戦略であるとした場合の理論を概説している*1.この場合個体はESS頻度Pで早熟オスになり,早熟個体と性転換個体の生涯適応度は同じになる.ここで早熟個体と交尾するメスの割合をhと置くとPは以下の式で表される.(Charnov 1982)

エストはこの式の導出過程を書いてくれていないが大変エレガントな結果だ.これはドミナントオスが交尾を独占できればスニーキングは生じないことを示している.
ではどのような場合に独占は崩れるか.ロバートソンとワーナーはそれは個体密度に依存すると考えた.そうであれば,個体密度と早熟個体の出現頻度を調べることによって理論を検証できる.

ここからウエストはbluehead wrasse(カリブ海珊瑚礁に住むニシキベラ属の一種)を使った検証について詳しく説明している.

  • bluehead wrasseは浅い海でプランクトンを食する.外観は多様で,初期形は小さい個体であり,黄色と黒とグレイグリーンの横縞模様で,時にその様々なパターン間を転換する.最終形は群れの最大個体に見られ,通常オスで,青い頭部とくっきりとした黒い縦縞が二つある緑色の胴体部に分かれる.
  • 生活史には2パターンあり,成熟時に初期形のメスで最後に最終形のオスに転換するものと,成熟時に初期形でオスでオスのまま最終形になるものだ.
  • 最終形のオスはナワバリを持ち,その中でメスを独占しようとする.初期形のオスには2戦略あり,ナワバリオスの放精の際にスニーキングする戦略と,初期形オス同士で群れを作り1匹のメスを追い回して産卵に追い込み受精させる戦略(グループ放精戦略)だ.
  • ワーナーとホフマンは観察と実験により,初期形オスと最終形オスの受精成功率の比率は個体密度と相関することを示した.小さな珊瑚礁では個体密度が低く,ナワバリオスは独占に成功しやすいが,珊瑚礁が大きくなると個体密度も上がり群れの防衛が難しくなっていく.そして理論予測通り初期形オスの比率は個体密度と相関していた.非常に小さな珊瑚礁には初期形オスは存在せず,非常に大規模な珊瑚礁では初期形個体の性比は0.5に近かった.
  • さらにPについての定量的な予測も検証された.(ここではナワバリオスの頻度をT,1日あたりナワバリオスが交尾するメスの数をSとおいた場合のESS予測式 P=(1/2)*(1-TS) を用いている.メスは1日あたり交尾を1回のみ行うことからこの式が導出されるとコメントされている.詳細な導出は紹介されていないが興味深い)*2
  • さらに同様の定量的な検証は多くの魚類の種間比較を用いてもなされた.(いくつかのリサーチ例が紹介されている)

エストはこの定量的な検証について「このようなリサーチは,行動生態学のもっとも基本的な目的,つまり性転換のような行動と特定種の生態をリンクすることについて成功した素晴らしい例だ」とコメントしている.


7.3.1.2 タラバエビ科のエビにおける早熟メス


多くのタラバエビ科のエビではオス→メスへの性転換が生じる(先オス生物).そしてやはり早熟メスが存在する場合がある.

  • 理論的には,早熟メスは,彼女たちの繁殖成功が,同じ時期にオスである個体と同じ適応度になるのに十分であるときに生じると予測できる.
  • これは早熟メスの生涯卵生産が転換メスの生涯卵生産より十分に大きいときに生じるだろう.そしてこのような状況は繁殖能力が齢に応じて上昇する場合や死亡率が高い場合に生じるだろう.

このウエストの最後の指摘はわかりにくい.途中から転換するときよりも継続的にメスであった方が,同じ齢でより産卵能力が大きくなる場合という意味だろうか.また死亡率は同じ齢においてメスよりもオスが高いという意味でないと条件を満たさないように思われる.


ここからウエストは実際のリサーチ例を丁寧に紹介している.

  • タラバエビ科のエビは商業的に重要なので多くのリサーチが集積されている.
  • シャノフはエビは大きいか小さいかの2フェイズしかないと単純化して理論的に分析した.(Charnov et al. 1978, Charnov 1979, 1982)このモデルは物事をかなり単純化しているが,実際に繁殖シーズンが2回あるエビについては適切な単純化であるといえる.
  • 先オス生物ではメスは大きさに応じて繁殖能力が上がることを前提にすると,追求すべき問題は次の2つになる.(1)どのような個体が早熟メスになるのか(2)どのような個体は大きくなってもオスからメスに転換しないのか
  • 小個体を割合をP,大オスの小オスに対する配偶成功比をW1,大メスの小メスに対する繁殖成功比をW2とする.すると小個体の中のオスの割合 r1 大個体の中のオスの割合 r2 がESSにより定まる戦略になる.(この場合(1-r1) が早熟メスの割合,r2*r1(原文ではr2/r1となっているが誤植かと思われる)が性転換しないオスの割合になる)

エストはシャノフにより導かれたESSを(1-r1), r2の形で提示している.それは以下の複雑な形になる.ここも導出過程を書いてくれていないのはちょっと残念だ.
(10/25追記:大オスのESS頻度が0になるかどうかの条件式については,下記のグラフとの整合性も含め,よく考えてみた結果誤植だと思うので,おそらくこうであろうという条件式に訂正してある.なお原本では早熟メスの条件式と同じになっている.)


<早熟メスのESS頻度>


<大オスのESS頻度>


エストはこの理論的結果について以下をコメントしている.

  • 性比は大小個体の頻度比,および大小個体の適応度比に依存する.
  • メスが大きいときに非常に有利になるなら(W2>W1なら)半分以上の小個体はオスになり,半分以上の大個体はメスになる.
  • この予測は,個体が周りの個体のサイズ分布に反応して性を転換するかどうかを調べることによって検証できる.このモデルになるべきグラフは以下になる.



ここからウエストは様々な検証リサーチを紹介している.何十年ものデータが利用されているリサーチもあり,リサーチャーの執念が感じられる.いろいろな散布図が載せられており,おおむね上図にフィットした結果が得られているようだ.ウエストはこの手法はW2やW1の値を正確に知らなくてもできる(そしてエビについてこの詳細は知られていない)のでエレガントだともコメントしている

さらにW2を推定したリサーチも紹介されている.(Charnov 1979, 1982)シャノフは6種のエビの27個体群のデータから(1- r1), さらにメスの生涯卵生産データからW2を推定した.
ここでウエストは上記理論からP/(1-P)とW2の関係の予測を示す.

この導出も省略されているが,どのように得られるのかは大変興味があるところだ*3.そしてシャノフのデータは見事にそれにフィットしているのだ.

  • シャノフも指摘しているように,これらの結果は個体群間の早熟メス頻度の分布を説明するものではない.なぜならこれらはW2自体の分布を説明しないからだ.
  • 理想的にはどのような生態条件がW2を決定しているかが予測・検証できることが望ましい.おそらく緯度や温度条件がキーになっているのだろう.そしてその詳細がわかればさらに理解が進むだろう.


7.3.1.3 魚類とエビを総合的に考える


シャノフはエビと珊瑚礁の魚類のデータを統合できることを示した.その基本方程式は以下の通りだ.


ここでPは早熟個体の割合,魚類ではW/(1-W)=TS(Tはナワバリオスの頻度,Sは1日あたりナワバリオスが交尾するメスの数),エビではW=W2とおくことになる.なおウエストはここでのW2の定義を「オス→メスに転換する個体の生涯卵生産/早熟メス個体の生涯卵生産」と説明していて,前回と定義が異なっている.なぜなのかについては解説がなく,この部分はきわめて難解だ.
このようにすると魚類のデータとエビのデータを同じ検定に用いることができる.そしてやはりデータは予測式によくフィットする.ウエストは,「全く異なる分類群の生物のデータが同じ線上に乗り,クリアーに予測式とほぼパーフェクトなフィットにあることがわかる」とコメントしている.


この7.3.1は理論的に大変面白いところなのだが,ウエストはモデルや予測式の詳細や導出を書いてくれていない,大変もどかしい部分だ.



 

*1:スニーキングは条件付き戦略である場合もあるが,それについては特にコメントがない.なお条件付き戦略の場合には適応度は戦略間で必ずしも同じではないため,テストする場合にはどちらであるかは重要であると思われる.ウエストがこれについて解説していない理由はよくわからない

*2:ここでも検証の統計的な詳細が詳しく解説されている.

*3:エストは結果だけ書いているが,なぜこのような式が導き出されるのか全く明らかではないし,グラフのキャプションを見ると同じ記号の意味が一部変わっているようにしか読めなかったり,字義通りに見ると意味がとれないものがあったりして非常に難解だ.興味がある読者はシャノフのオリジナルペーパーを読めということかもしれない.