Trivers' Pursuit

Trivers' Pursuit: Renegade scientist Robert Trivers is lauded as one of our greatest thinkers―despite irking academia with blunt talk and bad manners

Psychology Todayにトリヴァースの記事が掲載されている.最近の自伝出版を機にインタビューを受け,それが記事になっているようだ.記事の副題は「反逆の科学者トリヴァースは,その遠慮のない物言いと不作法でアカデミアを苛立たせているにもかかわらず,最も偉大な思索家の1人と讃えられている.」となっている.
客観的に見たトリヴァースの業績がコンパクトにまとめられているし,インタビューには自伝に書かれていないことも答えているようだ.私としては最後の進化心理学についてのコメントが面白かった.

https://www.psychologytoday.com/articles/201601/trivers-pursuit

Psychology Todayによる業績のまとめ

  • アカデミアで脚光を浴びたのはまだハーヴァードにいたときに書いた若書きの5本の論文による.特にそのうち「互恵利他」「性差の進化的説明」「親子コンフリクト」の仕事は,2007年のスウェーデン王立アカデミーのクラフォード賞受賞,賞金50百万ドルと女王臨席の受賞セレモニーに結びついた.
  • 1970年代の革命的な論文群には新しいデータは何も付されていない.彼は既にあるデータについて,全く新しい見方を提示したのだ.そしてそれは科学を先に進める新しい道を切り開いた.彼の博士論文はあまりに強力だったので,査定委員会においてEOウィルソンやエルンスト・マイアをはじめとする委員たちは質疑をスキップし,ただ祝意を示すだけだった.
  • (「互恵利他」「性差の進化的説明」「親子コンフリクト」の仕事を簡単に要約した後)どの論文でも彼は単純でクリアーなアイデアを見つけ,それをどこまでも突き詰め,多くの現象を1つの見通しの良いパッケージに包み込んだ.あなたはそれらの関連性に気づいていなかっただろう,しかしいったんそれを見いだせば,それは非常にクリアーだ.

この後自己欺瞞と利己的遺伝要素についての業績も簡単に紹介されている.

インタビュー

自伝にないことでいくつか面白いところを紹介しよう.なお自伝の私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20151230

Wild Life: Adventures of an Evolutionary Biologist (English Edition)

Wild Life: Adventures of an Evolutionary Biologist (English Edition)


<心理学について>(自伝では簡単に「当時の心理学は科学の体系になっていなかった」と書かれていた部分についてのトリヴァースのインタビュー)

  • 当時の心理学には3つの流派があった,パヴロフとスキナーに始まる条件付け派は「あまりにも馬鹿げていた.それは心理学のすべての理論とシステムを単純な条件反応の学習だけで説明しようとしていたのだ.」トリヴァースは何らかの遺伝的仕組みなしに言語のような複雑なものが習得できるはずがないと考えていた
  • 次にフロイト学派があった.「彼(フロイト)は自己欺瞞については鋭い洞察を持っていたが,それをヒトの発達についての完全に崩壊した考えに結びつけてしまった.肛門と口とオイディプス期というやつだ.コカインを吸いすぎてすべてをでっち上げてしまったのだ.」
  • 3番目は社会心理学だった.それはトリヴァースには自己報告に頼りすぎているように思えた.「人々が質問にどう答えるかの相関を見るだけで科学を組み立てることはできない.そもそも何が自分たちの行動を引き起こしているかを知らなければそれはうまくいくはずがない.さらにヒトは質問に正直に答えるとは限らない.」
  • 結局トリヴァースは心理学について「ジョーク」だと考えるようになった.


自己欺瞞のリサーチ>

  • ブラックパンサー創始者である)ヒューイ・ニュートンとトリヴァースはポトマック川に墜落したエアフロリダ機の操縦士と副操縦士の会話記録を聴き,サイエンスダイジェスト誌にパイロットの自己欺瞞についての記事を寄稿した.さらに「欺瞞と自己欺瞞」という本を共著しようとした.しかし出版社が閉鎖されてしまい,それが出版されることはなかった.
  • 結局自己欺瞞についての本は2011年の「Folly of Fools」の出版まで待たなければならなかった.トリヴァースはこのことについてこう語っている「私がやったのは原理を見つけることだった.しかしこのアイデアを発展させることにあまりにも時間をかけ過ぎてしまった.もし78年に論文を書いていれば今頃は全く新しい科学分野が花開いていただろう」


<論文撤回騒ぎ>

  • 1994年にトリヴァースはラトガース大学に移った.そして進化とヒトの行動についての論文発表を続けている.最近の興味の中心は対称性だ.2005年の論文ではより対称性が高いティーンエイジャーほどダンスがうまいと評価されると報告し,Natureに掲載された.
  • しかしその後,別の研究者によってその結果が再現されないという問題が生じた.トリヴァースはデータを再吟味した.その結果データにイレギュラリティがあった.トリヴァースは,論文の主著者でポスドクだったウィリアム・ブラウンによってデータが捏造されたと判断した.トリヴァースは論文を撤回しようとしたが,ブラウンともう1人の共著者リー・クロンクは捏造などしていないと撤回を拒否した.トリヴァースはこれについて「The Anatomy of a Fraud」を自費出版して自らの見解を公表した.
  • ラトガース大学も調査に乗り出し,トリヴァースと同じ結論に達した.2012年,トリヴァースはクロンクのオフィスに押しかけ,彼を「punk」とののしった.クロンクは脅迫されたと主張し,トリヴァースは5ヶ月間のキャンパスへの出入り禁止処分を受けた.論文は2013年にようやく正式に撤回された.
  • トリヴァースは一連の騒動についてこう語っている「私にとって,欺瞞的な結果を創り出し,それを知りながら,暴露して訂正するための努力をしないというのは自分のアイデンティティの本質にとっての悪夢なんだ.」


<最近のドタバタ>

  • 2013年,トリヴァースはラトガース大学からヒトの攻撃性についての講義を受け持つように要請され,それについてよく知らないと抗議した.延々とやりとりがあった後,トリヴァースは講義に現れ,学生に裏話を全部ばらした.大学側は争いに学生を巻き込んだとして給与支払いを止め,結局3ヶ月分の不支払いを決めた.トリヴァースのコメント:「私は彼等が得た中で最も優秀な科学者だ.何故もっとましな扱いをしないのか」現在彼はこの大学について否定的な印象を持っていて,そこから解放されることを願っている.「彼等は公正さなんか気にしないのさ.知ってるだろう,ニュージャージーなんだから」
  • トリヴァースはハーヴァードから講演をキャンセルされてもいる.それはイスラエルレバノンの関係についての意見の相違からアラン・ダーショヴィッツ(法律家で中東問題についてのテレビコメンテイター)を批判するレターをウォールストリートジャーナルに寄稿して脅迫と受け取られたためだ.彼はその中でいくつかの「強い」言葉を使ったことを認め,こう言っている.:「もし私があんたに直接質問し,それへの直接的な回答が得られなかったら,あんたに向かってこう言うだろう『ああ,でも私が聞いた質問についてはどうなんだ』と」
  • こんなドタバタに巻き込まれることについて自分にも責任があると自覚しているかと聞いてみた.彼は「自分が扱いの難しい人間だということは知っている」と答えた.ただ自分が暴力的であるとは考えていないようだ.出入り禁止騒ぎの後ラトガース大学は脅迫の評価のためにトリヴァースの元に心理学者を差し向けた.トリヴァースはこう回想している:「1時間半のちにその心理学者は私にこう言ったよ『わかるかな,トリヴァース博士,あなたは同僚を含む誰にとっても危険だということはない.あなたの問題は馬鹿者をそのまま馬鹿者と呼ぶところにあるんだ.もしその馬鹿者があなたより権力を持っていたなら反撃されてしまうんだよ.』」


<最近のアイデア

  • トリヴァースは,加齢によるポジティブ効果(老齢になるにつれてより注意や記憶が,悪いことより良いことにバイアスする現象)について「ガンやその他の病気に対するより強い免疫反応を得るための適応」ではないかと考えている.このアイデアに対しては(加齢に関するリサーチャーである)フォンヒッペルから老齢になればもはや繁殖しないから淘汰圧は低いのではないかという示唆されたが,トリヴァースは孫を育てるサポートをしている以上可能性があると反論した.フォンヒッペルが調べてみたところ,実際に老齢のポジティブ効果と免疫力は相関していた.これは2014年にフォンヒッペルとの共著論文となって発表されている.
  • 最近のトリヴァースは進化生物学の大きな原則にかかる仕事からは遠ざかっている.しかし彼はそれへの興味を失っているわけではない.加齢についてのフォンヒッペルの仕事と同じようにヘイグの遺伝要素間コンフリクトの仕事にも興味を抱いている.
  • さらについ最近ハーヴァードの短期フェローシップを得て「名誉の殺人」についてのリサーチを始めることになった.「一体全体どんな状況で自分の娘を殺すことについて淘汰がかかりうるというのだろうか?」
  • またもうひとつの進化的謎である同性愛についても興味を抱いていて,それについて総説論文を書くことを企画している.「このような問題について考えることは楽しい.あなたが理論家なら,まさに自分の理論と矛盾する問題について魅惑されるだろうし,魅惑されるべきでもある.そしてより深く魅惑されるほど望ましい」


<自伝でのエピソードについて>

  • レストランでインタビューしているときに,同僚はあなたのことを「悪漢: badass」だと決めつけているようだとコメントし,その根拠として自伝にある「2人組の強盗に襲われたときに片方の強盗の首を刺したエピソード」を示唆してみた.「だから『悪漢』だって? そうじゃない.自分の命を守ろうとしたんだ.実際もう少しで殺されるところだったんだよ」それはそうかもしれない.しかし実際に彼は強盗が軽い罪で釈放されたあとの振る舞いについてこう語っている.「私は彼等を追い回した.そうする必要があったんだ.警察は全くたよりにならない.だから自分でやるしかないんだ」ある日トリヴァースは強盗の片割れを街で発見し,車を彼の方に寄せた「(こう言ってやった)『いいかよく聞け,もし私から何か盗ろうと思うなら,路上でやれ.私の家でやるな,そこには子供も客もいるんだ.もしやったらお前を3回殺すぞ・・・』そいつは慌てて逃げていったよ」


進化心理学について>

  • 今日でもトリヴァースは自分の仕事やそこから派生したリサーチについての正当性を認めない者たちに対して激しい態度をとり続けている.フォンヒッペルによると人々はイデオロギー的な理由で進化心理学を拒否するのだ:右派はそれは人々を無責任にすると考え,左派は遺伝的差異を受け入れることは平等な社会というゴールの障害になると考える.
  • トリヴァースは,多くのフェミニスト文化人類学者が自分のことを「悪魔」と見なしているという.そのお返しにトリヴァースは彼等のことを「精神薄弱」「どうしようもない間抜け」と呼び返す.「身体のその他のどの組織よりも脳で多くの遺伝子が発現している.そしてもし現実や科学に何らかの関心を持っているなら遺伝と環境のパターンを無視するのは馬鹿げている.」


最後に記事はこう結んでいる.

トリヴァースは進化生物学が彼に与えてくれたものについて感謝の念を抱いている.それは彼を世界のワイルドで歓迎されざるいろいろな場所に連れて行ってくれ,そしてトカゲから恋人同士の喧嘩や左派の運動までを分析するツールをもたらしてくれた.彼は自伝にこう書いている「結局のところ,私は,生命について研究しその中で生きることができる思考システムに加わることに同意したのだ.そして時に非常に濃密に研究し人生を生きることになった」

なおワイルド振りが衰えないところはまさにヴィンテージのトリヴァースというほかないだろう.自伝のサプリメントとして大変興味深い記事だと思う.