Language, Cognition, and Human Nature 第1論文 「言語獲得の形式モデル」 その11

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VI 意味論と言語学習 その2


<認知理論の証拠>


意味論を用いても並べ上げ法ではなかなか言語獲得条件を満たせそうにはない.では子供はそれを使っていないのだろうか.そうではない.ピンカーはヒトの文法学習が意味の利用によっていることについて2つの証拠があるとしている.


(1)認知発達と言語学

  • ひとつめの証拠は言語発達と認知発達の様々な相関性だ.それは子供に利用可能な非言語的な精神的表象能力が,使用可能な言語仮説の範囲を制限しているからだと考えられている.
  • 例えば最初の2語文.3語文の発話は,子供の持つ意味論的な関連(例えば動作主と動作,所有者と所有物など)を反映していると思われる.また様々な文法規則の背景にある意味論の認知的複雑性は,子供の言語発達の順序を大まかに予測できることが示されている.さらに文法的に単純な規則でもその背後にある意味論的機能がマスターできなければ獲得できないことも示されている.


(2)意味論と人工的言語の学習

  • もう一つの証拠は実験からきている.その実験とは大人の被験者が人工的な言語を獲得する(サンプル文が文法的か非文法的かを見分けられるようになる)ように指示されるものだ.
  • このタイプの初期の実験では,非常に難しい文法が使われた.そして一群の被験者にはそのサンプルとして「文」のみを提示し,もう一群の被験者にはサンプルとして「文」と「文の単語と文法に関連した幾何的なイメージ図」のペアを提示した.300サンプルが与えられたあと,文のみ被験者群は文法を推測できなかったが,意味論的イメージ図を与えられた被験者群は容易にある提示されたサンプルが文法的かどうかを判断できるようになった.(Moeser and Bregman 1972, 1973)
  • この実験は,多くの理論家に「ヒトにとっては意味論的な情報がある方が文法獲得が本質的にやさしくなる」と結論づけさせた.
  • しかしアンダーソンは,この意味論的学習者は,(意味そのものを用いたのではなく)目的文法が意味を示す文法的構造についての特定の仮説を持つことによって学習を容易にしたのではないかと指摘した.(Anderson 1974, 1975)これは例えば「形容詞はそれが含まれる名詞句にある名詞を修飾し,隣の名詞句の名詞を修飾しない」などの構造のことを指している.これらは自然言語の特徴で目的文法もこうなっていると仮定することによって推測を容易にした可能性があるという指摘だ.
  • アンダーソンは,同じ文サンプルを使い,「文のみ」「文と意味論的情報(形容詞は同じ名詞句の名詞を修飾)」「文と意味論的情報(形容詞は異なる名詞句の名詞を修飾)」の3つの被験者群で実験した.すると文法を推測できたのは第2群だけだった.
  • アンダーソンは「ヒトの文法獲得を可能にしているのは意味論的情報そのものではなく,文法構造と意味論的情報の関係が一定の仮定の上にあることだ」と結論した.
  • これは意味論を使うヒューリスティックスとして次節で議論したい.


確かに意味論は使われている.しかしそれは単に意味が示されればいいというわけではないらしいのだ.意味情報をうまく使わなければならないのだ.そしてピンカーは意味論的情報を用いるヒューリスティックスに進む