Language, Cognition, and Human Nature 第5論文 「自然言語と自然淘汰」 その21

Language, Cognition, and Human Nature: Selected Articles

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5.3.4 言語の社会的使用と進化加速

ピンカーは前節で,言語の再帰性のありそうな有用性としてプリマックたちがほのめかす狩猟における意図の伝達よりも社会的な文脈が重要だっただろうと指摘した.そして特に協力の場面が重要だったとして以下のように畳みかけている.

  • 複雑な言語の社会的価値こそがヒトの進化において重要だっただろう.それは特に個人間の協力的な相互作用において価値が高かっただろう.ヒトはかなり早い時期から食糧や安全や子育てリソースや繁殖機会を得るために協力してきただろう.そういう場面での適応度への影響は非常に大きい.
  • まず囚人ジレンマ状況からの脱却という状況があっただろう.そしてそのためには裏切り戦略を用いるチーターに気づくことが重要だったはずだ.この問題を解決するためには,相手の識別・記憶と「もしそれで利益を得るならコストも負担しなければならない」という契約を結ぶ能力が重要だっただろう.これだけでも微妙な統語法の違いを表す言語的能力に高い需要があったあろう.例えば「いずれ肉を分けるから,その果物を渡して欲しい」と「かつて肉を分けたのだから,果物を渡すべきた」の違いは重要だ.
  • そしてそれは始まりに過ぎない.協力はチーターに既にコストを払ったと相手を騙す機会をもたらす,そしてそれを見破る能力とさらにうまく騙す能力のアームレースが生じる.進化的なアームレースが起こると進化は加速する.
  • つまり獲物を捕ったり果実を探すのではなく,同じような認知能力を持つ相手とのアームレースこそが素速い進化を引き起こすのだ.アームレースは敵対者間に限られない.男と女,兄弟間,親と子の間にも本質的なコンフリクトがあるのだ.
  • 認知的アームレースにおいて言語能力の重要性は明らかだ.どの文化でもヒトの相互作用は説得の試みと議論によって行われている.自分に有利なフレームでオファーする能力,そのような試みを見抜きカウンターの提案をする能力は交渉ごとにおいてはとてつもなく重要だっただろうし,それは今日においてもそうだ.またゴシップを通じて相手の欲望や負っている義務を知る能力も同じく重要だっただろう.それらはヒトのユニバーサルでもある.
  • 要するに,原初のヒトは,言語が,政治・経済・技術・家族・セックス・友情と精妙に結びつき,それぞれの繁殖成功のキーになるような世界に生きていたのだ.彼等が「俺,ターザン,お前,ジェーン」のようなレベルの文法世界に生きていたはずはないのだ.


結論に近づき,ピンカーは当時の最新の進化心理学の知見をこれでもかこれでもかと引用していて壮観だし,ある意味なつかしい.ちなみに引用されているのは,アクセルロッド,ハミルトン,コスミデス,メイナード=スミス,トリヴァース,トービィ,ドーキンス,アレクサンダー,ローズ,サイモンズ,デヴォア,トヴェルスキー,カーネマンといった面々になる.引用論文数はこの短い節で合計19編になっている.