日本進化学会2016 参加日誌 その5 

大会3日目 8月27日


午前中は進化可能性のシンポジウムに

進化可能性と方向性:実験と理論からのアプローチ

最初にイントロダクション

  • そもそも進化の方向性はどう決まるのか,変化する表現型として環境応答性,揺らぎ,コオプション,新奇性の問題があり,変化を抑制する要因として相同性,キャナリゼーション,発生拘束などの問題がある.これらを遺伝型から表現型への対応として単一遺伝型から複数の表現型が生まれる問題,複数の遺伝型が単一の表現型に収束する問題,そして多数の遺伝型と表現型の相互作用ネットワークとして理解していくことを模索する.
表現型進化の方向性:揺らぎ-応答-安定性理論 金子邦彦

理論物理の専門家から見た表現型進化の揺らぎについての講演.

  • 進化しやすさ:同じ動物でもシーラカンスのようにあまり表現型が変わらないものからイヌのようにものすごく可変であるものまで様々に見える.これは発生と関連しているのだろうか.
  • 理論物理/力学系から考えると,まず遺伝子がタンパク質に翻訳される発現のところのダイナミクスが問題になる.これは数千種類の物質が絡むので,数千次元空間の状況ということになる.実際に大腸菌の遺伝子発現解析,ネットワークモデル,分布関数理論などを用いて考察している.
  • バクテリアで実験を行うと形質変化速度と分散が相関する.これはアインシュタインが解析したブラウン運動と同じで応答率と揺らぎが相関している状態ということになる.進化しやすさを遺伝子を変えずに表現型が進化する可能性の大きさだと考えると,遺伝子発現のネットワークの性質を変えて速度と揺らぎを見ることによって分析できる.具体的には揺らぎが大きいなら進化しやすいと考えられる.
  • ここで集団遺伝学の基本原則であるフィッシャー則によると遺伝子の分散と進化速度が相関することになる.これは世代の深さのレベルによってこのような現れ方をすると見ることができる.

なかなか難しい話でよくわからなかった.単に淘汰が強くかかればより適応した遺伝子のみが残り分散が下がるという話とは異なるのだろうか.それともバクテリアの実験は(何らかの制限をかけて)遺伝子頻度を変えずに,環境応答を見た結果ということなのだろうか.

大腸菌進化実験による進化可能性の構成的理解に向けて 古澤力

前講演の金子と共同研究している古澤からの講演.
大腸菌のようなバクテリアが環境に対して進化していく際に,4000の遺伝子発現を考えて,4000次元空間の可能なすべての表現型をとれるわけではなく,遺伝子発現ネットワークなどの制限により何らかの拘束があるはずだ.実際にはどのぐらいの次元に縮小しているのだろうか.仮に定常的に増えるのなら増殖率μのみが問題になる.ここで環境を変えていくつかの遺伝子発現とμの関係を見るとμにかなり強く拘束されているのがわかる.
大腸菌を6系統(6つの試験管)用意し,5%エタノールストレス下で増殖させ(500時間1000世代),それぞれの時期の発現解析をかける.すると6つの系で多くの発現パターンが似たようなカーブを描き,拘束が共通にかかっていることがわかる.そして様々な進化環境で実験(かなりオートメーション化されている)をして,どのような拘束があるかを解明している.

なぜ動物ボディプラン進化は保守的なのか 入江直樹
  • カンブリア爆発以降は新しいボディプランが現れていないということはよくいわれる.実際に解剖学的,トポロジー的な大変化は珍しい.カメの甲羅でさえよく見るとそれほど劇的ではない.
  • この意味での進化可能性,あるいは履歴性の強度はどう考えればいいのだろうか.介入実験が難しいことも悩ましい部分だ.
  • ここで発生拘束に関して1994にアワーグラス(砂時計)モデルが提唱された.発生の一時期,特にボディプランの形成時に拘束がかかっているというモデルだ.これは観察に一致していて説得力があるが,では何故そうなっているのかについて合意はない.発生は情報を積み上げているので初期の部分の変更は後への影響が大きいということはあるかもしれないが,それなら逆円錐になるはずだがそうなっていない.門ごとに成立しているとも言われるが本当だろうか.
  • ここで遺伝子発現を調べてみる.するとボトルネック時期の遺伝子発現パターンが脊椎動物亜門で共通している(脊索動物の中でも原索動物や尾索動物では異なっている)ことがわかった.
  • ここでなぜ砂時計型なのかもう一度考えてみる.偶然というのはありそうにない.すると環境要因か内的要因かということになる.環境要因説も諸説あるがここでは内的要因を探る.内的要因というのは,つまり発生システムの脆弱性が中期に高くなるというもので当初からある議論.
  • 本当に発生中期に脆弱になるのか.UV照射で調べてみた.データを見ると特に中期で強い影響がある形にはならない.
  • ではこの時期の分子発現の特徴は何か.これを調べてみると,ステージ特異的な遺伝子発現が少ないことがわかった.中期には使い回し遺伝子,つまり多面発現的な遺伝子の発現比率が高いのだ.多面発現遺伝子が変異すると影響が広範囲に現れやすいと考えられることから,多面発現による制約(pleiotropic constraint)である程度砂時計型を説明できると思われる.考えてみるとHox遺伝子の変異はまさにそういう影響を持つだろう.
  • なぜ発生中期に多面発現遺伝子の発現頻度が高くなるのかは今後の課題.

なかなか深い問題だが,メカニカルな要因が複雑で難しいという印象.

陸上植物の進化可能性と制約 長谷部光泰
  • 発生や進化の制約を考える際には,ひとつの遺伝子が複数の表現型に影響を与えることもあれば,複数の遺伝子が単一の表現型にかかわることもあるということがある.またその空間的なレベルも細胞内から個体間までいろいろだ.
  • ここで植物は動物と異なって一世代の様々な時期に様々な場所で発生過程が生じる.このような発生過程が生じる細胞を幹細胞と呼ぶ.植物では幹細胞が通常細胞になり,通常細胞が幹細胞になり得るのだ.
  • 1細胞から2細胞に分裂した際に幹細胞になれる細胞がどちらかに決まってしまうことがある.これは一種の拘束で,オーキシンの揺らぎによって生じる.


植物の発生は確かに動物のそれとは全く異なる.視点の転換がなかなか新鮮だった.

昆虫―微生物共生可能性の探索と分子基盤の解明 深津武馬

内容は2年前の進化学会の受賞講演とほぼ同じ内容で,チャバネアオカメムシとその必須共生細菌の話.

  • チャバネアオカメムシでは,親が腸内細菌を卵に塗り,子がそれを食べることにより垂直感染が生じる.日本全国に分布するが,その共生細菌にはA〜Fまでの6系統あり,Aは北海道から九州まで,B〜Fは南西諸島に分布する.
  • 南西諸島では5系統があり,おそらく水平感染も生じている.さらにCDEFの4系統は培養可能で,おそらく自由生活可能だと思われる.ABはゲノムが小さく培養できない.おそらくこの違いは共生の履歴の長さの違いによるのだろう.
  • ここでBをC〜Fの系統のカメムシに入れ替える操作実験(卵を殺菌後,別の細菌を塗布する)を行う.CDEでは問題なく感染しさらに機能し,Fは一部うまくいかないが,感染さえ生じれば機能する.
  • さらに同属の別のバクテリアへの入れ替え実験も行う.これも感染が成立すれば機能する.
  • 次に殺菌後,現地の土壌を卵に塗って感染が生じるかどうかを見る.1000のうち85が成長,71が正常,半分はCDE(おそらく自由生活していたもの)だが,残りはどれでもない細菌.
  • 共生は割と簡単に成立するものだと言うことがわかり,さらに人工共生実験に進む.そして大腸菌を感染させてみると10%程度で不完全ながら成虫に,さらに次世代に垂直感染もできる.現在これを10系列で2年累積実験中.成虫化率は10%から30%に上昇している.現在ゲノム分析中である.


引き続き継代で実験を続けるようだ.どうなっていくのかなかなか興味深い.

脊椎動物の比較形態学と進化発生学 倉谷滋

相同性をめぐる深い講演

  • 相同性とは何か.相同性をめぐる還元不可能性,遺伝子の相同性か形態の相同性かという問題,細胞系の相同性の問題について話したい.
  • あるものが相同かどうかについては保証がない.ジョフロアの時代にはこれは相対的な位置関係を巡る概念だった.ここに西洋形而上学が影響を与える.階層性と還元論の相克.眼の相同性,顔の相同性と進んで,解剖学的なボディプランを元に相同性を判断するということになった.しかし結局これでは決まらないということになり,特殊相同性の議論へ向かい,発生へ,遺伝子へという流れになる.
  • しかし特殊相同性は特殊相同性で難しい.動物門を越えて相同性を決めようとして,ボディプランも背腹反転などで何とかしようとした.
  • アレントは細胞型の相同という概念を持ちだして,ボディプランを無視した相同性を考えようとした.だとすると遺伝子の相同性でもよく,さらに考えてみると形態でもいいのかもしれない.これは厳密にすれば反復説になってしまう.
  • もう少し動的に考えようとする立場もある.相同を「進化的に保持された情報」と考えるというものだ.これは行動の相同まで含みうることになる.
  • コオプション(遺伝子の使い回し)があるとノベルティにかかわってくる.また形態的には相同ではないが,遺伝子は相同ということが生じる.これは深い相同性(deep homology)となる.例えば胸びれと腹びれの関係がそうだ.これは形態拘束の一種だとも見ることができる.
  • これに発生プロセスが加わる.2次的なルール,エピジェネティックス,相互作用などもあって複雑になる.
  • 遺伝子ネットワークがあり,様々な発現をしながら発生プロセスを構成する.そこには拘束もあり,淘汰もかかる.相同性のモジュールと言ってもいいのかもしれない.

どうしても進化発生学の話は哲学的になる.その深い香りの漂う発表だった.

以上で進化可能性のシンポジウムは終了.本日のお昼は「麺屋こころ」の台湾混ぜそば.