「Sex Allocation」 第10章 コンフリクト2:性比歪曲者たち その6

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


前節でXドライブ性染色体が固定してしまわない要因の1つはそれを持つオスの適応度の減少であることが解説された.ウエストは2番目の要因としてサプレッサーを挙げる.


10.3.1.2 サプレッサー(抑制要素)


Xドライブ性染色体以外のすべてのゲノムはXドライブ性染色体のドライブを抑制するように淘汰圧を受ける.Y染色体はXドライブにより駆逐されるので当然だが,常染色体上の遺伝子も,性比のゆがみやオスの繁殖価の減少で不利益を受けるので抑制に向けて淘汰圧を受ける.この淘汰圧はXドライブ性染色体の頻度が高いほど強くなる.

  • 実際に非常に多様なサプレッサーが見つかっている.常染色体上のもの,Y染色体上のもの,いずれもある.ほとんどの場合具体的な抑制メカニズムはわかっていない.ドライブも抑制も,様々な影響度合いを持つ数多くの遺伝子座が関係しうる.またこれらの遺伝子間での相互作用により影響は複雑であり得る.これらの様相は種間でも種内の個体群間でも多様だ.
  • 理論的には,Xドライブ性染色体の頻度とサプレッサーの頻度が相関すると予測される.オオショウジョウバエの世界中の56の個体群を用いてこれがエレガントに示されたリサーチがある.サンプルサイズがある程度あるすべての個体群でXドライブ性染色体が見つかったが,性比がメスに傾いた個体群はなかった.そしてXドライブ性染色体の頻度が高いとサプレッサーの頻度も高かった.
  • 別のアプローチは実験的にサプレッサーの頻度を追跡することだ.Xドライブ性染色体が固定した個体群に,Y染色体上あるいは常染色体上のサプレッサーを導入し,その後どうなるかを見るのだ.
  • 理論的には,Y染色体上のサプレッサーはXドライブ性染色体を持つオスの適応度が減少していると広がり,常染色体上のサプレッサーは性比がメスに傾くと広がると予想される.どちらの予測もショウジョウバエ属の種を使った実験により支持されている.
  • いくつかのショウジョウバエの種ではY染色体の多型が観察されており,それらにはサプレッサーの能力に違いがある.問題はなぜより強い能力を持つY染色体が固定してしまわないのかということだ.
  • 既に見たようにXドライブ性染色体はそれを持つオスの適応度減少状態に応じて頻度依存的に多型になり得る.そのなかに特定のXドライブ性染色体ドライブを抑制するY染色体上のサプレッサーが入り込んだとしてみよう.このYサプレッサーの有利性は対応するXドライバーの頻度に依存し,サプレッサーの頻度上昇がドライバーの頻度減少を引き起こすために,サプレッサー自身が負の頻度依存性を示す.それに加えてごくわずかのサプレッサー自体のコストがあれば,Yサプレッサーの多型が維持されることになるだろう.
  • 常染色体上のサプレッサーの多型についてはあまり注意が払われていない.理論的にはこれも多型になることがあり得るだろう.


これらの骨子はハミルトン1967論文にまず現れ,トリヴァースとバートの本でも深く議論されている.トリヴァースの本を初めて読んだときには利己的遺伝要素の過激さにびっくりさせられたものだ.ドライブ遺伝要素はごくわずかな効果があってもすぐに広がり,そしてすぐにその他のゲノム遺伝要素からの対抗進化を受けてやはり素速く効果が抑制される.そのダイナミズムは非常に印象的だ.