「Sex Allocation」 第9章 コンフリクト1:個体間のコンフリクト その9

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


9.7 結論と将来の方向


9.7.1 一般的含意


本章の性比コンフリクトの議論は社会性昆虫に関するリサーチで埋め尽くされている.しかし次に述べる2つの理由によりこれには(社会性昆虫だけではない)一般的な重要性があるとウエストは強調している.

  • 本章の議論は,長い時間をかけて理論と実証が組み合わされ,理解が少しずつ進んできたことの美しい実例となっている.(ウエストは理解の進み具合を派生チャートにして提示している)実際,もしもあの(社会生物学論争が吹き荒れた)1970年代に,現在私達が知っていることを社会生物学者が主張していたなら,それは批判者から「適応主義クレージーだ」とののしられただろう.ケズネアカヤマアリのリサーチは,ワーカーがコロニー内の女王数,女王の交尾数,各オスの精子量の偏り,さらにその特定時期の偏り,コロニー生産性,オスの炭化水素特異性の多様性に反応して性比調整していることを明らかにしているのだ.そしてそれは個体群間,個体群内,コロニー内,繁殖時期ごとの性比の分散を(ワーカーがアセスメントミスする場合も含めて)説明可能にしている.これは進化生態学および行動生態学全体のなかでの金字塔たる成果だと言えるだろう.
  • また本章の議論はLMCと並んで包括適応度理論の最も明瞭な支持証拠になっている.理論は血縁度に応じてどのように性比が変わるのかについての定量的な予測を行うことができるからだ.これに対して性比以外のほとんどの行動の理論的な決まり方は血縁度以外に生態的なコストとベネフィットに大きく依存している.これらの要因は定量的に観測するのが難しいのだ.(ここでウエストはアロンゾとシャック=パームによる「性比リサーチは血縁淘汰が協力を産むことを示していない」という突っ込みどころ満載のピント外れの主張を痛烈に批判している)


9.7.2 将来の方向


ここまで述べてきた成果は素晴らしいが,しかしこれで性比コンフリクトの問題がすべて解決したという印象を与えたくは無いとウエストはコメントしている.実際,性比はほとんどすべてワーカーによって決められると議論されていた中に女王コントロールの事例が投げ込まれたのはつい10年前のことに過ぎないのだ.

  • 残された基本的な問題の1つは複数の淘汰圧の影響だ.社会性昆虫の性比は血縁度の非対称の他,LRC,LMCにも影響される.これらの重要性をどう評価すべきなのか(そしてそれにより個体群間や種間の多様性を説明できるようにすること)は解決されるべき問題だ.
  • もうひとつの問題は女王ワーカーコンフリクトの解決だ.これまでの実証データを見るとワーカーコントロール種と女王コントロール種のどちらも存在している.なぜこの違いが生まれているのか.どちらが勝つかを予測できるだろうか.ここはさらに利己的性比歪曲者やゲノミックインプリンティングを勘定に入れる前に解決しておくことが望ましい.

エストはこの2つの未解決問題を考察する際には考慮すべき次の3つの論点を挙げている.

  1. 生物学的な詳細が重要だ.それは淘汰圧の強さの問題だけでなく,バトルグランドの条件を決定するからだ.例えば「ワーカーと女王の繁殖期が異なれば女王は常に勝てるのだろうか?」という問題を考えてみるとよい.
  2. これまであまり試みられていないが,操作実験の重要性も強調されるべきだ.
  3. この性比コンフリクト問題は「観察データが理論より先行している」という性比リサーチにおいて珍しい分野だ.コンフリクトの解決に向けた理論的な進展が望まれる.

社会性昆虫以外のエリアは,潜在的に性比をめぐるコンフリクトがありそうであってもこれまであまり注目されてこなかった.1つの理由はその潜在的コンフリクトの可能性が気づかれたのが最近になってからだということだ.

  • 9.5節で取り上げた多胚発生のハチを考えてみよう.このエキサイティングなエリアには明らかに将来的なリサーチの余地が残っている.
  • 9.2から9.4節で取り上げた社会性昆虫以外の性比コンフリクトに関しては,社会性昆虫に比べて異なる主体のESS性比の差が小さく,環境条件に対する性比調整の予測理論が不完全だという理由で,理論が実証しにくいと考えられている.また親が常に勝つのではないかとも推測されることもあってリサーチが少ないのだろう.1つの方法は種間比較を行ってコンフリクトの痕跡がないかどうかを探すことだろう.


性比コンフリクト,特に社会性昆虫のそれはハミルトン,トリヴァースにさかのぼる大変興味深いエリアであり,しかもなお新しい知識が積み重なっているエリアなのだ.私は最近の進展についてはあまり知らなかったが確かにこれはエキサイティングだ.初学者や一般向けにはあまり解説されていないように思われるが,より広く知られてしかるべきところだという感想だ.