第7回日本人間行動進化学会参加日誌 大会初日



2014年の人間行動進化学会は,11月29日30日,神戸での開催となった.前回の神戸開催時にはルミナリエと重なってホテル確保が大変だったので今年はちゃんとずらしましたということだったが,結局関西の紅葉シーズンと重なってホテル事情はなかなか厳しく,油断した私は1ヶ月ぐらい前に大阪まで含めて全く宿が取れないことに驚愕,結局プレミアム価格(普段の3倍の価格でキャンセル不可)で三ノ宮のホテルを押さえたのだった.というわけで前入りせずに当日神戸に到着,当日午前中は大雨だったようでまあこれでよかったのかも.11時前に神戸に到着すると関西の天候は回復していて気持ちのよい秋の日だった.少し時間に余裕があったので元町の関西讃岐うどんを食べてから会場入り.このちく玉天ぶっかけがたまりません.


会場は神戸大学の国際文化学部.神戸大のキャンパスの最も山の上の方にあるところで,阪急六甲駅からバスで向かう.六甲の山の上にはちらほら紅葉も見えていい感じだ.
13時に大会スタート.大坪実行委員長からの簡単な挨拶のあと早速口頭セッションが始まる.いつもの通り敬称は略し,発表者のみの紹介とさせていただく.なおプログラムにおいて「ツイッター等で言及して欲しくない」マークがついているものについては,(発表者からこの部分のみ制限して欲しい等の限定がない場合には)公表されているブログラムにある内容程度の紹介にとめることにしたい.


大会初日 11月29日


口頭セッション1


反社会的行動の抑制に向けたフィールド実験:傘盗難と違法駐輪を対象に 平石界


学生さんの意欲的なリサーチを2つ紹介したいとの発表.
まず「目の効果」が違法駐輪に対しても効果があるかについて.広島市の原爆ドームそばの区所有地での実証してみたもの.ここにいたるお役所とのやりとりが大変だったようで,いろいろと裏話が面白かった.それまでも違法駐輪防止用にコーンとバーが設置されているが,そのコーンの一部に目の絵をはりつけ,さらに対照区を作って実際に違法駐輪が減少するかどうかを見たもの.確かに効果はあるが,違法駐輪をやめるというより,目のないところに駐輪場所を移すという効果の方が高いようだ.
次にビニール傘盗難にあう確率が,傘の柄にマークをつけることにより変化するかどうかを調べたもの(この実験場所がツイート禁止ということだった)マークなし,テープ,顔模様,名前の4種類で実験.実験結果は非常にクリアーで,有意にマークなしの傘の方が盗難に遭う可能性が高い.それ以外では有意差はないが,顔>テープ>名前という結果だった.「目の効果」というよりも.匿名効果(誰かのものであるとはっきりしているものは盗みにくい)が強く現れているようだ.


相互依存性と内集団協力―野球ファンを対象とした場面想定法実験―  中川裕美


内集団における協力行動の説明モデルとしては,互恵性ベースのものと,外集団脅威にかかるものがある.このどちらがより効いているのかを野球球団ファンという内集団により調べたもの.(野球球団のファンというのはファン同士での互恵も生じうるし,敵チーム(およびそのファン)という外集団脅威もあるので双方の協力要因があると想定している)
まず先行研究があり,これは広島カープファンを使って実験している.
リサーチ手法としては,被験者とその相手のTシャツをカープマークのある赤いシャツにするかどうかを操作し,その相手を助けるかどうかを尋ねるというものを使っている.双方赤シャツの場合を双知,相手のみ赤シャツの場合を自知,自分のみ赤シャツの場合を相知,双方赤シャツでない場合を不知と呼ぶと,双知では両方の要因が,自知では外集団脅威要因のみが効き,相知,不知の場合には両要因とも効かないという予想になる.結果は双知と自知間,自知と相知・不知間がそれぞれ有意になり,両要因とも効いているというものになった.
しかしこれは広島という特定球団のみの結果であり,かつ協力についてコストが明示されていなかった.そこで他の球団も含み,コストを明示してより広いアンケート調査を行ったところ,互恵性ベース効果のみ検出され,外集団脅威要因は有意差が得られなかったというもの.
先行研究では大学生を対象としており年齢は20歳前後だが,このアンケートは一般の人を対象にしており,年齢は50代,60代が中心になっている.この年齢差とコストの明示が両研究の差になっているのだろうとコメントされていた.今後は野球以外についても調べていきたいとのこと.


Gratitude and Interpersonal Bonding Adam Smith


感謝(の気持ち)は,相手がコストを負って自分に恩恵をもたらしてくれた際に生じる生じる感情であり,相手との間に絆をもたらす効果(究極因)があると考えられている.ではその至近因はどうなっているのか.トゥービィとコスミデスは心理的な内的状態変数WTR(Welfare Tradeoff Ratio:ある特定の他人の利益のためにどこまで自分がコストを負担しようとするのかについての利益とコストの比率)で説明しようとした.
ここではそれに関する実験が紹介される.まずWTRは「自分がn単位もらうのと,相手が75単位もらうのとどちらを選ぶか」という質問をnが85から始めて下げていき,どの時点で相手に与えるのを選ぶかで見る.通常30ぐらいでスイッチが生じる.これだとWTR=0.4ということになる.
そして4人でサイバーボールゲーム(ボールを誰かが回してくれると初めて得点できる)を行い,被験者に対して残り3人が全くボールを回してくれない状態にしたり,そのうち1人だけがボールを回してくれる状態を作る.
サイバーボールゲーム前後でそれぞれ3人に対しての被験者のWTR,ゲーム後の感謝の気持ち,独裁者ゲームでの分配を測定する.すると,感謝の気持ちとWTRの上昇には相関が見られた.このことから感謝の気持ちはWTRのレギュレーターだと考えられるというもの.
なかなかリサーチの詳細は凝っていて面白かった.


口頭セッション2


階層構造生成能力の進化シミュレーション 外谷弦太

言語の生物的な基盤について.チョムスキーは再帰性を含む文法の構文構造に注目した.この階層構造生成能力はどのように進化したのか.ここでこれに似たものとしての行動レベルにおける回帰的操作がそのプロトタイプになっているのかを考える.
2つ以上のモノを組み合わせる操作するときには(1)ペアリング(2つのモノを組み合わせる)(2)ポート(繰り返しくっつける)(3)サブアセンブル(先にくっつけたモノを1つの単位として別のモノとくっつける)の3つの操作が可能だ.そしてこのサブアセンブル操作があって初めて階層的な構造のモノが作れる.ではこの操作は適応度を高めるのか.ここで遺伝アルゴリズムへ組み込んでシミュレーションを行う.すると「とにかく道具を作る」「ある特定種類の道具を大量に作る」という作業の場合にはサブアセンブル能力は特に有利性をもたらさないが,「多種多様な道具を作る」場合には有利性を生みだすことがわかったというもの.


言語の起源・進化と併合創発の研究 内田亮子

言語の進化をめぐる様々な学問領域の動きを概説して今後の課題に迫るという内容.「ツイッター等での言及を避けて欲しい」マークが付されているので中身については紹介しないが,この発表は非常に面白かった.
各領域の学者が,ありとあらゆるいろんなことを発表していて,しかしハードなエビデンスはほとんどなく,概念や定義についてぐちゃぐちゃで,一体どうしてこんな泥沼な状態になっているのかを具体例を挙げつつ切々と訴えていた.まあそういうことなのだろう.


The Instability of the Nash Equilibrium in Common-Pool Resources Tatsuyoshi Saijo

がらりと変わってハードな数理モデルの発表.
共有地の悲劇を表すゲーム構造としては囚人ジレンマが使われることが多い.通常の囚人ジレンマは選択肢が協力と裏切りの2択になっているが,これを数値として連続化したらどうなるか.解析的に計算すると4人以上においてナッシュ平衡は常に不安定になることがわかったというもの.これにより共有地の悲劇状態について均衡分析は意味を失うと主張していた.
何人プレイでも常に最大裏切りが平衡点になるような気もするのでそのあたりが聞いていてよくわからないところだった.きちんと理解できていないかもしれないが,発表を聞いた限りでは,最適手順を選ぶのに他者の戦略を前期のままと仮定すると不安定になるという趣旨のようだった.そうであるなら,真に面白いところは「相手の今期の戦略をどう予想するか」というところなので,分析はその手前でとまっているということではないのだろうか.


特別講演 1


模倣を超えて:ヒトの社会性認知の発達基盤 明和政子


模倣はヒトの知性と文化を成立させた重要な能力であると考えられる.これにより情報が伝わり,その蓄積が可能になり,他者の心をシミュレートすることも可能になる.よく猿真似と言うがこれは間違いで,サルは真似をしないしチンパンジーにしても(ドゥ・ヴァールはすると言い張っているが)ヒトと比べると全くレベルが異なる.
ヒトは生まれつき模倣する.有名なのは新生児模倣で世界記録は生後42分で舌だしを物まねしたというものだ.(自分も出産したときにこの記録を破ろうとしてみたが真似してくれなかったそうだ.お子様の記録は4ヶ月,2ヶ月だそうだ) 表情の模倣だけでなく音を聞いて口の形でその音を真似ようとする.新生児はある意味共感覚者なのだと考えることもできる.視覚や聴覚と運動が結びついている.これは「シナプスの過剰生産と刈り込み」と呼ばれる現象に関連している可能性がある.ミラーニューロンが生得的にあることと関連するかということも議論されているがこれについては結論は出ていない.しかし生後6ヶ月ぐらいにはミラーニューロンが活動しているのは確かなようだ.
新生児用に観測用の帽子を開発して近赤外線分光法で新生児の脳の活動状況をモニターするというリサーチを行ってみたところ,様々な感覚ごとに活動脳領域が異なり,活動領域はそれぞれ 広範囲に散らばっていることが明らかになっている.
さらに胎児についてエコー画像から解析を試みている.手を口元に持っていくときの予期的な口開け,(録音再生した)母の声と他人の声の聞き分けを行っていることがわかってきた.
では他の霊長類ではどうなっているか,新生児模倣はチンパンジーにもサルにもあるが,チンパンジーでは2ヶ月,サルでは1週間で消える.ヒトは1歳で消えてその後もう一度模倣し始めるのだ.
チンパンジーは一旦消えるとその後模倣は苦手になる.至近的には見ているところが異なるためのようだ.他者が何かをやっているときの「身体の動き」と「対象になっているもの」について,ヒトは両方に注目するが,チンパンジーは圧倒的にモノの動きのみを注視する.
ヒトは2歳を過ぎると他者のそのままの真似を必ずしもしなくなる.文脈や経験によって他者の意図を理解してそれにあった行動をとるようになる.目的の予測のためにはまず自他の分離,そして視点の転換,メンタライジング,心の理論などが重要になる.これは生後14ヶ月以降に順次発達するようだ.

徹底的に詰めていく発表者の執念が感じられる大変面白い講演だった.


ポスターセッション


今年もいろいろと面白いポスターが多かった.いくつか紹介しておこう.



自制心は「目」の影響を受けるのか? 篠原亜佐美

いわゆる「目の効果」について調べたもの.目の絵があるときの時間割引率を調べて自制心に与える影響を見る.目の絵としての顔写真と対照としての花写真を比べたところ,面白いことに顔写真の方が時間割引率が高い(自制心が低い)という結果になった.また顔写真がイングループの時とアウトグループの時を比べるとアウトグループメンバーの顔写真の時の方が時間割引率が高い(自制心が低い)という結果になった.
発表者はこれは顔写真が競争場面を想起させてよりアグレシブになった結果だと解釈していた.興味深いところだ.


公共財ゲームにおける協力と罰の分業モデル 大家岳

数理モデルリサーチ.集団構造がある場合,島モデルにおいてパニッシャー,利他者,フリーライダーが混在するときにどのような動態が起こるかを見たもの.集団構造がない場合には当然ながらすべてフリーライダーかすべてパニッシャーとなり利他者は絶滅する.集団構造がある場合で,かつ淘汰が弱い場合には振動になり,淘汰が強いと平衡点で3者安定になる.


分配の正義と不確実性下の意思決定の共通基盤 齋藤美松

いくつかの(リスクをともなう)分配案を示し,そのどれを選ぶかという課題を与え,その際にどこを見るかを計測して,被験者がどんなルールを元にして決断しているか見ようというもの.基本的に自分に対する分配でも他者に対する分配でもマキシミニ戦略(最も運が悪い状況での最善を探す)を重視しているという結果が得られた.手法が大変面白い.


ウマの不公平に対する感受性にかんする実験的検討 瀧本彩加

フサオマキザルの不公平実験と同じものをウマでやってみたというもの.基本的にウマでも同じ結果が得られた.単に(よい報酬としての)ニンジンが得られるという期待が満たされていないために起こっているという結果ではないということをきちんと示していて美しい.


不正直への第三者罰再考:アーティファクトの可能性を排除した追試実験 小西直喜

過去の第三者罰の存在を示した実験に対する批判に答えて追試を行ったもの.批判者は「罰するか何もしないしか選択肢がなく狭すぎる」「すべての場面を考慮させていて戦略法上問題がある」「観察者が排除されてなく名声が効いている可能性がある」「第三者罰の至近要因として怒りやねたみを想定している」などを上げてアーティファクトだと主張している.そこでこれらを排除した実験を行ってみたところ第三者罰はやはり観察されたというもの.


ポスターセッションをもって大会初日は終了である.夕食は元町の中華街でいただいた.