Language, Cognition, and Human Nature 第4論文 「ヒトの物体認知はどのようなときに観察者中心フレームを使うのか」 その3

Language, Cognition, and Human Nature: Selected Articles

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ピンカーは(A)左右対象イメージ,(B)微妙な左右非対称イメージ,(C)大きく歪んだ左右非対称イメージ,(D)冗長性のある左右非対称イメージという4グループ(それぞれ7つずつイメージがある)を用いて同一性判断実験(最初に3つオリジナルを提示し,その後7つのイメージをランダムに提示してオリジナルとの同一性を判断させる)を行う.これらのイメージにはすべて上下の軸がはっきりわかるようなマークがつけられている.結果およびその解釈,議論は以下のように簡単に述べられている.

観察者中心物体認知

  • 微妙な左右非対称イメージ(B)を用いた結果,反応時間は必要回転量にきれいに相関していた.これは同一性判別には物体座標システムを使わずに,メンタルローテーションを使っていたためだと考えられる.
  • ここで代替説明としては,「被験者は,要求されたタスクには不要であるにもかかわらずに左右性を確認しようとしてローテーションを行った」というものが考えられる.しかしこれは(同じく微妙な左右非対称イメージ(B)を用い)「左右性が異なっても同じ形と判断してよい」という指示を与えたうえで,名前のつけたオリジナルイメージに対して反転していないイメージのみ提示した実験と,反転イメージと非反転イメージを混ぜて提示した実験で,同じように必要回転量と反応時間が相関することから否定される.
  • しかしながら一定の環境下では方向に依存しない反応が観察される.
  • まず左右対称イメージグループ(A)の実験では,反応時間は必要回転量に相関せずにほぼ一定になる.このような左右対称イメージでは方向に関係なく同一性を判断できるのだ.
  • この要因は対象性自体ではない.ポイントは非対称の冗長性にあるようだ.大きく歪んだ左右非対称イメージグループ(C),冗長性のある左右非対称イメージグループ(D)でも同様に反応時間と回転量が相関せずに一定だ.
  • なぜ左右対称型と冗長性のある左右非対称型ではローテーションを行わずに同一性判断可能なのだろうか.これらの場合には軸の片側だけの特徴から同一性を判断できることが効いているようだ.これらのイメージは片側のパーツの配置(上から下への順序)のみから同一性を判断できるので物体を回転させる必要がないのだ.
  • つまり被験者は,イメージの本質的な軸の片側に関して,その軸に沿った1次元情報を物体中心座標として記憶でき,提示イメージがどのような向きでも素速く同一性判断できるのだろう.しかしそのときにどちらの片側なのかが明白にわかる(あるいはどちら側でも同じで任意の片方に注目すればいいことが明白である)ことが必要なのだ.
  • この結果は,物体の同一性判断にかかる視覚システムは,物体中心の2次元座標(そして3次元座標)を欠いていることを示唆している.
  • 2次元で同時に把握可能なのは,観察者から見た垂直の上下の軸とその左右という場合(つまり観察者中心座標)に限られる.
  • 物体中心の記述モードも存在するが,それは2次元を同時には記述できない,何らかの軸に沿った1次元記述だけだ.(軸からの距離という0.5次元的な認知もあるが,その場合にも軸からの左右性は認知できない)
  • またこの結果は,方向がわからない物体についての同一性判断にすべてローテーションを使うわけではないことも示している.非常によく知る物体,複数の方向からのイメージ記憶を持つ物体については同一性判断は入力イメージからダイレクトに行われる.また多くの物体には一部のパーツに重要な特徴があってその認知のみで同一性判断ができる.複数の同じパーツを持つ物体についても,違いが軸に沿った配置のみであればローテーションなしで同一性判断できるだろう.
  • しかし同一性判断のためにパーツの2次元あるいは3次元の配置を知る必要がある場合には,よく知る方向へローテーションが必要になる.
  • 実際の自然状態での物体認知において,どのぐらいのケースで2次元以上の配置計算が必要になるのかはよくわかっていない.日常生活でよく見かける物体の絵についての認知は,方向が本来の上下からずれるに従って時間がかかることが報告されている(ジョリコー 1985)おそらくこれらの物体はある軸に対しては左右対称だが,別の軸に対しては非対称になっているからだろう.例えば四足動物の絵を考えてみよう.それが横向きなら頭,尻尾,脚を認知するには前後の軸に対してパーツの上下関係を把握することが必要になる.これは,複雑な物体について異なる方向からの認知に際してはローテーションはよく使われる方策なのだということを示唆している.


以上で論文は完結.確かに非常にエレガントな論文だ.


なおこの論文で扱った物体認知については「心の仕組み」の中で,より一般的に拡張されて説明されている.さすがに後年になってまとめた著書だけあってより面白い.概略は以下のように解説されている.読み直して大変興味深かった.

  • マーの物体中心座標説はそれをより拡張させたビーダーマンのジオン説(パーツを「上に」「横に」「平行に」などの接続関係とともにつなげていくという形で物体中心座標上で定義される)として解説され,ジオン説と複数ファイル格納説とローテーション説を対比させながら説明する.
  • ここで左右鏡像を判別するのがヒトにとって非常に難しいことの解説が入る.
  • そして実験の結果ヒトはこの3方策を皆使っているのだと説明する.(この部分が本論文に当たる)
  • 最後に本論文で扱われていない面白い現象の解説がある.実は微妙に左右非対称な物体の同一性判断には面白い特徴がある.反転していない物体の同一性判断は確かに回転必要量に相関する.しかし反転している物体の同一性判断にかかる反応時間はほぼ一定なのだ.(本論文では反転していないイメージのみ見せる実験と両イメージを混ぜて提示する実験のみ示しているので両方とも相関がみられている)ピンカーとターはこの現象の説明に首をひねっていたそうだが,最後にはたと気づく,鏡像との同一性判断には,パタンとひっくり返して同一性を見るという方策が使える.だからそのひっくり返す軸を見つければよく,それにかかる反応時間はほぼ一定だったのだ.これもエレガントな解釈だ.
  • この後3次元ローテーションについても実験結果を含め解説がある.


関連書籍

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