「Sex Allocation」 第8章 世代が重複する場合の性投資比 その1

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


本章の冒頭でウエストはこのようにコメントしている.

世代が重複するなら,安定的年代構造が攪乱されることは条件依存的な性比調節への淘汰圧になる.この攪乱は予測不能なもの(何らかの突発的な出生数の増減や死亡率の増減)でも予測可能なもの(季節の循環など)でもよい.


8.1 導入


性比理論は通常重複世代の無いモデルになっている.しかし世代重複があるなら,安定的世代構造の攪乱は条件依存的性比調節への淘汰を生じさせうる.これは世代構造の攪乱は特定の性のリソース競争を一時的により激化あるいは緩和させうるからだ.

  • ウィーレンとシャノフは片方の性の死亡率が一時的に上昇した場合には,もう片方の性に偏らせる個体が有利になることを示した.(Werren and Charnov 1978)
  • また適応度の齢別カーブが性間で異なっていると,攪乱自体は両性で同じ影響を与えても性比調整が起きうることも示された.
  • ウィーレンとシャノフは季節的な攪乱について2世代2繁殖シーズンでモデル化した.彼等は世代重複度合いが性間,世代間で異なる場合を考察した.このモデルはその後数多くの拡張がなされている.
  • 本章ではいくつかの場合を考察する.このエリアのリサーチは明らかに本書6,7章の条件依存性比調節の理論と関連している.


8.2 例外的死亡率


8.2.1 片方の性に例外的な高い死亡率が生じる場合


<理論的な考察>

  • ウィーレンとシャノフは2世代モデルをコンピュータシミュレーションにかけて,片方の性が例外的に高い死亡率を経験すると,淘汰はその性をより作る方向にかかることを示した.これはフィッシャー性比に戻るメカニズムだと考えることもできる.そしてこれはデュージングによって1880年代に既に予測されている.


<実証>
ウィーレンとシャノフは既存のデータを用いて上記理論の実証を試みた.彼等は2つの方法を用いている.


(1)親世代と子世代の性比が逆相関になっているか

  • もし(何らかの攪乱の結果による)同世代の性比を感知できれば,よりまれな性の子を作る方が有利になる.そうであれば世代間で性比は逆相関するはずだ.
  • 1978年のデータでは,グッピー,ダニ,二種の植物で逆相関が示され,ショウジョウバエでは示されなかった.
  • その後の数多くのリサーチの結果も生物によって逆相関になったりならなかったり様々だった.全般的に代替説明に注意が払われていないものが多いように思われる.今後はメタ分析,定量的な予測検証モデルによるリサーチが望まれる.


(2)交尾(受精)時期の遅れが成否に影響するか

  • オスが少ないことが交尾の遅れにつながるなら,それがキューになって性比に影響するかもしれないというロジックに基づく検証.
  • いくつかの動物群で交尾の遅れが性比の上昇と関連していることを示している.しかし代替説明の排除には成功していない.全般的にこの手法によるリサーチは少ない.
  • また交尾時期の遅れには別の要因もあり得る(密度の減少など)


なかなか実証は難しいようだが,結局「ある特定の条件をキューにして性比調整しているかどうか」ということを検証しているので,それぞれの生物種によってあったりなかったりしても全くおかしくないような気もする.だからばらばらな結果も当然のようにも感じるところだ.
なおウエストは,(1)のところで,「ヒト社会で選択的中絶などにより性比が操作できる場合に性比が男性に偏る例(中国とインドのことかと思われる)が知られているが,その長期的なトレンドには興味が持たれる」とコメントしている.これは特に致死率が上昇した場合ではないのでなぜここでコメントするのかよくわからないところがある.
また,この性比調整はかなり文化的経済的なものであって,本節で取り扱われているような淘汰圧に対応した心理メカニズムである可能性は低いだろう.とはいえ全く文化的経済的な意思決定による現象だとして考えても興味深いことは確かだ.現在の男子への偏りの主因となっている伝統的な男性優位の文化的な影響が薄まれば,婚姻マーケットにおける市場価値から派生する様々な個別の思惑により性比が揺らぐ可能性はあるだろう.より正確な統計が利用可能なので世代ごとに逆相関ということにはならないだろうが,実際に観測してみるのは面白いだろう.



8.2.2 両方の性が等しく高い致死率を経験する場合


さらに最近ウエスト自身のリサーチで,致死率が大きく変動するとそれが両性にとって同じであっても性比調整が淘汰上有利になる場合があることが示されている.(West and Godfray 1997)これが生じるためには成熟個体間の繁殖価の齢別の分布状況がオスメスで異なっていることが必要になる.

  • 繁殖価の齢別分布は様々な要因に影響を受ける.例えば繁殖価は成長により齢とともに上がりうるし,逆に老衰により齢とともに下がりうる.魚類や無脊椎動物はメスが成長を続ける場合や,ハレムやレック型の配偶システムで大きなオスが有利になる場合などに偏った分布が生じる.
  • 一時的に致死率が上昇した直後には,老齢個体に大きな繁殖価が偏っている方の性がより作られることになる.それはそちらの性の方が競争の厳しさが下がるからだ.(West and Godfray 1997)

エストは自分たちの結果をグラフ入りで丁寧に説明している.さらに問題を複雑化させる要因として,このような致死率上昇が予期される場合には性比への効果が逆になり得ることを解説している.このあたりはなかなか深い.またこれまでこの予測に対する実証リサーチはされていない.ウエストは「いずれにしても予期できるかどうかを確かめるのは難しいだろう」と(やや寂しそうに)コメントしている.