「デイビス・クレブス・ウエスト 行動生態学」

 
本書は英米で定評ある行動生態学の教科書「An Introduction to Behavioural Ecology」第4版の邦訳書である.この教科書はドーキンスと動物の信号についての共著論文を書いたことでも有名なジョン・クレブスとヨーロッパカヤクグリやカッコウのリサーチで名高いニック・デイビスという行動生態学者2人により最初に執筆されたもので,行動生態学勃興時の熱い思いとともに,最適採餌,包括適応度,ESSなどの問題を明晰に解説していることで名高いものだ.1981年に初版が出され,1987年に第2版,1993年に第3版が出されて,しばらく改訂が途絶えていた.そこに新進気鋭の数理生物学者スチュアート・ウエストが加わって久しぶりの大改訂版たる第4版が出されたのが2012年になる.
日本においては,初版が1984年に「行動生態学を学ぶ人に」として,第2版は1991年に「行動生態学」としていずれも蒼樹書房から邦訳出版されているが,第3版は邦訳されずそのままになっていた.そしてそのほかの本邦の行動生態学の包括的な解説書はおおむね1990年代までに出版されているものばかりで,2000年以降ではごく最近に「行動生態学」「生き物の進化ゲーム大改訂版」(いずれも共立出版)が出されているだけだ.そしてこの貴重な2冊にしても,それぞれ章ごとに執筆が分担されており,やや統一感に欠けるとともに,一部の理論的な記載には私から見て問題ある解説も含まれていたところだった.そこへこの第4版の邦訳出版というわけで,これは大変喜ばしい.私はすでに第4版の原書をKindle版で入手してレファレンス的に使っていたが,この邦訳を機会に購入して一気に通読してみたものだ.


まず外形的には大判(260×186mm)のハードカバーで,取り回しは結構やっかいだが,上質の紙を用いてカラー写真やチャートが満載されていて非常に美しい.そのためもあって読み進めるのは本当に楽しく,その大きさもあまり気にならなかった.(これは旧版との判型の比較)

内容的には,クレブス,デイビスの旧版について,ウエストが中心となって20年間の理論と実証の進展をふまえて大幅に書き直すという形で構成されている.もちろん著者間で様々なやりとりや調整はあっただろうが,基本的に数理生物学者であるウエストが全体を再構成しているので,理論的に統一感があって非常にクリアーだ.ここが圧倒的にすばらしい.



大まかに第2版との差を示しながら概略を紹介しよう.最初の第1章「自然淘汰,生態,行動」は構成としてはほぼそのまま,自然淘汰の例としては,より遺伝子レベルにまで解明された例,最近のズグロムシクイの新しい渡り行動の進化の例などを追加している.ドイツで繁殖するズグロムシクイはカナリア諸島などで越冬していたが,渡り方向の突然変異からイギリスで越冬する個体群が生じ,それが繁殖地への到着時期の違いを生み繁殖隔離も生じかけているというもので,美しい結果だし,英国の鳥についてのものなので特に思い入れがあるのかもしれない.また最後に表現可塑性の問題が付け加えられて最近の地球温暖化と渡り鳥の問題が説明されている.


第2章の「行動生態学における仮説の検証」においては,第4版で比較法の例として捕食リスクとカモメの繁殖行動の例を追加,また比較法における系統樹の考慮の問題を新たに扱い,霊長類のメスの性的隆起(sexual swelling)のリサーチを詳しく紹介している.旧世界ザルと類人猿においてメスの性的隆起は3回独立に生じているが,そのすべてについて単雄群れから複雄群れへの進化と関連していたという内容.これは系統樹を考慮した統計的な手法が用いられているもので,その示唆するところ*1も含め興味深い.


第3章の「経済的な意思決定と個体」は行動生態学の初期の業績「最適採餌」を扱っており,旧版の構成をほぼ踏襲した上で,環境変動に対応して最適化を行う例として鳥類の1日を通しての脂肪蓄積行動の変化のリサーチ,至近メカニズムにも踏み込んだ例として餌を貯蔵する鳥類の空間記憶と脳の利用域のリサーチ,認知の進化として社会的認知や心的時間旅行能力を調べたリサーチ,さらにトゲウオ類の社会学習*2,チンパンジーやミーアキャットの他個体からの学習,地域文化,ティーチングなどのリサーチの紹介が追加されている.なおミーアキャットのティーチング行動は,「生徒」の無知を再認知するような複雑な認知メカニズムでは無く,単純な行動規則に従っているだけのようであるとコメントされている.


第4章は「捕食者と餌生物:進化的軍拡競争」.第2版では最後に簡単に解説されていた軍拡競争の解説を冒頭において詳しく説明している.ここでは池の沈殿層から過去40年間のミジンコと寄生細菌の「化石」を採集して,赤の女王的なアームレースが実際に生じていたことを実証したリサーチが紹介されている.ここから隠蔽色,警告色,擬態,防衛のトレードオフ,托卵と議論されている.第2版では擬態は取り上げられていなかったところだが,ここでは警告色との関連で解説されている.リサーチが進んだエリアということだろうが,なお謎が多く残っていることもわかる.まず警告色進化の説明として,フィッシャーの血縁淘汰的な説明に対して最近の実証的および系統解析的なリサーチからの懐疑論を取り上げ,個体利益により焦点を当てて,トレードオフ的に考察すべきだと説明している.片方でベイツ型擬態についてはこれは一種の寄生であり,ホスト種がそこから逃れられないのは擬態種が完全勝利した軍拡競争の結果かも知れないとコメントしている.結局なぜ警告色がそもそも進化し,他種寄生や種内寄生によりつぶれてしまわないかという問題については,単純な説明は難しく,様々なトレードオフの結果ということなのだろう.このほか隠蔽色のところでは新たにリサーチがすすんだエリアとして分断的体色が取り上げられている.托卵のところはおそらくデイビスの担当だろう,最近のリサーチまで含み,托卵側,ホスト側の様々な適応,卵排除とヒナ拒絶の問題が簡潔に解説されている.


第5章は「資源をめぐる競争」.このあたりから改訂量が大きくなる感じだ.第2版においては第5章で「資源競争」,第7章で「闘争と評価」,第10章で「代替戦略」と分けて解説されていたものが,第4版ではこの第5章に統合されている.
解説はタカハトゲーム,理想自由分布,持久戦,ナワバリ制と進み,新たに「生産者とたかり屋」という項目で,多型がある場合には頻度依存平衡の場合と条件依存代替戦略の場合があることが明確化されている.リサーチ例もカブトガニ,糞虫,ハサミムシなど新しいものがいくつか紹介され,さらに代替戦略採用の動態(平衡かサイクルか)も取り上げられ,エリマキシギ,カイメンの中に棲む等脚類,サバクワキモンユタトカゲの3戦略の興味深い例が取り上げられている.最後に最近リサーチが進みつつある個性の問題も取り上げられている.


第6章は「群れ生活」.冒頭の印象深い群れの例としては,第2版では1万羽のフラミンゴの群れが取り上げられていたが,第4版ではホシムクドリの巨大な群れに変更されている.この方がより身近でかつ印象的ということだろう.
群れ生活の(個体から見ての)有利性について各種仮説が検討されるが,第4版ではハミルトンの利己的群れの理論,および2010年のオットセイとホオジロザメを使ったその検証が紹介されている.なかなか印象的なリサーチだ.また警戒性の向上仮説については,自分だけ警戒しないという騙し戦略の問題,見張りの交替にかかる利他性の問題*3が詳しく取り上げられている.いかにもウエストが重視しそうなところだ.餌捕獲効率の向上についてはシマウマを襲うブチハイエナの戦略や,ライオンの分業制の戦略のリサーチが紹介されている.これらは臨場感があって楽しい.
「群れ生活の進化」としてグッピーの水系入れ替え実験の結果が追加され,「最適群れサイズ」についても新しい理論的リサーチ実証リサーチが組み込まれ,「群れの中での個性の役割」が追加されている.そして最後に「群れの意思決定」の問題が新しく取り上げられ,自己組織化,リーダシップ,投票の各方式が解説されている.このあたりが最新の成果ということのようだ.


第7章は「性淘汰,精子競争,および雌雄の対立」.第4版ではまずダーウィンの考察について触れてから解説に入っている.配偶子の異型性が成立した後の進化傾向も解説し,小配偶子は大配偶子の投資に寄生しているという見方を強調している.また後の子育て投資量にかかる非対称は,配偶子の大小とは独立に配偶システムとの関連で生じるより深い現象であることを明確化し,その上で両者が相関する理由についてのケラーの説明を紹介している.
つづく性淘汰の部分はリサーチの進展を受けて大きく改訂されている.まず子育て投資の不均衡が性淘汰に与える影響を解説する.これまで性淘汰の強度,方向については投資量の差異から実効性比を導きだし,それで解説する方法が主流だったが,第4版では「それは正確には『配偶成功度の性内変異』から導かれるもので,『実効性比』はわかりやすいが実は(オスによる)資源独占力も考慮に入れないと正しい説明にならない」とコメントがある.いかにも理論家による改訂らしく明晰だ.フィッシャーとランナウェイプロセス,よい遺伝子仮説とハンディキャッププロセス,そのグラフェンによる数理的実証を解説した上で,実証リサーチとしてシュモクバエに見られる遺伝的共分散の実例,クジャクのリサーチにおけるメスの好みの個体群間の差,イトヨに見られる相補的MHC遺伝子への好み,オオハナインコのオスメスともに派手で色彩の異なりがある例*4などを扱っている.日本の教科書では初めてきちんとグラフェンのモデルの重要性を指摘しているのも本書邦訳の嬉しいところだ.第2版では扱われていなかった精子競争,性的対立,メスのかくれた選択も詳しく扱われている.ここで最後に性拮抗淘汰(チェイスアウェイ性淘汰)概念を解説し,ランナウェイ,ハンディキャップと並んで性淘汰の3つのプロセスと位置づけているのが注目すべき扱いだ.なお第2版ではこの章で性比についても解説しているが,第4版では第10章で独立して性投資配分を扱っている.


第8章は「子の世話と家族内対立」.第2版の9章の前半を大幅に改訂している.各動物群でどのような子育てシステムがあるかを概観した上で,どちらの性がより子育て投資をするのかについて,メス側に傾きやすい要因*5,さらにオスメス対立のゲーム論的な分析を加えて行くという構成は変わらないが,第4版では性的対立のポイントとして「ある子供への子育て量の最適値は一腹子内の子の数,および将来の子の数とのトレードオフになる」ことを明確化し,捕食圧の異なる北米と南米でのスズメ目の鳥類の比較リサーチ,魚類に見られる可塑的保育反応のリサーチ,スズメダイに見られるフィリアルカニバリズム(我が子食い)のリサーチ*6が紹介されている.いずれも面白い.ゲーム分析のところでは,第2版でも取り上げられていた定評あるメイナードスミスの分析が実は誤りであったことがコッコによって指摘された顛末も記されている.ここは数理生物学者は皆,非常に衝撃をうけたということなのだろう.さらにどちらが世話するかだけでなく投資量をめぐる対立の分析およびシジュウカラを用いたその実証リサーチが紹介されている.これによるとシジュウカラの親は片方がより餌を与えるように操作されると,理論的にはそれにより世話の量を減らすことが予想されるが,実際には増やすのだそうだ.このあたりの実証が予測に反した場合の解釈にかかる問題もコメントされている.ここからきょうだいの対立,親子の対立,ゲノミックインプリンティング,托卵における対立*7が解説される.ここでも新しいリサーチが紹介されている.カツオドリやペリカンでの絶対的きょうだい殺し,「よりペア外交尾が多い鳥類の一腹内ヒナたちはより利己的であろう」ということをヒナ口内の赤味などの装飾形質で測定して系統解析したリサーチ,コンフリクトの解決にかかるゴドフレイの数理モデル(親の世話と子の要求の対立について,餌ねだり行動に適応度コストがあればESSが存在することを示したもの),シジュウカラを用いたその実証,さらに母親が可能資源量に合わせて自分の子の要求傾向を調節できる「母性効果」的解決の可能性とカナリアを用いたその実証リサーチなどは大変興味深いところだ.


第9章は「配偶システム」.第2版の第9章後半を独立させ,最新のリサーチを多く紹介している.メスの分布が最初のキーになっていることについてのネズミとベラの実証リサーチ,モノガミーについてのミヤコドリのリサーチ,ポリジニーについてのオオヨシキリ,ハゴロモガラスのリサーチ,様々な配偶システムを持つヨーロッパカヤクグリのリサーチなどはそれぞれ面白い.またメスによる子の放棄と性役割の逆転が新たに解説されていて,渉禽類の性役割逆転は産卵可能数よりも抱卵可能数の方が小さいためにメスの放棄が生じて進化したのではないかと示唆されている.なかなか興味深いところだ.


第10章は新しく書き起こされた章で「性の配分」.これはウエストの充実した解説書「Sex Allocation」の概要版になっていて,フィッシャーの等性投資配分,血縁者との相互作用がある場合の局所資源競争・局所配偶競争・局所資源強化,環境依存的な性配分調整,性転換,利己的性比歪曲者と流れるように解説されている.日本語で書かれた性比に関するまとまった解説本はこれまでなく,これは本書の大きな魅力の1つだろう.


第11章は「社会行動」.第2版では利他主義として血縁淘汰と互恵行動までを第11章「利己主義と利他主義」で扱っていたが,第4版では包括適応度理論に絞って第11章としている.このあたりも包括適応度理論家としてのウエストの影響が強いところだろう.血縁淘汰,包括適応度の概略説明はほぼ第2版を踏襲し,後半に追加記述がある.まず「血縁淘汰は血縁認識を必要としない」という項目が付け加わり,細菌の協力的な鉄吸収行動のリサーチが紹介されている.このあたりは誤解が多いので特に付け加えたということだろう.続いて包括適応度理論から生まれる予測として「血縁者に対しては利己的な行動を抑える傾向が生じうる」「血縁度が集団平均より低い相手には意地悪行動も進化しうる」ことが扱われている.前者についてはサンショウウオが血縁個体に対しては共食いを抑制するという衝撃的なリサーチが紹介されている.また後者を解説するに当たっては「血縁度」をより深く掘り下げている.この章後半はウエストの包括適応度理論家としての明晰な解説が嬉しいところだ.


第12章は「協力行動」.第2版では第12章で鳥類,哺乳類,魚類の協力行動(特にヘルパー)を扱っていたが,第4版では第11章で包括適応度理論を解説し,それから利他行動と相利行動を合わせた「協力行動」を考察するという構成になっている.定義の後,理論的には「ただ乗り」をどう防ぐかがポイントになることをまず押さえる.そしてその解決として血縁淘汰,利己的行動の副産物,互恵的行動,強制の順序で解説していく.
血縁淘汰ではエナガのリサーチが紹介され,血縁個体に対してはよりヘルパーになりやすいこと,自らの繁殖機会が非常に低くなったときにヘルパーになりやすいこと,チリリ声で血縁認識しているらしいことが説明されている.利己的行動の副産物としては相利行動が扱われていて,アリの協力的コロニー創設のリサーチ,ミーアキャットの群れの増大による利益のリサーチなどが説明されている.互恵的行動においては囚人ジレンマゲームを使って解説した後,ヒトの目の効果のリサーチ,チスイコウモリのリサーチが紹介されている.本書では最近いろいろ取りざたされているチスイコウモリのリサーチについて「興味深いが,互恵的行動であることは完全に実証されていない」という評価を下している.強制としては「(利己的)罰」の問題が解説されている.ホンソメワケベラと「依頼魚」の関係のリサーチは面白い.そして最後に有名なセイシェルムシクイのリサーチが詳しく紹介されている.


第13章は「社会性昆虫における利他行動と対立」.第2版では「社会性昆虫における共同と利他行動」となっていたところを「コンフリクト」をより強調するタイトルになっている.このあたりはあるいは筋悪なNowakたちの論文*8への対抗意識もあるのかもしれない.
基本的な構成は,真社会性の定義,様々な真社会性昆虫の自然史,真社会性への進化ルート,半倍数体の影響,一夫一妻制の影響,生態的利益の重要性,コンフリクトとつながる.第4版では半倍数体の3/4仮説についてのより深い解説と論争の俯瞰がなされ,さらに性比をめぐる女王とワーカーのコンフリクトをめぐるリサーチの進展,ポリシングを新たに追加している.
この半倍数体仮説の総説*9はなかなか見事だ.またここでブームズマのモノガミー仮説が重要であると強調されているのが注目される.結局自分の子ときょうだいのどちらを育てるかということに関して,少なくともその重要性がほぼ同じでなければ真社会性に進化するのは非常に困難だろうという主張だが,美しい系統解析のリサーチがそれを支持しているとまとめられている.
生態的要因については生命保険,要塞防衛利益,餌分布について,それぞれチビアシナガバチ,ツノテッポウエビ,デバネズミでの実証リサーチを紹介している,詳細はどれも面白い.
コンフリクトについては性比をめぐる女王とワーカーの対立が有名だが,この理論的進展として,コロニー間で交尾回数が不均衡であれば分断性比が実現するはずだという予測があり,これに絡むリサーチがいくつか詳しく紹介されている.ウエストの興味のある部分だろうと思われるし,実際非常に面白い.


第14章は「コミュニケーションと信号」.第2版では「信号のデザイン」として様々な生物の信号の例や儀式化などの信号化のルートを扱ったりしてエソロジー的な色が濃かったが,第4版では全面的に改訂されて「信号はいかにして信頼性を持つことができるのか」が最大のテーマとされている.そしてインデックス,ハンディキャップ,共通の利益に分けて解説されている.インデックスとしてはアカシカのリサーチとウマヅラコウモリが説明され,ハンディキャップとしては地位を表すバッジ(他個体からのハラスメントがコストになる)としてヨーロッパアシナガバチの顔面の黒色エリアのリサーチが詳しく解説されている.共通の利益としては細菌のクオラムセンシングのリサーチが取り上げられていて面白い.なおインデックスとハンディキャップの違いについては「実務的には区別が難しいことも多い」とだけ書かれていて,より深い解説がないのが少し残念なところだ*10
最後に不正直な信号の問題も扱われている.これは相手の操作に使われるものだが,ポイントはこれが信号であり続けるには相手に「平均して」利益があることが必要であり,不正直シグナルの頻度を低く保つ仕組みが必要だというところにある.クロオウチュウの印象的なリサーチを紹介しつつ,この問題については未解決のままだとコメントされていて,将来的に面白いエリアであることを示している.


第15章は「結論」と称して,初学者が混乱しそうないくつかの問題を取り上げている.構成はほぼ第2版のままで,利己的遺伝子と包括適応度の関係,グループ淘汰の問題,最適化およびESSモデルに対する様々な批判とそれに対する考え方の整理,至近要因と究極要因を取り扱っているが,グループ淘汰のところは,マルチレベル淘汰と包括適応度理論の等価性,そしてリサーチにおける有用性の違いまで踏み込んでより深く解説されている.また最後のコメントにおいて今後の応用分野が追加されている.


以上が本書のあらましになる.改めて通読してみると,全体のフレームが明晰に整理されていて大変勉強になるし,最近のリサーチの面白いところがまんべんなく紹介されていてとてもエキサイティングだ.大判の本でやや高価ではあるが,行動生態学に興味のある人すべてに強く推薦できる.


関連書籍


原書

An Introduction to Behavioural Ecology

An Introduction to Behavioural Ecology


ヨーロッパカヤクグリ,托卵鳥に関するデイビスの本.最後の本に関する私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20150405

Dunnock Behaviour and Social Evolution (Oxford Series in Ecology & Evolution)

Dunnock Behaviour and Social Evolution (Oxford Series in Ecology & Evolution)

  • 作者:Davies, N. B.
  • 発売日: 1992/09/24
  • メディア: ハードカバー
Cuckoo: Cheating by Nature (English Edition)

Cuckoo: Cheating by Nature (English Edition)

  • 作者:Davies, Nick
  • 発売日: 2015/03/12
  • メディア: Kindle版

性投資比に関するウエストの本.私の読書ノートはhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20140316から

*1:メスはアルファオスに交尾頻度の優先の保証を与え,かつ劣位オスにも子殺しを思いとどめさせる程度の交尾チャンスを与えるという操作の観点から有利になるので性的隆起を進化させたことを示唆しているとされている.また性的同調の問題も議論されている.

*2:防衛武具を進化させたイトヨは自分の判断のみで効率重視の餌場を選ぶが,武具の小さなトミヨは同種,あるいは他種の他個体の行動を観察して餌場を決める.これは信頼できてコストのかかる情報収集方法と,信頼はできないが安価な社会学習間のトレードオフかもしれないというもの

*3:マクナマラとヒューストンの理論的なESSリサーチ,ベドネコフの利己的な見張り交替モデルなどが紹介されている

*4:メスの派手さ(鮮やかな赤色)は巣場所をめぐるメスメス間競争の強さを示す性淘汰形質,オスの派手さ(鮮やかな緑色)はメスの選り好みによる性淘汰形質とされている

*5:第7章では大配偶子との関連で簡単にケラーによる「父性の不確実性」と「潜在繁殖可能性と平均実現率の差異」が示されているのに対し,本章では旧版を踏襲して「父性の確かさ」,ドーキンス他による「配偶子排出順序」,ウィリアムズによる「胚との関連」の3項目を挙げている.やや統一感のない改訂振りがちょっと残念なところだ.なおウィリアムズの指摘は「体内受精では胚と母体が密接な関連を持ち,胚の維持,正常出産,そしてそれに続く子の世話へ進化しやすいだろう,逆にナワバリ防衛するオスを持つ魚類ではナワバリ防衛が接合子の防衛そして子の世話につながりやすいだろう」というもの

*6:上記トレードオフの条件依存的に我が子食いの頻度が変化するというもの

*7:托卵ビナがどこまでホストを操作できるかという問題.日和見托卵種の北米のコウウチョウはカッコウほど操作に適応していないので,ホストビナを排除せずに餌ねだりさせることが必要になっていると解説されている

*8:彼等の包括適応度否定論文では,「社会性昆虫の進化について交尾済みの女王の個体淘汰として考えればよい」と書かれていて,コロニー内のコンフリクトについての理解が全く欠けていることがわかる.この章では最後に「超個体」性についてもコメントがあるし,「討論のための話題」の最後に「Nowakたちの論文について議論せよ」というテーマがあげられている.

*9:「ハミルトンの与えた衝撃は大きかった.しかしその後,弟への低い血縁度の問題,偏った性比によって血縁度が補正されてしまう問題があることが明らかになってきた.弟への低い血縁度は妹への高い血縁度を相殺してしまうし,偏った性比によって(分断性比がない限り)その問題が救済されるわけではない.それは(最初主張されていたほど)圧倒的に重要な要因だったわけではないのだろう.結局なぜ真社会性が膜翅目昆虫で独立に何回も進化したかを考えるには配偶システムや生態条件も合わせて考える必要があるだろう」というもの.片方で「半倍数体仮説と血縁淘汰を混同しないことも重要である」と念を押しているのはEOウィルソンの誤解へのコメントだろう.

*10:結局発生・発達の際のコストまで考えるとこの2つを区別することは難しくなる.私としてはそもそもなぜ区別する必要があるのかもよくわからず,常々悩んでいたところだ