Language, Cognition, and Human Nature 第1論文 「言語獲得の形式モデル」 その18

Language, Cognition, and Human Nature: Selected Articles

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ここまでピンカーは言語学習についてゴールドの定理の呪縛があること,それに対して意味論の利用,さらに意味論構造と文法構造の相似の利用という方法でそれを逃れようとする試みがいずれもうまくいかないことを見てきた.
そしてついに真打ちであるチョムスキーの文法理論の応用が議論される.単なる意味論構造を使うだけではなく,さらに「言語には深層構造と表層構造の間で変形可能であるという厳しい制限があり,変形によっても基本的な構造が保たれる」という条件を考慮に入れると学習が可能になることを説明できそうだということだろう.

VIII 変形文法学習の理論

  • LASが困難に陥る自然言語の特徴は,文脈自由文法でうまく扱えない部分だ.そしてこれは変形文法を生みだす動機になった.それらの特徴はいろいろあるが,まとまっていない.例としては「respectively」構文,様々な動詞のcaseと補語の構造,意味論的役割と統語的構造の分離,「文法的形態素」の配置,関連する統語構造の一般化などになる.
  • 適切な言語学習理論はこれらをうまく扱えなければならない.ハンバーガー,ウェクスラー,クリカバーたちは数学的なモデルを作ってこの方向に一歩を踏み出した.これらのモデルはいくつかの合理的な前提のもとにあるタイプの変形文法を獲得できることが示された.(Hamburger and Wexler, 1975; Wexler, Culicover, and Hamburger, 1975; Culicover and Wexler, 1977)
  • この理論の中心となるのは「学習者は生得的にいくつかの仮説に拘束されていて,ある種のタイプの言語しか学習できない」という前提だ.
  • このような前提があれば数え上げ型の学習者が有限のサンプルで言語を学習することが可能になる.このタイプの前提はヒューリスティックスアプローチにおいて黙示の前提とされていたし,またアンダーソンによって「目的言語はグラフ変形条件と意味論に誘導される等値条件を満たす」として明示的に前提とされていたものだ.
  • しかしハンバーガーたちははるかに強い制約を導入した.これはもともとチョムスキーによって提案されたもので,「生得的な言語制約は,子供に非常に限定されたクラスの変形文法のみを考慮するように強いる」という制約だ.ハンバーガーたちはこれらの制約を正確に定義することにより,何故この制約が言語学習に貢献するのかを示し,そして自然言語がこの定められた条件を満たすものであることを示した.
  • ハンバーガーたちはチョムスキーの変形文法のある特定タイプのバージョンから始めた.このバージョンでは文脈自由の基礎ルールが深層構造を作り,その変形が文を構成する.この基礎ルールは文の中で書き換えすることにより自由に深い構造を作ることを許す.それはSシンボルの書き換えを繰り返すことにより可能になる.書き換えのたびに一段深くなるのだ.書き換えルールはまず最も低いレベルに適用され,ひとつずつ上のレベルに適用される.


<テキストからの変形文法の学習可能性>

  • ハンバーガーたちはまず有限のサンプル文のみから制約された変形文法を特定できることを証明することから始めた.このための彼等の前提は非常に強いもので「すべての言語は同じ基礎ルールを持ち変形規則のみが異なる」というものだった.つまり基礎ルールは生得的で,限定された変形規則の特定がなされるかどうかを調べた.これは不可能だとわかった.
  • 次に彼等はアンダーソンたち認知学者と協力して「子供は単語の連なりとその意味に同時にアクセスでき,この2つを双方向に翻訳できるルールを学習する」という前提を付け加えた.


<意味論的表現と不変性の原則>

  • ハンバーガーたちのモデルでは文の意味はツリー構造で表される.そしてこのツリー構造は文の深層構造と同じ階層的な構造成分を持つが,構成要素の特定の順序規則はない.
  • 深層構造構成要素の順序は言語により異なるので,学習者の最初のタスクは自分の言語の順序を決める基礎ルールを学ぶことだ.ウェクスラーたちはこれはいくつかの単純な方法で可能だと指摘した.(アンダーソンのツリーフィッティングヒューリスティックスもこの1つの方法だと言える)彼等は,アンダーソンと同じく,これはすべての自然言語において深層構造は意味論のノードの連結構造を保持している(つまり枝は交叉せず,切断や再結合をどこでもできたりしない)という前提を持つことになると認めている.
  • 彼等はこの「不変性の条件」(もちろんこれはアンダーソンのグラフ変形条件によく似ている)を,あるタイプの深層構造の構成要素を並べる順序の組み合わせ可能性の中で,この不変性条件を満たす順序だけが自然言語に表れることを持って正当化した.


なかなか変形文法の用語は難解で取っつきにくい.この後さらに学習過程の詳細が説明される.