Language, Cognition, and Human Nature 第5論文 「自然言語と自然淘汰」 その18

Language, Cognition, and Human Nature: Selected Articles

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言語が進化産物であるための条件について,遺伝的変異と漸進性という議論を処理し,本丸の適応度に話が進む.

5.3 より良い文法の持つ繁殖アドバンテージ

ピンカーは冒頭にプリマック(1985)を引用している.彼が当時の代表的な「言語の重要な特徴に適応度がない」と主張する論客だということなのだろう.

私は,読者に対し,再帰性が適応度を生みだすシナリオを再構成することを求めたい.
それはかつてこんな風に推測されていた・・・その昔,ヒト(あるいはプロトヒューマン)がマストドンを狩っていた時に,狩人がこう言えるのはきっと素晴らしい利点になるだろう:“Beware of the short beast whose front hoof Bob cracked when, having forgotten his own spear back at camp, he got in a glancing blow with the dull spear he borrowed from Jack”「ボブが自分の槍をキャンプから持ってくるのを忘れたときにジャックから借りたなまくらの槍でつけたかすり傷が前脚の蹄にあるそのちっこい獣に気をつけろ」*1
ヒトの言語は進化生物学理論にとって悩みの種だ.なぜならそれは通常適応度を上げるために必要だと考えられるものよりはるかに強力だからだ.単一のマッピングルールを持つ意味論的言語(そしてそれはチンパンジーも持っているかもしれない)で,マストドン狩りには十分に思える.そのような場合の会話には,統語クラス,構造依存的ルール,再帰性,などは全く強力すぎるデヴァイスであるように思われる.

  • このプリマックの修辞的なチャレンジは多くの人にとって説得的であったようで,ほとんど自明な議論だと受け取られた.
  • しかしこれはドーキンスによる「個人的に信じられないことを根拠にする議論」だ.これは確率的過程についての人々の不十分な想像性(特に進化が利用可能な十分な時間を前提にしたときの不十分性)を根拠としているに過ぎない.
  • またこれは,「洞窟に暮らした先史時代の人類の最も重要な問題はトラから逃げることとマストドンを狩ることだ」という広く行き渡っている先史時代のステレオタイプにも助けられている.
  • この議論はまた,「現代人のみ(時にそれはアカデミックのみを指すことが示唆されている)が洗練された心的機構を用いる必要性を持つ」ということを前提にしている.
  • しかしこのような「常識的」な直感がいかに説得的でも,それは考え直すべきだ.
5.3.1 小さなアドバンテージの効果
  • まず,進化的な変化には微小なアドバンテージで十分だと言うことを理解する必要がある.ホールデンの古典的な計算によると,例えば1%だけより子孫を多く持つような変異アレルの頻度が0.1%から99.9%になるのには4,000世代しか要しない.ヒトのような長寿の生物でもこれは十分に進化的な時間テーブルに乗ってくる.(念のために言っておくと,複数の遺伝子の固定化は並行して進むことが可能だ)
  • さらに利益のある遺伝的変化がある単一世代において必ず表現型として観察できなければならないわけでもない.ステビンズ(1982)はネズミのような生物に身体サイズの増大化の淘汰圧がかかった状態を数理モデル化した.淘汰圧を非常に小さく設定するとある世代から次の世代への身体サイズの増大も非常に小さくなり,個体変異のノイズに埋もれて観測できない.しかしこの生物がネズミの大きさからゾウの大きさになるには,地質学的には一瞬とも言える12,000世代あれば十分だった.
  • 最後に,非常に小さいアドバンテージであっても,似たような生物間で競争のあるマクロ進化的な状況においては大きな役割を果たしうる.ズブロウ(1987)は,ネアンデルタール人とサピエンスの死亡率が1%異なれば前者の絶滅に30世代しかかからないだろうと計算している.

まず言語の適応度の前にここを押さえておかなければという部分だが,前節に引き続いて創造論者との議論に出てくるような内容だ*2.微小な変化の積み重ねが大きな変化を生むことを理解することは,ヒトの生得的な認知傾向から言って難しい.この時代のピンカーはまだこのような進化心理的な解説は加えていない.

*1:ちなみにGoogle翻訳ではこうなる「キャンプで自分の槍を忘れて,彼がジャックから借りた鈍い槍で一瞥したとき、ボブの前足が割れた短い獣に気をつけろ」

*2:「個人的に信じられないことを根拠にする議論」「想像力欠如を理由とする反論」というのは,まさに創造論者の言い分についてドーキンスが揶揄してつけた呼称だ