Language, Cognition, and Human Nature 第3論文 「ヒトの言語における規則と接続」 その5

Language, Cognition, and Human Nature: Selected Articles

Language, Cognition, and Human Nature: Selected Articles


ここまでピンカーはモデルの本質的な限界について指摘してきた.しかしそれにもかかわらずモデルが実証的にうまくいっているのなら大したものだということになる.ではモデルは本当はどこまでうまく動いたのだろうか,ピンカーの指摘は辛辣だ.

モデルの成功の程度

  • モデルの成功についての楽観的な主張にもかかわらず,実際の成功は非常に限られたものに過ぎない.
  • 420動詞について8万回の試行の後,モデルはパフォーマンスをテストするために新しい動詞を72与えられた.モデルはそのうち33%でエラーした.いくつかの動詞については全く過去形を出力できなかった.いくつかについては間違った過去形を示し,さらにいくつかの動詞については正しい過去形と間違った過去形の両方の出力を示したがどちらが正しいか決定できなかった.
  • モデルのエラーの原因についてはいくつか考えられる.
  • まずモデルは「語幹の特徴」と過去形を関連づけているが,その特徴から独立した「語幹」という概念についての抽象的なエンティティを持たない.だからモデルが試行した語幹から定義された音韻空間にギャップがあれば,新しいアイテムについての一般化に失敗することになる.
  • 2番目に,モデルは試行に現れたどのような規則性もすくい取る.その結果英語の不規則動詞の過去形にある母音変化を過剰に一般化してしまう.(例えばモデルはshapeの過去形をshippedと出力した)
  • 3番目に,このモデルは2つの競合する反応を(分離したまま)トラックし続けることができない.互いに相容れない多数の特徴を単一のベクトルにしてしまうことしかできないのだ.ルメルハートとマククレランドはこの問題に対して一時的な反応競合処理モジュールを追加して処理しようとしたが,それはうまくいかなかったようだ.

子供の言語

  • モデルの挙動の最も劇的な部分は,それが子供の獲得過程を再現するように振る舞うところだ.(eatの過去形として)最初はateを使い,その後ateとeatedの両方(時にatedも混ざる)を用い,最後にateのみ使うようになる.モデル自体は不変のまま,これが「教師」の入力に反応しているなかで生じるのだ.(人々はそこに感銘を受けた)
  • しかしそれは結局入力の変化によって生じていただけだったのだ.ルメルハートとマククレランドは子供が実際に体験するように動詞の入力を行うことにしていた.高頻度の動詞は不規則であることが多い.だから子供はまず不規則動詞を学習し,その後多くの動詞が入力されるにつれて規則動詞の学習割合が増えるだろう.そして彼等は第1ステージで最高頻度の動詞10(うち8が不規則)を10回ずつ学習させ,第2ステージで最高頻度と高頻度動詞420(うち84が不規則)を190回ずつ学習させたのだ.そしてモデルはその入力に対応して反応したというわけだ.最初にいくつかの不規則動詞を覚え,次に規則を見いだして過剰に一般化し,最後に試行回数が増えるとより正確になる.
  • (もしこれが子供について実際に生じていることだとすると)導かれる予測は,「子供の過剰一般化は彼等のボキャブラリーのなかの規則動詞の割合の変化によって生じるだろう」というものになるだろう.しかしこの予測は誤りなのだ.(実際の子供の言語獲得についてのデータが示されている.)過剰一般化が生じる時期に語彙の中の規則動詞の割合が増えているということはない.これは発話の頻度についても両親の会話についても同じだ.過剰一般化は子供の言語メカニズムの内生的変化によって生じるのだ.
  • また子供の規則習得は実年齢によらずに文法的洗練時期と関連するが,不規則動詞の過去形の習得は実年齢と関連する.これは規則習得と不規則動詞の過去形の習得が別のメカニズムによっていることを強く示唆している.規則習得は一般的な文法習得と関連し,不規則動詞の過去形の習得は言語への曝露量と関連しているのだ.
  • モデルの挙動が子供の獲得過程に似ている2番目の点は,2重になったエラー(例えばated)がかなり後期になって現れることだ.
  • モデルがこのようなエラーをするのは,反応が混合してしまうからだ.ateへ向かう反応と,eatedに向かう反応がそれぞれ閾値を超える強さになると,モデルはそれを別々にトラックできずに混ぜ込んでしまう.
  • このようなことを生じさせる代替仮説としては「子供はateをeatとは別の動詞語幹と捉え,それを規則化してしまう」ということが考えられる.
  • 子供のデータはこの代替仮説を支持している.不規則動詞の過去形に見られる母音置換と規則動詞の過去形の混合であることが明らかなエラー(例えばsip/*seppedなど)は子供の発話において極めて希だ.逆に不規則動詞の過去形を別の動詞の語幹と取り違えた場合に生じるエラーはよく見られる.(子供はよくating, he ates, to ateなどと言う)さらに子供に直接「eatの過去形を教えて」と尋ねると,彼等がatedと答えることはまずない.子供は動詞活用に際して語幹から連合されるいろいろな要素を適当に混ぜ合わせようとはしないのだ.彼等は基本的に単語の一貫性をリスペクトし,システマティックに変形させようとするのだ.
  • 要するにRMモデルが見せる子供の過去形習得に似たような挙動を生じさせるメカニズムは,発達心理言語学のデータとは相容れないのだ.