「Sex Allocation」 第9章 コンフリクト1:個体間のコンフリクト その4

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


アリハチの女王ワーカー間の性比コンフリクトはトリヴァース・ヘア論文で非常に有名になったところで,本章の目玉というところだ.ウエストはハミルトン論文から始めている.なおウエストは社会性昆虫の性比という場合には繁殖虫の性比を指すことをはっきりさせている.


9.6 真社会性の膜翅目昆虫における性投資比コンフリクト


9.6.1 クイーン・ワーカー間のコンフリクト


ここでもハミルトンが議論の嚆矢を放っている.彼は真社会性の膜翅目昆虫には性比をめぐる親子間コンフリクトが生じうると最初に指摘した.(Hamilton 1972)
ワーカーはメスに傾いた性比を好む.なぜなら姉妹になるメスの繁殖虫への血縁度は(女王の一回交尾を前提とすると)0.75だが,オスの繁殖虫への血縁度は0.25にすぎないからだ.(これは血縁度の非対称と呼ばれる)ハミルトンはさらに交尾回数が増えるとこの非対称が減じてコンフリクトの程度も下がることを合わせて指摘している.

しかしこの分野のリサーチが離陸したのはトリヴァースとヘアの論文の影響だ.(Trivers and Hare 1976)この論文はコンフリクトを正式に取り扱い,多くの種において実証を行ったのだ.ウエストはこの記念碑的な論文の構成を説明している.

<トリヴァースヘア論文パート1>
まずハミルトンの包括適応度とフィッシャーの性比理論を組み合わせ,性比についていくつかのキーになる予測を行った.

  1. クイーンのESS性比は0.5になる.
  2. 一回交尾の場合ワーカーにとってのESS性比は0.25になる.
  3. 多数回交尾になれば血縁度の非対称が減じるのでワーカーのESS性比のメスへの傾きは減じる.
  4. 多女王種で子世代の女王がコロニーにとどまることが許されるならよりメスに傾かない性比が好まれる.なぜなら(1)これは母娘間のLRCを引き起こし,(2)ワーカーとそのコロニーで生産されたオス,メス繁殖虫の血縁度は平均に近くなるからだ.
  5. 0.5性比は以下の場合に好まれる.(1)2倍体社会性昆虫,(2)孤独性半倍数体昆虫,(3)奴隷制のアリや棲み込み寄生型のアリなどのワーカーのいない社会寄生昆虫.

奴隷制のアリではワーカーは非血縁の他種のアリになり,性比に関心を持たずコンフリクトが生じない.仮に原種において0.25性比を好んでいたとしても進化的な競争では女王に勝てず,女王から見たESSが実現すると考えられる.

なかなか最後のところの議論は用心深く周到だ.ウエストは膜翅目昆虫の個体間の様々な血縁度を示した図やESS性比のグラフを添付している.

<トリヴァースヘア論文パート2>
論文のパート2では彼等は予測の検証を試みている.多くの種ではメスの繁殖虫の方が大きい.そこで彼等は虫の乾燥質量を用いて性投資量を計算している.その結果,彼等は,一回交尾種では性投資比が0.25に近いことを発見した.さらに(1)複数回交尾のアリでは性投資比はよりメスへのバイアスが小さい,(2)奴隷制のアリでは比較的0.5に近い性投資比が観察されることを見いだした.


エストはこう評している.

  • この論文は大きな影響力を持ち,理論実証ともにリサーチが積み重ねられた.発表直後から賞賛と厳しい批判の両方が数多く投げかけられた.その後のリサーチの積み重ねにより,理論的にはより精力的な分析でそのロバストさが確かめられ,実証面ではより洗練された手法でもおおむね同じ結果が得られることが確認された.
  • しかしながら今日では,多くの種の性投資比には多くの交絡の可能性を持つ要因があり,比較リサーチの有用性には限界があることが理解されている.
  1. まず乾燥質量はエネルギーコストを正確に反映するとは限らない,大きな個体(メス)はより脂肪を持ち,単位質量あたりの呼吸のエネルギーコストは小さくなる.これはメスへの性投資を過大に見積もらせる要因になる.
  2. 血縁度の非対称は,配偶システムや生活史やコロニーの体制の変化と相関する可能性がある.例えば複数回交尾は非対称を下げるが,同時にLRCの強さにも影響を与える.
  3. ある性比の非対称がいくつかの理論で説明できる場合に,どの理論的要因によるものかを示すのは難しい.
  4. 多くの比較リサーチが系統関係を調整していない
  5. 利己的性比歪曲者の影響が考慮されていない.ウォルバキアはアリにはよく見られるし,菌類と共生している場合には菌類が(それを次のコロニーに運んでくれる)メスに傾いた性比を好むこと(それが示されたリサーチは今のところないが)を忘れてはいけない.
  6. 同種のコロニー間に性投資比について大きな多様性がある.トリヴァースヘア論文は平均性比のみ扱っていて分離性比について注意を払っていない.
  7. 奴隷制アリの0.5性比はワーカー産卵(によるオス生産)によっても説明可能だ.
  8. 仮に完全にワーカーコントロールの状態であっても(この後説明する)新しい理論によれば分離性比を説明でき,その場合の平均性比はトリヴァーズヘア予測とは異なる可能性がある.
  9. ごく一部の種についてはメスに傾いた性投資比の要因としてLMCが重要である可能性がある.
  10. 論文で用いられた回帰分析手法には一部問題があり,最新の分析でもなお問題が残っていると指摘されている.
  • 結論としては,「観察されたメスに傾いた性投資比は,血縁度の非対称から生じたワーカーコントロール仮説と矛盾しないが強い証拠とも言えない」ということだ.


詰めて考えるとなかなか詳細は複雑で面白いということがよくわかる.ウエストは強い証拠を提示できる理論を次に紹介する.