「Sex Allocation」 第10章 コンフリクト2:性比歪曲者たち その2

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


簡単にPSRとB染色体に触れた後でウエストは利己的性比歪曲を行う細胞質遺伝要素に進む.事例も多く報告されており,面白いところだ.


10.2.2 細胞質遺伝子


ここでは細胞膜内だが核外にある遺伝子が問題にされる.ミトコンドリア,多様な微生物(バクテリアや原生生物など),葉緑体などだ.このような遺伝要素はメス系列を通してのみ伝わるのでメスに偏った性比を好むことになる.


10.2.2.1 フェミナイザー


性比をメスに傾ける1つの方法は,核による性決定を上書きすることだ.これはフェミナイゼーション(雌性化)と呼ばれる.最もよく知られている例はウォルバキアによるオカダンゴムシの雌性化だ.ダンゴムシはZW型の性決定(染色体がヘテロになるとメスになる)を行うが,ウォルバキアに感染したダンゴムシは性染色体がZZでもZWでもメスになる.ただし事態はかなり複雑なようだ.

  • この種にはf因子と呼ばれるウォルバキア以外のフェミナイザーが存在する.
  • 雌性化は様々な遺伝子間のコンフリクトを経た上でなされている.それには常染色体上の優性のオス化遺伝子とのコンフリクトも含まれる.

エストはここでは等脚類のウォルバキアのみ扱っている.昆虫におけるウォルバキアはフェミナイザーではなく,この後説明されるオス殺しということのようだ.

このほかカルディニウムと呼ばれる別のタイプのバクテリアや微胞子虫(原生動物)も雌性化を引き起こすことが知られている.
このようなフェミナイザーの頻度は個体群によって異なっている.メスへの繁殖影響がマイナスであるため理論からの予測より頻度が低いものも見つかっている.これは気温低下などの環境条件で説明できるかもしれない.あるいは雌性化が不完全で中性個体になってしまうものが含まれるのかもしれない.


10.2.2.2 MSR(Maternal sex ratio)


性比をメスに傾ける別の方法は半倍数体において受精卵の比率を上げることだ.キョウソヤドリコバチではこれを行う細胞質遺伝要素があることが発見されており,この遺伝要素はMSRと呼ばれる.

  • MSRメスは常に卵の95%以上を受精させる.このため第4章で示したようなLMCにかかる調節を行うことができない.
  • どのようにして行っているかのメカニズムは明らかになっていない.
  • 抗生物質でこの性質が消えないので,MSRは微生物ではないと思われる.
  • MSRは個体群に急速に広がって個体群の中で固定すると予想できる.ただしより広い拡大個体群においてオス不足になる場合やPSRなどの対抗性比歪曲要素との競争により制限される.


10.2.2.3 オス殺し


オスを殺すことによって性比をメスに傾ける遺伝要素が数多く発見されている.これらはオスがいつ殺されるかによって大きく2つに分類される.

  • 胚形成時に殺すものを早期オス殺し,より発達してから殺すものを後期オス殺しと呼ぶことができる.
  • 早期オス殺しは多くの昆虫,特に甲虫,ガ,チョウ,ハエに見られる.これを引き起こす微生物としてはウォルバキアやリケッチアなどのアルファプロテオバクテリア類,Arsenophonusなどのガンマプロテオバクテリア類,さらにフラボバクテリア類が知られている.また後期オス殺しはカ(蚊)に見られ,微胞子虫が引き起こすことが知られている.
  • オス殺しは,さまざまな性決定システムの動物群で観察され,殺すメカニズムについてはあまりよくわかっていない.
  • 寄生頻度は様々だ.ショウジョウバエでは1%程度だがある種のチョウでは99%に達している.同じ種の個体群によっても異なる.単一ホストに巣くうオス殺し寄生体の多様性も様々だ.最も多いものでは単一ホストに4種のオス殺しが寄生していた.頻度が低いものでは見過ごされているものも多いだろう.
  • テントウムシの一種Adalia bipunctataでは,系統の異なるオス殺しリケッチアが,異なるハプロタイプミトコンドリアと一緒に見つかり,平衡淘汰を受けていると報告されている.(Jiggins and Tinsley 2005)
  • 同じ個体群の中の個体間にもバクテリア密度の多様性がある場合がある.

エストは詳しい解説をしてくれいいないのでもどかしいが,このテントウムシのケースは興味深い.続いてウエストはなぜホストを殺す(当然自分も子孫を残さず死ぬ)という自殺的なオス殺しが進化しうるのかを解説する.

  • 早期オス殺しは,殺されたオスの母親のメス系列子孫(姉妹およびその娘たち)の適応度を上げるなら進化しうる.微生物はメス系列で受け渡されるので血縁淘汰的な利益があるからだ.(ウエストはコメントしていないが,オス殺し微生物はどのみち行き止まりなので自殺によるコストがほとんど無いことも重要だろう)
  • メス系列への利益は様々な状況で生じうる.
  • まず兄弟姉妹でリソースを争うなら,オス殺しにより姉妹のリソースの取り分は増える.姉妹は死んだ兄弟の死体から栄養を得ることもできる.近親婚を減らすというメリットも生じる.
  • リソース競争が重要でありそうないくつもの傍証がある.また少なくともテントウムシでは死んだ卵の摂取は有利になるようだ.
  • これに対して後期オス殺しはリソースを姉妹にあまり回さないだろう.これが発見されているカ(蚊)ではオス殺しは4齢幼虫で生じる.ここでのポイントはこれらの微胞子虫はホストを殺した後でも別のホストへの感染が可能だということだ.彼等はオスのボウフラの体内でボウフラが蛹になる直前まで増殖し,このオスボウフラを殺した後水中に飛び出て別のボウフラへの水平感染を試みる.
  • メスボウフラの体内の微胞子虫はカ(蚊)の卵経由の垂直感染可能だ.しかしメスも殺す微胞子虫がいくつものカ(蚊)において観察されている.これはおそらく垂直感染と水平感染の効率差に依存しているのだろう.

エストはあまりコメントしていないが,微胞子虫はオスホスト内では垂直感染の見込みが0なのでボウフラのリソースを最大利用しようとして,その結果オスボウフラが死んでしまうのだろう.メスの体内なら垂直感染の期待確率によってどこまでホストのリソースを利用するのが最適かというポイントが下がるのだと思われる.だから後期オス殺しは単純に利己的な戦略として十分解釈できるように思う.いずれにしてもなかなか面白い.