「Sex Allocation」 第10章 コンフリクト2:性比歪曲者たち その9

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


ケーススタディの3番目は早期オス殺しだ.


10.3.3 早期オス殺し


理論は早期オス殺しが淘汰上有利になると予測する.それは殺されるオスが消費するはずだったリソースが(その遺伝要素つまりバクテリアが感染する)姉妹に廻るからだ.この理論の妥当性が疑われたことはないが,実証テストもなされている.

  • テントウムシでは理論を直接支持する結果が出ている.これまで,早期オス殺しにより,感染メスの娘は,発生しなかった兄弟卵を食べることができ,さらにこの兄弟から殺されないという利益も受けると示唆されていた.実験の結果感染メスの娘たちは,通常メスの娘に比べ,より兄弟卵を食べ,寿命も長かった.(Hurst et al. 1997)
  • より詳しい実験がショウジョウバエの一種Drosophila innubila,そしてオス殺しのウォルバキアを用いてなされている.(Jaenike et al. 2003)この種では幼虫はキノコの中で育ち,兄弟たちと食糧であるキノコを争う.実験で,オス殺しがあるとブルードサイズが下がり,残ったメスの生存率,サイズが上昇することが示された.さらにジャニケたちは2つの淘汰条件を比較した洗練された進化動態の実験を行った.1gのキノコに1匹のメスが産卵する条件でオス殺し系統は当初の50%から6〜10世代で固定したが,100gのキノコに100匹のメスが産卵する条件では,この系統は必ずしも固定せず,消滅する個体群もあった.前者の条件では上記有利性が感染メスの娘にのみ現れるのに比べて後者ではその有利性は通常メスにも利用されてしまうからだ.なお後者の結果のばらつきについての理由はよくわかっていないが,実験上6世代めに集団サイズのボトルネックがあったことかもしれないし,血縁淘汰実験におけるケメルリたちの主張(Kümmerli et al. 2009)の通りかもしれない.

このケメルリの主張がどういうものかは興味深いが,ウエストはそこまでは解説してくれていない.追加実験が望ましいとコメントしているだけだ.


ではそもそもオス殺しの頻度が種や個体群によって多様なのはなぜだろうか.

  • ハーストはオス殺しの頻度はその伝達確率(感染メスがオス殺し要素を卵に伝達する確率)に依存することを理論的に示した.(Hurst 1991)伝達確率が100%に近ければオス殺しは個体群内で固定し,それを絶滅させうるだろう.しかし中間的な伝達確率なら,オス殺しは伝達確率に依存した平衡頻度を持つことになる.また閾値以下なら侵入できない.
  • いくつかの観察はこの理論を支持している.タテハチョウの一種Acraea encedonでは伝達確率はほぼ100%で,95%以上の個体が感染している.これに対してショウジョウバエの一種Drosophila innubilaでは伝達は完全ではなく,感染率は30%程度だ.さらにより洗練された比較リサーチが望まれる.
  • 上記考察以外にも頻度に影響を与えるさまざまな要因がある.
  • (1)オスの死が姉妹にどれだけメリットを与えるか:これは様々な環境条件に依存する.これらを定量的に評価するのは難しいだろう.この視点から特に興味深いのはカバマダラDanaus chrysippusでみつかったスピロプラズマによるオス殺しだ.カバマダラのメスは1つのパッチに1卵しか産卵しない.だから娘にどのようなメリットがあるかわからないのだ.1つの可能性は別の地域個体群では複数産卵しているからというものだ.
  • (2)上記伝達確率が環境条件によって異なること:高温が伝達確率を下げると示唆されているウォルバキアもある.食物から自然抗生物質が摂取される場合もあるだろう.
  • (3)オス殺し要素に感染していることによるメスのコスト:テントウムシに感染するオス殺しリケッチアがメスの寿命や繁殖価を下げていることが報告されている.ただし全く影響を与えないように見えるウォルバキアもある.
  • (4)オスが感染メスを交尾相手として避けるか:避けるのなら伝達確率100%でもオス殺しは固定しないことがありうる.ただしそのような選好があるかを確かめたリサーチでは選好の存在に否定的だった.
  • (5)オス殺しはさらに別の影響を与える可能性がある:タテハチョウの一種Hypolimnas bolinaに感染するウォルバキアは細胞質不和合性を引き起こすことが知られている.


オス殺しに対しては当然ながら核遺伝子による抑制対抗進化が生じうる.

  • 抑制形質は繁殖力を上げるので正の淘汰を受ける.
  • さらに個体群の性比がオス殺しのためにメスに傾いているなら,抑制によって産まれるオスはフィッシャー的なメリットも受けそうだ.しかしオス殺しの伝達率が100%であれば,このメリットは受けられない.これは以下のように説明できる.まずオスは未感染メスからしか産まれない.そして感染メスの核遺伝子は常に交尾相手の(未感染の)オスの遺伝子によって入れ替えられている,つまり未感染メスから感染メス系列への一方的な遺伝子フローがあるだけで,逆方向のフローはない.この結果感染メス集団の中ではどんな核遺伝子も永続できず,いわば遺伝子プール上の進化的ブラックホールのようなものになる.つまりオスにとって感染メスとの交尾は何らメリットがなく,感染メスを含めたことにより性比がメスに偏っていても意味が無いことになるのだ.逆に言えば伝達が不完全であればこの部分にもメリットが生じることになる.

この進化的ブラックホールの議論は面白い.


オス殺し抑制の直接の証拠としては,タテハチョウの一種H. bolinaに感染するウォルバキアに対するものが最近見つかった.

  • フィリピンではオス殺しをするウォルバキアの感染率は高い(個体群によっては70%以上)が,タイなどの別の地域では同じウォルバキアがオス殺しが生じない.人為感染実験の結果,このオス殺しが生じるかどうかはバックグラウンドの核遺伝子によることがわかった.データはこれが単一の遺伝子座にある優性のサプレッサーであることを示している.理論的にはこのような抑制遺伝子は急速に広がって固定することが予測される.実際に野外で10世代でごく低頻度から固定にいたったと思われる例が報告されている.
  • サプレッサーの存在が実際に観測されたということには2つのインプリケーションがある.
  • まずオス殺し現象が観測されないとしても,実際にはオス殺し要素が存在し抑制されているのかもしれない.ウォルバキアの移植実験で,それまでオス殺しが観測されていないのに移植先で観測されるということがいくつか見つかっている.
  • また観測されているオス殺し現象は進化的なタイムスケールでは一時的であるかもしれない.ただし片方で,生態的および分子的リサーチで進化的な平衡が生じていることを示しているものがあり,これは抑制遺伝子の進化は稀であることを示唆している.この分野では今後理論的な解明が望まれる.


単一種内でも多様なオス殺しがあり得る.単一個体群内に複数のバクテリア(あるいはあるバクテリアの複数の系列)が感染することはありうる.

  • 分子的なリサーチによると,このような複数バクテリア系列は頻度依存によって維持されているようだ.しかしこれを説明するのは難しい.最も増殖率の高い系列が簡単に固定してしまいそうだからだ.理論的には高い伝達確率を持つオス殺しに対してより効果的に働くサプレッサーがあれば頻度依存的な多型は生じうるが,それを示す証拠はどこにもない.さらに利己的性比歪曲者との相互作用が複雑性を与える.この分野の理論的な解明も将来の課題だ.


なかなか興味深い理論的な課題が目白押しといことだろう.利己的遺伝要素は面白い.