「Sex Allocation」 第10章 コンフリクト2:性比歪曲者たち その4

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


利己的な性比歪曲者.最後はゲノミックインプリンティングの登場だ.


10.2.3 ゲノミックインプリンティング


エストは利己的性比歪曲者を扱う10.2節の最後に,理論的に非常に興味深いがまだ存在が実証されていない現象としてゲノミックインプリンティングを取り上げるとしている.
これはヘイグによって切り開かれた分野で,同じ遺伝子が母由来か父由来かで異なる表現型を発現することを指す.半倍数体の社会性昆虫のワーカーから見て,兄弟たる繁殖オスは血縁度が0.25だが,これを遺伝子単位で考えると,ワーカー内の母由来遺伝子からは0.5,父由来遺伝子からは0となる.ここから生まれる理論的予測は,父由来遺伝子はよりメスに偏った性比を,母由来遺伝子はその逆を選好するということだ.

エストはこれは遺伝子視点をとると利己的遺伝要素になる(だからこの章で扱う)が,見方を変えると父と母のコンフリクトとして捉えることもできるとコメントしている.


性比が血縁者の相互作用で決まるようなケースでは常にゲノミックインプリンティングが問題になり得る.

  • ワイルドとウエストは様々なLRC,LMC,LREのケースを調べた.(Wild and West 2009)彼等はゲノミックプリンティングに対して最もコンフリクトが強く,そのため淘汰圧が強くなるのは,社会性のアリハチや多胚発生寄生バチのような半倍数体生物において子供が性決定できる場合であることを見いだした.
  • 半倍数体の社会性昆虫においては,特にLRCがあるときにゲノミックインプリンティングの淘汰圧が強くなる.LRCがあると性比はオスに傾き,血縁メス間の競争を緩和し,母由来ゲノムにおけるLRCを特に強める.なぜならメスがより分散しないということは,異なる母由来ゲノム間の血縁度の方が父由来ゲノム間の血縁度より高くなるからだ.

なかなか込み入っていて難しい.ウエストはここではこれ以上ゲノミックインプリンティングには深入りしないとしている.理由としてウエストは,ゲノミックインプリンティングのリサーチは,農業や医療の分野から関心の高い植物と哺乳類(特にヒトとマウス)に偏っており,性比歪曲が見られそうな分類群はあまり調べられていないことを挙げている*1


関連書籍

Genomic Imprinting and Kinship (The Rutgers Series in Human Evolution)

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ゲノミックインプリンティングといえばなんといってもこのヘイグの本.最初に読んだときにはめくるめく理論的展開に胸躍らせたものだ.ゲノミックインプリンティングに焦点を絞った日本語の本は見当たらないようだ.面白い現象だけに残念な気もする.



 

*1:なおヒトでよく調べられているメチル化と同じ現象がミツバチにも見つかっているので可能性はあるだろうともコメントしている.