Language, Cognition, and Human Nature 第5論文 「自然言語と自然淘汰」 その3


ピンカーとブルームの言語の進化論文.ここから本論になるが,言語学者相手の論文ということもあり初歩の進化理論の解説(そしてグールドの主張がいかに奇妙であるか)から始まっている.グールドを無謬の預言者と受け取るような人々にはこのイントロダクションは欠かせないということなのだろう.そして当然ながら冒頭からグールドの非適応的説明を強調する姿勢(さらにそれを拡大解釈する人々と,そしてそれを放置するグールド)に対して果敢にチャレンジする.

2. 進化理論における自然淘汰の役割

  • グールドは進化理論は科学革命における最後の苦闘の段階(in the throes of a scientific revolution)にあるとしばしば示唆する.ダーウィニズム総合の2つの要石,つまり適応主義と漸進主義は今や崩されようとしているのだと彼は主張している.もし厳格なダーウィニズムが間違いであれば,それは言語の起源を説明することはできないだろう.
2.1 進化的変容についての非淘汰的メカニズム

ピンカーはまず有名なスパンドレル論文を取り上げる.

  • その著名な論文においてグールドとルウォンティンは「ナイーブな適応主義(その他の要因で生じた形質を説明するために適応的な理論化を不適切に行うこと)」に対して警告を発している.この論文ではヴェネツィアにあるサンマルコ寺院のドームとスパンドレルにかかるアナロジーが用いられている.

そして論文のスパンドレルの建築学史的な説明(これはアーチの組み合わせの上にドームを置くために生じた副産物である)と,そこに美しい装飾が描かれ見事なできばえであることからその目的のために作られたと考えるように誘惑されるが実はそうではないと主張する部分が引用されている.久しぶりに読んでみたが,やはりグールドのエッセイストとしての腕は一流だ.
引用はさらにヴォルテールのパングロス博士の「私たちの鼻はメガネを乗せるためにあるのだ」という台詞に続き,進化生物学者がこのような誤謬に陥りやすいと攻撃している.
ピンカーはグールドとルウォンティンの理論的な主張について以下のようにまとめている.

  • グールドたちがキップリングの「なぜなに物語」と比較するような説得力のない適応主義的な説明は確かにある.ボストングローブ誌の1987年の記事には「哺乳類の乳首の数は(適応的には)平均子数ではなく最大個数に対応しているべきだ.そしてヒトは時に双子を産む.これがヒトの乳首が1つではなく2つある理由だ」という主張が掲載されている.明らかに主張者は哺乳類のボディプランが左右対称であることから1つだけ乳首を持つことが困難であるという理由を見逃しているようだ.
  • グールドとルウォンティンは,あまりテストされることのない非適応的なメカニズムをいくつか示している:ドリフト,成長と形の法則(一般的なアロメトリー則など),重力や水流などの環境依存的な形質誘導,歴史的偶然効果(適応地形の局地的な極大部分にとらわれることなど),そして「外適応」だ.外適応とは,新しい形質が古い形質を元にしていて,その元の形質は別の適応形質や,スパンドレル(何の機能も持たないがアーキテクチャーや発生や歴史的な理由により存在するもの)であるものを指している.
  • 彼等は,ダーウィン自身がこのような進化についての多元的な考え方をしていたし,大陸欧州には「不公正にも有害だと扱われている」非適応的な進化へのアプローチがあり,それは系統や発生による「バウプラン」に基づく制約を強調しているのだと指摘している.そしてこのようなリサーチは,生物をそれぞれ独立に自然淘汰によって作られた部品の集合体だと扱う傾向への解毒手段だと主張する.
2.2 非適応的な説明の限界 その1

上記グールドの主張をどう解釈すべきだろうか.ピンカーはそれを以下のように説明する.

  • グールドとルウォンティンの議論は次のような事を強調していると解釈できる;「ネオダーウィニズムの進化理論には非適応主義的なプロセスが含まれている以上,どのような問題についても,これらの(適応的説明以外の)代替説明をテストしないのは,悪しき科学的実践である」


しかし多くの(特に進化生物学者以外の人々)はそう受け取らない.ピンカーはこう続けている

  • しかしながら彼等の議論は,これがダーウィニズムに対する革新的な代替理論であり,そこでは自然淘汰は限定的な役割しか担わないのだとしばしば解釈される.そしてピアテリ=パルマリーニが,「ダーウィンの自然淘汰は,外適応をベースとした『より良い進化理論』に代替される」と主張するときには,実際にそう解釈しているようだ.
  • 私たちはこれを否定すべきだ.理由はウィリアムズ(1966)に明確に述べられているし,最近ドーキンス(1983,1986)でも強調されている.

ここでのウィリアムズ(1966)は,ナイーブグループ淘汰理論を明確に否定し,ハミルトンやトリヴァースたちの考え方の先駆けとなったことで著名な「Adaptation and Natural Selection」を指しており,ドーキンス(1983)は「Evolution from Molecules to Man」というアンソロジーに収録された「Universal Darwinism」という論文,ドーキンス(1986)は著書「The Blind Watchmaker」を指している.ドーキンスはいろいろなところでグールドを批判しているが,ピンカーとしてはこの本の議論が最も明晰ということなのだろう.


関連書籍


ウィリアムズの古典的名著「Adaptation and Natural Selection」.残念ながら私の知る限り邦訳はない.



ドーキンスの「盲目の時計職人」

The Blind Watchmaker (English Edition)

The Blind Watchmaker (English Edition)


同邦訳

盲目の時計職人

盲目の時計職人