Language, Cognition, and Human Nature 第1論文 「言語獲得の形式モデル」 その10

Language, Cognition, and Human Nature: Selected Articles

Language, Cognition, and Human Nature: Selected Articles

VI 意味論と言語学


並べ上げ法による帰納的な文法解析も単語の並び順のみを使って文法を分析するヒューリスティックスも望み薄であることが明らかになった.では単語の意味を使えばもう少し何とかできるだろうか.ピンカーは意味論の利用に進む.


言語学習の認知理論>

  • 言語学習の意味論的アプローチには2つの前提がある.
  1. 子供が言語を学習する際に,彼等は許容される文のセットを覚えるだけではない.彼等は文の意味も学習する.
  2. 子供は文だけを分離して聞くわけではない.彼等は文脈の中で聞くのだ.そしてそのような文脈においては非言語的手がかりから文の意味を推し量ることができる.
  • 非常に影響力のある発達心理学の理論(認知理論と呼ばれる)は「子供は非言語的手がかりから文の意味を推測しながら文法を学習し,また意味から文を作るルールを見つけ出す」と主張する.
  • この認知理論を支持するいくつかの根拠がある.
  1. まず意味論的な情報は,言語のクラスを学習可能にするための文以外の語にかかる情報の代替になると考えられること
  2. 子供も大人も文法的な規則を学ぶときに意味論的な情報を使っているという実証的な証拠があること
  3. 意味論的情報を使った方が並び順だけを使うより文法を推測するのが容易だと思われること.何故なら文の意味に対応する心理的な状態は文の文法的構想に似ていると考えられるからだ.
  • これからこの3つの正当化について議論していく


なかなかピンカーの言い回しは難しいが,要するに意味を考えることで文法的でない語句からも情報を取り出せ,その意味情報を使った方が言語学習が効率的になるはずだし,実際そうしているように見えるということだろう.


<意味論的情報を加えた場合の学習可能性>

  • ジョン・アンダーソンはゴールドの学習獲得シナリオの意味論バージョンを記述した.(Anderson 1974, 1975, 1976)
  1. 「文の意味」が何を指すにせよ,それは形式化された表象を用いた表記(a formal symbolic notation)で表すことができ,自然数と1:1対応(つまり数学的にゲーデル化“Gödelization”と呼ばれるもの)をさせることができるとする.
  2. 自然言語は文をその意味に写像する関数だと仮定する.それはうまく並べられた語句と自然数は相互に写像できることを意味する.(こういう意味ではこれまでの並べ上げ法や位置ヒューリスティックスは語句を「文法的」「非文法的」(あるいは0と1)の2値へ写像する関数として扱っていることになる.)
  3. 子供は文とその意味(これは非言語的文脈から推測する)をペアで与えられると仮定する.子供のタスクはこの関数を同定することになる.
  • ゴールドが原始再帰関数(言語)のクラスは(インフォーマント条件下で)学習可能であることを証明していたことを思いだそう.原始再帰関数(言語)は要するに語句を自然数写像できるもので,それは学習者がいずれすべての自然数-語句ペアにアクセスすることが可能であるから学習可能なのだ.
  • ゴールドにとって自然数は試行回数を表すものに過ぎなかった.しかしアンダーソンのモデルでは自然数は文の意味に紐付けられる.学習者は原始再帰関数を並べ上げ,それぞれを文-意味のサンプルでテストすることができ,有限回数で正しい関数を同定できる.
  • このバージョンでは学習者は文が文法的かどうかの情報なしに成功することができる.しかしながらそれ以外のすべてのゴールドの得た結論は引き続き有効だ.それは天文学的な時間を必要とするし,より効率的な速い方法は存在しない.
  • もちろん可能言語仮説の範囲を狭めることで時間を節約できるし,意味情報を用いるヒューリスティックスでより時間を節約することも可能だろう.しかしその場合には学習者は多目的規則学習者になることはできなくなる.可能言語仮説を外れた言語は習得できなくなるのだ.
  • チョムスキーが述べているように,「子供は意味論を用いている」という仮説は「文のみを用いている」という仮説より強い仮説なのだ.


ゲーデル化の使い方の差異あたりの解説は読んでいてぞくぞくするところでピンカーの若いときの才気を感じさせる.なおピンカーの最後のコメントはなかなか難しい.要するに単に意味論を使っても本質的に並べ上げ法と同じ方法論では時間条件をクリアできないということだろうか.