「Sex Allocation」 第11章 一般的な問題 その8

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


エストによる性比と進化生物学の一般問題の解説は続く.


11.3.4 分野の発展と理論のテスト


11.3.4.1 理論と実証の相互影響


エストは,性比リサーチにおける最も生産的な分野は,理論研究と実証研究が相互に影響を与え合う分野だと指摘する.それは反復的に影響を与え合うのだ.例としては社会性昆虫の性比が取り上げられる.

  • トリヴァースとヘアによる最初の予測(1976)の後.次々に実証研究がなされた.(Nonacs 1986,Boomsma 1989)
  • さらに分離性比が観察され,その理論面のリサーチが進んだ.(Boomsma and Grafen 1990,Boomsma 1991,Boomsma and Grafen 1991)それに分離性比の操作実験リサーチが加わった.(Mueller 1991,Sundstrom 1994,Evans 1995)
  • 続いて分離性比が他の特質へ与える影響が理論的に研究され(Ratnieks and Boomsma 1995,Boomsma 1996),精子アロケーションについての実証研究がなされた.(Sundstrom and Boomsma 2000)
  • さらに分離性比を可能にするメカニズムへの実証リサーチが進み(Sundstrom et al. 1996,Chapuisat et al. 1997,Hammond et al. 2002),異なる調節メカニズムが与える理論的な影響が研究された.(Reuter and Keller 2001,Reuter et al. 2004,Pen and Taylor 2005)
  • また性比調節の大きさが炭化水素の多様性によって制限されることが観察され(Boomsma et al. 2003),理論的に性比調節が炭化水素の多様性にどう影響されるかがリサーチされた.(Ratnieks et al. 2007)


エストは似たような物語としてLMCも挙げている.

  • ハミルトンがLMC理論を作り上げ,いくつかのメスに傾いた性比の観察を説明した.その後ハミルトンモデルの直接的な検証がなされ,より複雑な性比パターンが観察され,理論的なリサーチの様々な方向が生まれた.そしてその実証が進んだ.
  • 特定の例を1つあげるならば,「ブルードサイズが性比に与える影響」がある.それはまず観察され,(Wylie 1965,Jackson 1966,Wylie 1966,Walker 1967,Shiga and Nakanishi 1968,Holmes 1972),それを説明する理論が立てられ(Suzuki and Iwasa 1980,Werren 1980,Yamaguchi 1985),実証が進み(Suzuki and Iwasa 1980,Werren 1980),情報の重要性に関する理論を生み(Stubblefield and Seger 1990),その実証がなされ(Foster and Benton 1992,Flanagan et al. 1998),理論はさらにパッチ間の非対称競争に拡張され(Abe et al. 2003,Shuker et al. 2005),その実証に進んだ.(Abe et al. 2003, 2005,Shuker et al. 2005, 2006,Innocent et al. 2007)


エストはここから得られる教訓を挙げている

  • 性比モデルのうち最もインパクトが大きかったのは,実証データや観察データに導かれたモデルだ.
  • ここから得られる教訓として私は理論家が目指すべきこととして以下をあげる
  1. カニカルな問題から生じる複雑性を包容せよ
  2. なぜ性比調節は階段状のステップ関数にならずに連続的なものになるのかを説明せよ
  3. 性比調節の種間の多様性を説明せよ
  4. 複数の淘汰圧のもつれをほどけ
  • 実際のデータを説明しようとする志向性も持たない理論的な仕事は結局魅力的ではなく注目を集めないだろう.


エストは以下のようにも述懐している.

  • 理論とデータの相互影響が物事を進展させる一番いい方法だというのは,自明であるように思うかもしれない.でもこれは物事がいつもたどる道というわけではないのだ.
  • そのように進まなかった最も明瞭な例は「協力の進化」の分野だ.
  • 協力の進化リサーチにおける最大の問題の1つは,「理論が一般モデルにフォーカスしていて容易には検証できない」というところにある.
  • 協力の進化リサーチにおける成功例は,やはり理論と実証が相互に影響を与え合ったトピックにおけるものだ.例をあげると社会性昆虫におけるポリシング(Ratnieks et al. 2006),協同繁殖昆虫における社会的キュー(Cant et al. 2006,Field et al. 2006),微生物におけるデモグラフィーの影響(MacLean and Gudelj 2006,Ross-Gillespie Gillespie et al. 2007)などだ.
  • 似たような問題の影響でリサーチがうまく進まないもうひとつの分野は「分散の進化」だ.
  • この分野では,数学的にはLMCと似た膨大で複雑なモデルが積み上げられているが,テストする実証研究がほとんど無いのだ.


最後の部分はなかなか深い.「協力の進化」が「ヒトのモラル」に関わるためにややこしいことになっていることについてはよく指摘を見かけるところだが,「壮大な一般モデルを立ち上げるがために実証に乏しい」ということも不毛な分野になる重要な要因だというわけだ.そして分散の進化についても似たような問題があるというのは興味深い.なぜ(モラルがらみのややこしいことがあまりなさそうな)「分散の進化」についても実証や観察のデータが相互影響を与える方向に進まないのだろうか?