「Sex Allocation」 第9章 コンフリクト1:個体間のコンフリクト その6

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


分離性比はさらに奥深い.ウエストの解説は続く.


9.6.4 分離性比:さらなる複雑性


ブームズマとグラフェンの理論とその実証のリサーチを受けて1990年代の終わりには「真社会性昆虫では一般的にワーカーが性比をコントロールし,血縁度の非対称があれば分離性比が生じる」という印象が持たれていた.しかし近年,話はこれほど単純ではなく,いくつかの複雑性があることがわかってきた.

  • まずワーカーは想像以上に性比を精密に調整していることがわかってきた.女王が複数回交尾した場合に血縁度の非対称は,実際に受精に使われるそれぞれのオスからの受け取り精子の量のばらつきに依存する.サンドストロムとブームズマはケズネアカヤマアリで多数回交尾女王においてそれぞれのオスの受精に使われる精子量にばらつきが実際に存在し,そしてワーカーはこれを勘定に入れた実効交尾回数にあわせて性比を調整していることを明らかにした.(Sundstrom and Boomsma 2000)
  • いくつかの種では女王が性比をコントロールしていることが発見され,そして女王コントロール下でも分離性比が生じうることもわかってきた.明白な例はヒアリの一種Solenopsis invictaだ.この種の一回交尾女王コロニーでは単女王制でコロニー間で分離性比が生じている.この種では女王を除去するとコロニーは他の女王を受け入れる.パッセラたちはこれを利用してメス生産コロニーの女王とオス生産コロニーの女王を入れ替える操作実験を行った.その結果女王を入れ替えると性比のスイッチが生じ性比は女王がコントロールしていることが示されたのだ.(Passera et al. 2001)このほかいくつかの種で女王コントロール下での分離性比が報告されている.
  • いくつかの種では分離性比が異なる要因によって生じていることが示された.その明白な例はヤマアリの一種Formica exsectaの多数回交尾コロニーだ.この種においては血縁度の非対称ではなく完全にLRCのみによって分離性比が実現することが示されている.これ以外に繁殖能力に差があるときのLMC,オスメスのコスト比にコロニー間のばらつきがある場合,女王が未交尾や死亡した場合のオス生産コロニーの出現が要因としての候補に挙げられている.ただしこれらについては証拠は挙げられていない.重要なことはこれらの要因による分離性比の発現はワーカーコントロール下なのか女王コントロール下なのかに関わらないことだ.


なかなか深い.2番目の女王コントロール下の分離性比は特に興味深い.ここでの分離性比を実現している要因は何なのだろうか.


9.6.5 コンフリクト,コントロール,そして性比操作のメカニズム


ここまでの議論が明らかにしてきたのは,この分野の最大の未解決問題は「女王とワーカー間のコンフリクトはどのように解決されるのか:どちらがなぜ勝つのか?」ということだ.これを理解するには至近メカニズムを理解することが重要になる.ウエストは,「この至近メカニズムの重要性が,このエリアのリサーチが性比の他のリサーチと大きく異なる点だ.要するに生物学的な詳細が問題になるのだ」とコメントしている.

  • 性比コンフリクトが生じる2つの状況を区別することが役に立つ.まず女王が生む卵がオス卵かメス卵かという状況,そしてメス卵がワーカーと繁殖虫どちらに発達するかという状況だ.後者は「カーストを誰が決めるのか;女王か,ワーカーか,幼虫自身か」ということに大きく関連する.
  • 多くの種で繁殖虫の性比をワーカーがコントロールしていることが示されている.しかしコントロールの方法は種によって異なる.これは種によって性比コントロールのコストが異なり,それによりコンフリクトの解決が異なることを意味する.例えば前節で議論されたヤマアリの一種Formica exsectaの一回交尾コロニーではワーカーは発達しつつあるオス繁殖虫を殺すことにより性比をコントロールしている.これに対してタカネムネボソアリLeptothorax acervorumの多女王コロニーではワーカーはメスの発達カーストを調整することで性比をコントロールしている.
  • 多様性が生まれる要因はいくつも考えられる.一部の種ではワーカーはカーストを操作できないのかもしれない,またワーカーの性比のアセスメントの時期には制約があるのかもしれない,あるいはワーカーのコホートごとに異なる方法のコスト比が異なるのかもしれない.これについては今後のリサーチが必要だ.
  • 問題の1つに血縁度の非対称のアセスメントメカニズムがどのようなものかということがある.女王の交尾頻度に応じて調節できることは,ワーカーが遺伝的多様性を直接感知していることを示唆している.匂いの化学的シグナルが有力な候補だ.そしてこのアセスメントは完全である必要はない.ランダムな推測より有用であれば性比コントロールは生じる.そして正確になればなるほど極端な性比コントロールが生じるだろう.
  • ブームズマたちはケズネアカヤマアリFormica truncorumにおいて炭化水素がキーになっていることを示している.(Boomsma et al. 2003)同じ多数回交尾でも父親間の炭化水素構成が似ていると性比の偏りは少なくなったのだ.これはアセスメントメカニズムの制約によって性比コントロールも制限を受けることを示している.オスの視点から見ると自分の炭化水素構成が特に他のオスから異なっているとワーカーに察知されてメス繁殖虫が少なくなり(オスの遺伝子は娘にしか伝えられない結果)不利益を受けるのでより炭化水素構成は互いに似るように淘汰圧を受けるだろう.それがアセスメントが完全にならない理由だと考えられる.ただしコロニー間競争の文脈では自コロニーの判別が容易になる特異的に炭化水素マーカーは有利になると思われるので逆方向の淘汰圧もあるはずだ.これについては実証的なリサーチが望まれる.
  • では女王はどのような場合に勝つのだろうか?1つの方法は最初の卵のオスメス比率だ.ヒアリの一種Solenopsis invictaにおいてオス生産コロニーではオス卵比率は60%で,メス生産コロニーでは10%になっている.オス卵比率が60%になると残りの少ない数のメス卵でコロニーのためのワーカーをまかなわなければならず,ワーカーによるコントロールに制限がかかるようだ.これはコロニーのワーカー数に制限をかけるので女王やコロニーにとってのコストになる.ただしこの方法による解決は女王が完全に勝っているわけではないことに注意が必要だ.もしワーカーカーストに発達するのと繁殖メスに発達するのが季節的に異なっているなら女王がより有利になるだろう.
  • 女王とワーカーのコンフリクトを考える際には,個体群レベルの性比コントロールの効果やそれが生みだす戦略の進化も問題になる.例えば一回交尾種でワーカーコントロールなら個体群レベルで性比は0.25になる.これは女王にとってはオス繁殖虫が3倍高価になることを意味する.それは女王側のより息子を残すような戦略についての強い淘汰圧を生むだろう.これによりコロニー全体にコストをかけても60%のオス卵を産むヒアリの女王の行動戦略を説明できる.そしてワーカー側にはそれに対抗する強い淘汰圧がかかるだろう.


このあたりも深い.炭化水素の特異性の進化に関する議論は至近メカニズムの詳細が双方向の淘汰圧に関連することを示唆していて大変興味深いものだ.