Language, Cognition, and Human Nature 第1論文 「言語獲得の形式モデル」 その7 

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V ヒューリスティックスによる文法構築 その2


アルゴリズムヒューリスティックスの対比,そしていくつかの注意を示したあとピンカーは実際に試みられた言語獲得のヒューリスティックスの具体例の解説に進む.


ヒューリスティックス言語獲得についてのコンピュータシミュレーション>

  • あるヒューリスティックのセットがある言語を学習することができるかどうかを証明することはできない.そこでリサーチャーたちはこのヒューリスティックス戦略をコンピュータプログラムにして,どのようなセットがサンプルからうまく規則を抽出できるのかを調べるようになった.
  • そして学習モデルをコンピュータプログラムにすることはヒトの言語学習者に観察されるあるいは仮説的な様々な特徴を実装する機会を与えることになる.このようにして理論家は言語獲得条件を試すことが出来る.


(1)ケリーのプログラム

  • ケリーは発達条件にプライオリティを置いていたので子供のごく早期の条件に似せるようなプログラムを組み上げた.(Kelley 1967)そこでは私たちが「単語クラス位置学習:word-class position learning」と呼ぶヒューリスティックを使っている.
  • そこでは単語はいくつかのクラスに分けられるという前提を置いている.そしてそれぞれのクラスは文の中で通常の順序を持つ.これは当時の流行だった理論(pivot grammar)に従ったものだ.

ピンカーはプログラムの振る舞いを以下のように解説している

  • サンプルが以下の4つだったとする.

(a) He smokes grass.
(b) He mows grass.
(c) She smokes grass.
(d) She smokes tobacco.

  • するとプラグラムはHeとSheを同じ第1クラスに,smokesとmowsを同じ第2クラスに,そしてgrassとtobaccoを同じ第3クラスと考える.そして第1クラスの語,第2クラスの語,第3クラスの語という順序の文を自由に作るようになる.
  • このプログラムの最初の戦術はサンプルの「コンテント」語の頻度を測ることだ.最も頻度の高い語は一語文を形成しうる.そして2語文では「もの」と「動作」の2つのクラスを探す.
  • プログラムは単純な例文の解析から始まってプログラマーが設定した条件で複雑な解析に移っていく.またある語がどのクラスに属するか,あるクラスの語がどの順序で現れるべきかについては仮説の強度で表され,その推測条件についても様々なパラメータが設定できる.またこのプログラムはあるクラスの「機能」(主語,述語など)を推測することも行う.


【評価】
ピンカーはこう評価している.

  • ケリーの試みは勇気あるものだが,満足できない特徴を数多く持っていた.
  • まず子供は大人のスピーチに現れる統語的な形の頻度を気にしているようには見えない.しかしその頻度こそこのケリーのプログラムの命だ.
  • 2番目にプログラムが与える「正しい構造」の記述はおかしい.ケリーは子供が動作に関連したときに出てくる単語を「動作」語,ものに関連したときに出てくる語を「もの」語として把握するプロセスを真似ようとしている.しかしプログラムの中では単純なクラスの推定に成り下がっているし,それが正しいのか間違いなのかを教えられることもない.
  • 最後にこのヒューリスティックスでは3語文を超える文の解析についてうまくいかない.そもそも自然言語は語クラスの順序で特徴を記述できるようなものではないのだ.
  • そしていずれにせよ発達条件だけを考えたシミュレーションに意味があるのかどうかも問われなくてはならないだろう.ごく初期の言語獲得の状態はいろいろなアドホックなモデルで簡単に再現できる.完全な大人の用いる文法の獲得こそが問題にされなければならないだろう.

最後は辛辣だ.単純な2語文を会得するモデルは確かにそれほど難しく無さそうだ.しかし言語の本当の面白さはそこを超えるところにあるのだ.