「そもそも島に進化あり」

そもそも島に進化あり

そもそも島に進化あり


本書は,3年前の著書「鳥類学者,無謀に恐竜を語る」により,「はちゃめちゃな語り口で真面目な生物学を語る」というジャンルを創設した鳥類学者川上和人によるシリーズ続刊ともいうべき本である.前回は専門外という気楽さから自由奔放に過激な仮説を披露していたが,今回は自身専門の島嶼鳥類学にかかる本ということで,その力の入り方が注目される.


で,著者は冒頭から飛ばしている.いきなり,なぜ鳥類学者が島を語るかというイントロで「だって,島と鳥は字が似ているのですもの」と始める*1のだ.そしてこの語り口は期待通りに本の最後まで続く.

第1章 島

第1章では著者のフィールドである伊豆諸島と小笠原諸島の解説付きマップを添付しながら「島とは何か」を掘り下げる.いきなり美女が水辺に差した棹やひょっこりひょうたん島まで動員して島の一般的な定義を扱い,生態学から見たその特徴「隔離されていること」「小ささ」を指摘し,大陸とつながったことがあるかないかで生態学的には大きく異なることを説明する.ここではプレートテクトニクスと海洋島のでき方なども解説されている.

第2章 生物の侵入

第2章では海洋島への生物の侵入を扱う.最初は分散方法.渡り鳥の定着.その他飛翔動物の飛来,鳥などのベクターに運ばれる方法,漂流物に乗って流れる方法,海流や風に乗る分散などが解説されている.ここでは,鳥類を用いる様々な分散方法*2,洪水や津波による植物群落の漂流を利用する分散,種子のフロートの進化,哺乳類は泳げるのになぜ遠距離分散の実例が少ないか*3などのトピックが楽しい.
続いて定着の生態的な意味が考察される.島の出現当初は地上の養分が限られている.だから最初に重要なのは,地衣類などの空中の窒素固定可能な光合成生物群落,海鳥・海獣などの周りの海洋から栄養を取り,島に運び入れる生物になる.これらの流入により一旦土壌ができれば植物の定着が可能になる.

第3章 進化

第3章は島嶼生物の進化.まず最初に侵入する生物分類が偏っていることが解説される.ドングリ,陸生哺乳類,両生類,ミミズなどは海を越えることが困難だ.ここで生態学の古典である種数面積関係が簡単に説明され.あわせて島の生態系が「不調和」であることが指摘される.
ここから進化に進む.淘汰環境として捕食者と競争者が少ないという特徴が説明されたのちに進化の基礎解説がある.お約束ということでポケモン世界での「進化」は生物学の「進化」とは異なることがまず指摘されている.とはいえ著者はこれはポケモン世界の否定ではなく定義が異なるのだと優しい*4.かなり脱線しながらの自然淘汰の解説の後,島は個体群が小さいので浮動の効果が大きいことを押さえる.このようなことの結果,島の生物進化には以下のような特徴が生まれる.ここはなかなか力が入っていて本書の読みどころだ.

  • 島には固有種が多くなる.固有種は隔離分化固有と遺存固有の両方のプロセスにより生まれる*5ヤンバルクイナは前者の,ルリカケスは(おそらく)後者の例になる.
  • 「不調和」な生態系ではニッチが拡大し,急速な種分化が生じやすい.
  • 島では生息可能な環境に対して個体数が飽和しやすく,これにより(著者はこの用語を使っていないが)K型戦略が進化しやすい.
  • 相対的な捕食圧が小さいため(種間競争より種内競争の力が強く働くために),小型の動物は大型化し,大型の動物は小型化する傾向がある*6
  • 植物の進化パターンは難しい.移動性の喪失傾向,キク科植物などで見られる草本の樹木化傾向,花が小さく地味になる傾向(送粉者が一般に小さいこと,送粉者を奪い合う種間競争が少ないことなどが原因と考えられている),雌雄異株化が進む傾向(遺伝的多様性が低く近交弱勢効果が高いためと考えられる)などが認められている.
  • 捕食圧が小さいことにより,飛ばない鳥が進化する.クイナ科では独立に何十回も無飛翔性が進化している(クイナ科は土壌生物や地上の種子などを食べるので,飛べなくなってもあまり採餌効率が下がらないために無飛翔性が進化しやすいと考えられる).その他ガラパゴスコバネウ,カカポなどの例がある.
  • 昆虫も無飛翔性が進化する傾向があるとよく主張される.ダーウィンは吹き飛ばされないためだと考えたが,無飛翔性が進化した昆虫の多くが森林性であるためこの説は怪しい.著者はそもそも一般性のある傾向とはいえない可能性があるとしている.
  • コウモリが島で無飛翔化した例はない.これはおそらく解剖学的な地上性能がそもそも高くないためだと考えられる.

また本章の最後には特別に「海鳥」について解説がある.捕食圧の低い繁殖地として利用するため島に大型の海鳥コロニーができやすく,海洋から栄養素を導入するために生態的に重要な生物になる.ここも鳥類愛にあふれる解説*7だ.

第4章 絶滅

第4章は絶滅.島の生物は,固有種が多い上に個体数が少なく,その上に海洋島には火山の噴火という大激変があるし,さらに人類による環境破壊や外来種の侵入などもあって絶滅しやすい.ヤギやウサギなどの優秀な食植者による生態系の破壊,当該外来種を駆除するとその外来種によって押さえられていた別の外来種によりさらに大きな惨事を招く可能性,新興感染症地球温暖化のリスクなどが解説され,島嶼生物研究者が否応なく保全にかかわらざるを得なくなること,保全の難しさと落としどころ(特に重要なのは合意の形成と愛)などが率直に語られている.
そして最後に「もしすべての制限を取り払って実験できたら」という著者の妄想という形で,島が誕生してから生態系がある程度完成するまでの道のりをもう一度復習する仕掛けをおいて本書は終わっている.

本書は,鳥類に関して深く掘り下げながら島嶼生物学の主なトピックをカバーし,初心者向けの楽しくかつきちんとした解説を行うことを目指し,そしてそれに成功している本だ.時に思いっきり羽目を外しながら綴られた鳥類への愛とオタク心*8にあふれた解説は読んでいてただただ楽しい限りだ.随所に挿入されたイラストもほんわかと楽しい.どこまでも軽く楽しく,しかしきちんと島嶼生物学を知りたい人にはまたとない一冊だろう.


関連書籍

著者の前作.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20130412

鳥類学者 無謀にも恐竜を語る

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*1:ここでそもそも「島」という字は「嶋」という異字体が示すように海上に突き出た山に鳥が群舞している様を表す説があるという少し真面目な解説や,この本を買って7時間かけて読む読者は(時給換算で)1万円を超す元手をかけてそれに値する読後感を得られるかどうかのギャンブルをしているのだという勝負宣言などあって楽しい

*2:鳥類学者らしくこの解説は詳しい.付着型は想像より多く,ベクターはカモと海鳥が基本だそうだ.また付着型と被食型の他に貯食型があるという指摘は興味深い.実例としてブナの実がカケスにより津軽海峡を越えて運ばれているケースが挙げられている.また鳥に付着するのは植物種子だけではなく小さな節足動物なども含まれるそうだ.

*3:サメによる捕食リスクが大きいのではないかと考察されている

*4:進化生物学者から「ポケモンは『変態』と呼ぶべきだ」と主張されることが多いが,著者のポケモン愛がなせる技か,ここは割り切っている.私もスポーツ選手の能力向上とポケモンに関してはもはやいかんともしがたく定義の異なる「進化」として扱うほかないだろうと思う.その場合には進化生物学の解説においては本書のように必ず一旦ポケモン世界と定義が異なることを断っていくことが望ましいということになるのだろう.なお最近話題の「シン・ゴジラ」においては,ゴジラの形態変化に関して最初に台詞で「進化」が使われる部分では「まるで進化だ」(と言っていたと思う)という言い方で「本当は進化ではない」ことが前提の用例であり,その後も政府関係者は「成長」「変態」を使っていて,(そうでない用例もあったかもしれないが)大変美しかった.もっともゲノム量にかかるくだりはあまりにも残念だったが.

*5:両プロセスを座敷童と河童を用いて説明するところは傑作だ

*6:なお生物の大きさの進化傾向についてはこのフォスター則のほかに緯度と大型化に関するベルグマン則があって,特定例に対して都合の良い説明を当てはめてしまうことの危うさについてもコメントされている.

*7:海鳥の和名のつけ方がいい加減だと憤っているところは傑作だ

*8:ひょっこりひょうたん島,座敷童,河童だけでなく,ラピュタキャプテン・ハーロック冒険者ガンバ,半魚人,ダイダラボッチ,キムジナー,ウルトラマンデビルマン,ショッカー戦闘員,モンゴリアンデスワーム,鼻行類チュパカブラパシフィック・リムジオングライトセーバーなどの用語が満載だ.